巨人と邪道剣 ~幼馴染は異種族~

ぺしみん

第1話

 幼なじみで僕と同い年。川崎真里子。美人だと思うけれど、男子に言い寄られる事はない。その理由は簡単だ。体格が良すぎる。スタイルが良いという事にもなるけれど、その定義を越えてしまっている。いくら美人でも、西洋人の女性を近くで見てみたら、ヒゲが生えていました、みたいな感じ。とにかくガタイがいい。顔立ちが洋風。幼なじみなので、お互い家族同士の付き合いがある。

 真里子のお父さんは純日本人。これは間違いがない。女子高生の真里子に、身長を越されている。痩せっぽち。だけど、昔はマラソンのエリートランナーで、国体にも出たことがあるそうだ。とても優しくて芯が強そうな人。

 真里子のお母さんはかなり怪しい。日本人離れしている。一言で言うとゴリラ。酷いけど、その表現が分かりやすい。色は白いので白ゴリラ。ロシアとか東欧の血が入っているような気がする。ゴリラだけれど、よく見るとこれも美人と言えないことは無い。美しいゴリラ。あくまでもゴリラ。町内会の綱引きに参加したときには、問答無用で一番後ろのポジションを務めていた。怪力の持ち主。体のサイズは真里子以上。で、何か運動をやっていたかというと、特に何もやっていなかったという。むしろ運動は嫌いな方で、読書をしたり映画を見るのが趣味らしい。運動をしていないだけで、苦手とは言わない所に秘密がありそうだ。

 真里子のお母さんは日本語ペラペラだし、福島の出身だと言っていた。嘘を言っているとも思えない。西洋人みたいな日本人も時々いるみたいだから、もしかしたら日本人なのかもしれない。推測で僕はずいぶんと勝手な事を言っている。でも、一目見てもらえば分かると思う。ゴリラなんです。

 蚤の夫婦という言葉がある。周りの大人達が、真里子の両親をそのように表現している。奥さんが大きくて、旦那さんが小さい夫婦のことだ。横に並べてみるとその通りで、真里子の父親が奥さんを抱きかかえるのは絶対に不可能だが、その逆は簡単に出来そうである。そしてこの夫婦は非常に仲が良い。僕の両親はいたって普通のサイズで、コレといった特徴も無いと思うが、しょっちゅう夫婦喧嘩をしている。蚤の夫婦が羨ましい。

 蚤の夫婦には中々子供が生まれなかった。ずっと子供が欲しかったのに、生まれてくれなかったのだと言う。真里子のお母さんは割とおしゃべりなので、訊いてもいないのに僕に昔話をしてくれた。子供が欲しくて欲しくて、欲しくてたまらなかった。すごく頑張って頑張って、頑張った結果、真里子が生まれてくれたのだという。何を頑張ったんですか、と僕は素で訊いてしまい、真っ赤になった白ゴリラに背中をぶん殴られた。その時僕は小学校高学年だったが、白ゴリラに叩かれた背中が傷んで、家に帰った後に母に湿布を貼ってもらった。母親に「どうして背中にアザなんて出来るのよ」と質問され、防具をつけないで剣道の練習をしたからだと言い訳をした。まさか白ゴリラにやられたとは言えない。

 剣道。僕は小学校に上がってから剣道を習い始め、高校生になった今も地元の道場に通っている。ちなみに真里子も同じ道場に所属している。蚤の夫婦念願の一粒種として生まれた真里子は、とても大切に育てられた。あまりに大事に育てられたせいで、そのゴリラ的な外見とは裏腹に、物凄く内向的な性格に育ってしまった。

 内向的な性格は悪くないが、ちょっと極端過ぎる。人見知りが激しくて、親しい友達が出来ない。気が弱い。感情を表に出さないように務めている。とても傷つきやすい。いろんなことに消極的で、自分から動こうとは決してしない。それが僕の幼なじみの、川崎真里子の特徴である。肉体的には白ゴリラである母親の性質を、ばっちり受け継いでいる。背が高い。高一で百七十センチは軽く超えている。ガタイが良い。肩幅がそこら辺の男子よりある。骨太。骨格が素晴らしいと体育の先生に褒められて、本人は泣きそうな顔をしていた。太っているわけではないが、たぶん体重もあるだろう。力がメチャクチャ強い。本人が知らない内に、触った物が壊れている時がある。物を壊してしまったときの、真里子の絶望的な表情。基本的に綺麗な顔をしているから、悲しい顔にも迫力がある。でかくて力持ちの女子は、男子の冷やかしの対象になってもおかしくない。しかし規格外なのである。無表情で無口。圧倒的なパワー。剣道もやっていて実力が証明されている。男子のガキ大将も、真里子にはノータッチだった。悲しい巨人、といった感じで、彼女は小さい頃から孤立していた。女の子の親しい友だちもいなかった。


 僕には真里子の他にも幼なじみが数人いる。同じマンションに住んでいて、赤ん坊のころからの付き合いの人達。家が近くて同世代となれば、たいていは幼なじみになるだろう。ただし真里子は極めて内向的な為に、幼なじみは僕一人しかいない。僕が他の子と遊ぼうとすると、逃げるように家に帰った。ゴリラが逃げ帰る後ろ姿に、僕は哀愁を感じていた。真里子と遊ぶ時は二人きりの事が多かった。

 小学校に上がるまでは、真里子はまるで天使のようだった。僕はインターネットで、ロシアとか東欧の子供達の写真を見て、なるほどと思った。西洋人は成長すると、一挙にたくましくなってしまう。真里子はまさにそれだ。天使からゴリラに変化した所で、周囲から浮いているのは同じ事。内向的な性格も手伝って、真里子には友達が出来なかった。

 身長の伸びが早すぎるせいで体の骨がきしみ、その痛みに苦しんだ。病院へ通い、学校を長い間休むこともあった。昆虫の脱皮のようだった。中学に入学した頃には、立派なゴリラになっていた。いや、僕は美人だと思っています。美しいゴリラです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る