第10話
あっという間に邪道剣DVD、第三号リリース。だいたい二週間に一枚出ている感じで、かなりハイペースだ。お客様は毎回、遠慮無く注文をつけてくださる。それに対して、瀬田君が極め細かく対応をする。技別のリプレイ集が欲しいとか、少し上から見たアングルが欲しいとか言いたい放題。第二号からは、佐々木先輩のPVがおまけにつく事になった。お客様(女子部員)の強い要望に答えた結果だ。もはや、なんの為のDVDか分からない。
予告通りに、瀬田君はDVDのパッケージも作った。僕も意見を出した。「極めろ邪道剣!」みたいな情熱的な題字にしてもらって、赤と黒を基調にしたダークな雰囲気。そびえ立つ佐々木先輩に、小さく立ち向かう勇者佐藤君(わたくし)。ゲームのパッケージを参考にしたらどうかと、瀬田君に提案した。即座に却下された。お客様が第一だから、と真面目な顔で言われてしまった。
女子部員が顧客である。ゲームのパッケージみたいにしたら、冷笑を買うだろう。僕はそれが面白いと思ったのだが、瀬田君はもう客の事しか考えていない。
題字は「基礎から始めるJDK 〜佐々木先輩監修〜」になった。JDKは邪道剣の略称。パッケージの表紙には、佐々木先輩のさわやかな笑顔。僕は背中しか写っていない。裏面は佐々木先輩を中心にした、素敵大学生の写真がコラージュされている。バーコードや値段までついていて市販品と遜色無い。瀬田君によると、ジャニーズのDVDをデザインの参考にしたそうだ。なんでそこまでするんだよ。
佐々木先輩を見つめている内に、邪道剣が上達してしまう。大学生達が楽しげに剣道をする姿に、夢を見る女子も多い。先輩のあの動きが良かったとか、あの振り返り方が素敵とか、感想がマニアックだ。佐々木先輩以外の大学生にもファンがついた。立場上、僕も映像に現れる頻度が高いのだが、ファンだという女子は現れない。別にいいですけど。
女子剣道部のJDK(邪道剣)は上達しているのか。練習を見た限りでは、かなりいいセンを行っていると僕は見た。佐々木先輩のクセまで真似している女子がいる。本気のファンは凄い。
十月の半ばに地域で中規模な大会があった。高校生の部にわが校は出場した。男子は二回戦負け。僕は補欠にも入っていない。思っていた通りウチの男子は弱い。二回戦は私立高校の、一年生チームに全敗して負けた。
一方、女子は準優勝した。昨年は三回戦負けだったらしいので、大躍進だった。男子と比較すると五回戦負けという事になる。私立高校に二回勝った。決勝はやはり私立相手に、圧倒的に負けた。決勝の相手は二軍だったけど、全国レベルの高校だったから仕方が無い。真里子は全部二本勝ちした。その強さにチームメイトを含め、試合を見ていた人が唖然としていた。
真里子だけ強くても準優勝は出来ない。五人対五人の団体戦なのだ。これはつまり、レギュラー陣がJDKによって着実に力をつけた事を意味する。顧問の先生の目があるので、あまり大っぴらに邪道剣は使えない。しかしそこは女子。演技力というか、邪道剣の扱いがとても上手かった。実力で勝てそうな相手には、邪道剣を極力使わない。これはDVDで、佐々木先輩が念を押していた事だ。みなその教えを忠実に守っている。
真里子はJDKを学んでいっそう強さを増した。相手のフェイントに引っかからない。テクニック系の選手を叩き潰した。一切容赦が無い。その強気を、普段の生活でも出せればいいのに。
瀬田君が試合を撮影をしてくれた。僕が誘った。自分の動きを客観的に見ることは、とても勉強になる。みんなの為になるだろうと思ったのだ。
「綺麗だ……」
「凄い」
真里子の試合を撮影している時、瀬田君が無意識につぶやいていた。真里子は観客がため息を漏らすような試合をする。僕は昔からコレを見て、何度剣道を辞めようと思ったことか。差がありすぎる。
表彰式で、深山先輩が顔を真赤にしていた。感極まっていた。部長として賞状を受け取って、閉会式が終わった後、深山先輩が床にペタンと座って顔を伏せた。肩が震えている。それを見た他の女子部員も泣き始めた。僕も涙もろいので泣きそうになってしまった。この人は相当勝ちに飢えていたのだ。
「ちょっと! 動画撮るのは止めて」
深山先輩の泣き顔。美人は得だ。
「撮影辞めろ馬鹿! ってあれか、君が瀬田君か。いつもDVDをありがとう。初めて会ったね」
深山先輩が怒りの表情から、いきなり愛想良くなる。
「すみません。感動のシーンを撮り逃したくなくて」
ヤンキーに切れられても撮影を止めない。さすが瀬田君。
「今回の結果はアンタのおかげでもあるんだ。JDKDVD。これからもよろしく頼む」
そう言って、深山先輩が瀬田君のおなかにパンチした。瀬田君がウッと体をかがめる。なんでパンチするんだよ。
「あ! 瀬田君? 宗ちゃんがいつもお世話になってます。今日も撮影をしてくれて、どうもありがとう」
無邪気に真里子が微笑む。瀬田君が呆然としている。試合の時とギャップが激しいからな。
「こいつ、体は大人でも心は幼児だから」
僕は真里子を指さして言った。
「何よ幼児って! 酷い!」
真里子に思いっきり突き飛ばされる。僕は吹っ飛んで地面に叩きつけられた。みんなが爆笑。それをすかさず瀬田君が撮影している。止めてくれ。
和気あいあいとしているところに、顧問の先生がやって来た。JDKの事で怒られるのではないか、みんなに緊張が走る。しかしお咎めなしだった。先生に準優勝の結果を褒められて、深山先輩は非常に嬉しそうである。剣道部顧問の田中先生は、剣道は下手だが、人を褒めるのは中々上手い。教育者向けの人物である。その田中先生が、ビデオを構えている瀬田君に目を留めた。
「君、ウチの生徒だよな?」
「あ、はい」
瀬田君が慌てて答える。
「立派な体格してるなあ。部活、入ってるのか?」
「いえ。特には」
「ちょっと竹刀を持ってごらん。深山、竹刀貸して」
先生に合図されて、深山先輩が竹刀を瀬田君に手渡した。先生が瀬田君に、竹刀の構え方を教えている。しかし何ということだ。瀬田君はハッキリ言って、先生なんかよりよっぽど上級者だった。先生の指導なぞ必要無い。
「お、経験者だったのか。ちょっと振ってごらん」
目上の人に、逆らうことの出来ない瀬田君である。僕は状況によっては好んで逆らうが。
瀬田君が竹刀を振った。見ればだいたい分かる。これはたぶん強い。しかもこの体格。
「名前は? 瀬田君か。まあ、部活に入らない理由もあるんだろうが、気が向いたら剣道部に遊びにおいで。入部しろとは言わないから」
田中先生が言った。なかなか勧誘が上手い。しかし、瀬田君の顔は真っ白である。他の人には分からないだろうが、僕はその理由がよく分かった。真里子と同じ。繊細で、緊張するタイプ。剣道経験者であることを隠していた。その罪悪感で潰れそうになっている。マズいぞ、これは。JDK-DVD消滅の危機。
「佐藤君ゴメン、裏切ってしまって。これは許されない」
そう言って、瀬田君が荷物を素早く整え、帰る準備を始めた。周りの人は何がなんだか分からない。
「瀬田君は緊張しちゃうタイプなんですよ。それより深山先輩、祝勝会はどうしますか」
僕は言った。
「もちろんカラオケでしょ。今日は私が全部オゴるよ!」
ワーッと女子が盛り上がる。僕は横目で、足早に体育館を後にする瀬田君の背中を見つめていた。
月曜の朝礼で、準優勝の女子剣道部が表彰された。深山先輩が怒ったような顔をして、校長先生から賞状を受け取る。先輩は嬉しい気持ちを抑えるために、必要以上に渋い顔をしていた。
深山先輩は昨日、カラオケで大はしゃぎだった。僕は行きたくなかったのだが、JDKでお世話になっているからと、無理やり連れていかれた。男子は僕一人。男子剣道部の面々からの嫉妬とかは一切無く、同情の眼差しを頂いた。みんな深山先輩の恐ろしさを知っている。竹刀を振りかざして演歌を歌う。真里子に無理やり歌わせようとして、大泣きさせた。他の女子部員は慣れているのか諦めているのか、勝手に楽しんでいた。散々だった。
瀬田君は月曜日に学校を休んだ。嫌な予感がした。火曜日、水曜日も休んだ。水曜日の午後、僕は大学での練習を早めに切り上げて、瀬田君の家へ向かう。
傷つきやすい性格であることは分かっていた。大きな体で控えめで、親切で心優しい。引っ込み思案で、自分からはアクションを起こさない。ほとんど真里子と同じ。彼を知れば知るほど、真里子との共通点を見つけた。一人っ子で過保護気味に育てられている。かといって、ワガママなわけではない。性格の良さが、言動ににじみ出ている。
ウチは三人兄弟で、姉と僕は仲が悪い。紛争が絶えない。子供たちが暴れるので、必然的に親も厳しくなった。父にぶん殴られたり、母親の悲鳴が轟いたり。ウチだけならばそれでいい。それなりの調和がとれている。だけど、その雰囲気のままで真里子に接するとマズい。荒い言葉遣いや意地の悪い冗談が、真里子の繊細な心を揺さぶる。真里子を傷つけない為に、家族はお互いを慈しむようになった。無理が祟って、真里子が帰った後に、大戦争が巻き起こったりする。しかしそれでも、真里子を傷つけるよりはマシだ。
瀬田君には、真里子と同じように接すればいいと思った。男同士だし趣味も合ってるし、そんなに無理をする事はない。ただ、例えばゲームの対戦で白熱しても、一歩引くような気持ちを忘れないようにした。冗談でも声を荒げたりしない。遠慮ではなくて、敬意で接したい。面倒な事をやってる。だけどまあ、僕は育ちが悪いので、自重が必要という事だ。真里子のお陰で、僕の家族は人の美しさを知った。知った所で、家庭内戦争は終わらなかったけれど。
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