第15話
基礎から始めるJDK第六号。最終回スペシャル。全六巻で、邪道権の基礎的な部分は網羅したと思う。後は過去の映像を繰り返し見て、各自が練習すればいい。約五ヶ月間、瀬田君と僕は頑張った。佐々木先輩にもお墨付きを頂いた。技の精度を高めて、試合で結果を出したいと思う。
DVDは最終号という事で、瀬田君の力の入れようが半端ない。今回は全部で二時間もある。総集編三十分と、佐々木先輩のファンディスク九十分の二枚組。ファンディスクには、佐々木先輩のカラオケが入っている。先日、大学のサークルの方とご一緒させて頂いた時に、瀬田君が抜け目なく撮影していた。
「二枚組を作ってみたかったんだよ」
嬉々として瀬田君が言う。二枚作るとなると、手間も二倍近くかかる。もちろん手伝わされるのは僕だ。超疲れる。しかし最後だし、瀬田君の思い通りにやらせてやろう。
作業も終盤に差し掛かった頃、瀬田君がつぶやいた。
「今後は、試合の映像を撮影していきたい。みんなの参考になると思うし。あとは卒業する三年生に、記念のDVDをプレゼントしたい。思い出になると思う」
これからも作るのですね……なんとなく分かっていました。
作業は夜遅くまで続く。瀬田君がOKを出すまで僕は帰れない。楽しいけど厳しいのは剣道と同じ。僕は貧乏オタクなので、最新のパソコンとソフトに触れるだけで喜びを感じる。一心不乱にやって、後の疲労感が剣道よりも酷い。
「よし、今日はこれぐらいにしておこうか」
瀬田君の神の声。あ〜疲れた〜。死にそう。眼精疲労が酷い。しかし充実感がある。僕は思いっきり伸びをする。
「疲れてる所悪いんだけど、ちょっと見て欲しいものがあるんだ。来月のデートの計画を作ったので」
そう言って、瀬田君が僕にパソコンの画面を見せる。
「ゲ。すげー細かいね」
地図と写真と時間表。場所の説明まで入っている。交通費や移動時間の概算もある。プランが複数あって、非常時にも備えてある。さすが瀬田君。しかしこれはやり過ぎだ。
「瀬田君、緊張してる?」
僕はちょっと茶化して言った。
「うん。すごく緊張してる。みんなに……いや、川崎さんをガッカリさせたくない。喜んで貰いたい。佐藤君はデートの経験があるんだよね。アドバイスを下さい。お願いします」
瀬田君がこわばった表情で頭を下げる。瀬田君がいつも以上に本気だ。僕も気を引き締めなくては。
「中学の時一応彼女がいたんだ。高校受験の時に、自然消滅みたいな形で別れちゃったんだけど。それで、デートの経験は何度かあります。僕の経験で言うと、女の子はちゃんと準備をしたほうが喜んでくれる。だから、瀬田君のやり方は間違ってない。やり過ぎても問題は無い」
僕は言った。中学の時に僕は無計画でデートに臨んで、彼女に切れられた事がある。あれは恐ろしかった。
「そうか」
瀬田君が青ざめた顔をしている。
「あのさ、真里子はすごい控えめな子だよ。そんなに心配しなくて大丈夫。瀬田君の誠意は、真里子にちゃんと伝わる。それよりもあれだ。瀬田君が緊張しまくってたら、真里子も緊張するから。瀬田君が楽しむことが大切だと思う。テンションあげていこう。女子とデートするんだからさ」
「佐藤君ありがとう。さすが経験者だな」
少し笑顔を取り戻して、瀬田君が言った。
僕の恋愛経験の概略。ほとんど知らない子に告白されて、舞い上がって付き合って、何回かデートをして振られて。結構さびしい記憶だ。あの虚しさを再び味わいたく無い。
自宅でチェックして欲しいと言われ、僕はデートの計画表を瀬田君から受け取った。USBメモリにファイルが入っている。残業だ。体力ギリギリで自宅にたどり着く。今日は木曜日。水曜日に大学で練習をして、木曜日は部活の後に瀬田君の家で作業をする。ここ半年、そういう生活を続けてきた。なので実家でも、木曜日に僕の夕食は用意されていない。用意されていたとしても、疲労によって食べられないので合理的だ。
「兄ちゃんおかえり。バナナがあるよ」
弟のヒトコトで物凄く癒される。
ベッドに倒れ伏し、目を閉じる。このまま眠ってしまいたい。風呂に入らないと、姉や母に体が臭いと言われる。腹が立つのでそれは避けたい。しかし眠い。
部屋のドアがノックも無しに開かれた。ノックしろよ! 危険だといつも言ってるのに……。
「宗ちゃん。宗ちゃん!」
姉に揺り動かされる。
「何だよ。眠いよ」
「真里ちゃんが泣いてるの。クリスマスのデートが怖いんだって。よく分からないけど、すごくナーバスになってる。今日は私と一緒に眠るけど、何か知ってることある? まさか、あんたが無理やり誘ったとかじゃないでしょうね?」
姉がまくし立てる。
「真里子、今ウチにきてるの?」
ベッドの上にうつ伏せで、微動だにせず僕は訊いた。
「うん。ご飯は三杯も食べたけどね。私の部屋で話してたら、急にポロポロ涙をこぼして。デートに行きたくないって言って。わけがわからないけど、あまり深く訊けない感じなの。それで今、私が宗ちゃんに質問をしている所」
姉が簡潔に説明した。姉は意地悪だが頭がいい。
「とりあえず真里子を、僕の部屋に呼んで。話してみる……」
息も絶え絶えに言った。姉が素早く部屋を出ていった。
数分後、真里子が僕の部屋にやって来た。べそをかいている。瀬田君と同じく、こいつも初デートで緊張しているのだ。シンクロしている純心な二人。素敵なカップルになりそうだと僕は思う。
「真里子。僕の、カバンの前ポケットに、USBメモリが入ってる。まずはそれを出して」
「ハイ」
真里子が手際よくメモリを取り出した。
「俺のパソコンを起動しろ。USBメモリを差したら、中にパワーポイントのファイルが入ってるから、それを開け。『クリスマスデートの計画表』というファイルだ。それ以外は触るなよ」
僕は目をつむったまま言った。
真里子のお父さんはIT系の企業に務めている。よって、真里子もパソコンの基礎知識がある。僕のパソコンは旧式で、立ち上がるまで時間がかかる。僕は目をつむって眠りに落ちた。
「宗ちゃん! 宗一!」
姉にひっぱたかれて目が覚める。殴り返す余力もない。パソコンが立ち上がって、真里子がじっとモニターの画面を見つめている。僕は全精力を振り絞って、ベッドから上半身を起こす。ここが正念場だ。
「ファイルの中身見れた?」
真里子が振り返って頷く。
「その計画表は、瀬田君が一人で作ったんだ。見れば分かると思うけど、スゲー細かいだろ? それ、誰の為に作ったと思う。瀬田君が、真里子を喜ばせたいと思って、死ぬ気で作った計画表だよ。計画表作るなんて野暮かもしれないけど、真里子なら分かるよな。どれだけ本気か、どれだけ追い詰められてるか。瀬田君はなんとか前に進もうとしてる。俺はさ、真里子と瀬田君はピッタリだと思うよ。あとは真里子、お前の気持ち次第だよ」
僕は眠気をおして、全力で発言した。後を引き継いで、姉が真里子の懐柔を始める。そのやりとりを聞きながら、これは上手く行くだろうと僕はほくそ笑んだ。おやすみなさい。
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