第9話

「いや、そんなことはないよ。作るのが楽しくて、ちょっと調子に乗ってしまって。そうだね、力を入れすぎた。魂を込めるってほどではないよ」

 電話口で、瀬田君が優しく笑った。

「解説がピンポイントだったから。ちょっと驚いたよ」

 僕は言った。

「ネットで参考になる映像が見つからなくて。NHKのドキュメンタリーを父がアーカイブしていて、それがかなり参考になった。そうそう。試合の映像は、速すぎて何が何だかさっぱり分からない。ホームビデオはだいたいカメラが遠いし。うん。佐藤君にOKを貰えて安心した。まだ調整は出来るからね。あとそうだ。他の部員の方の為に、DVDを何枚作ればいいかな? いや、メディア代はいいよ。父が大量にまとめ買いしてあるから」

 瀬田君が、いつもの五倍くらいしゃべっている。ノリノリである。僕も調子に乗って、邪道剣に賭ける意気込みを、偉そうに語ってしまう。それなら意見を訊きながら、編集作業をしたいと瀬田君が言い出す。あした部活の後で、僕は瀬田君の家へ向かうことになった。体力が持たないけど、断わるわけにはいかない。こんなに積極的な瀬田君は珍しい。

 

 楽しい。しかし辛い。瀬田君のこだわりが凄くてエンドレスだ。夕食を頂き、風呂にも入れてもらった。瀬田君のお父さんは、息子よりさらにデカイ。息子と違って体に見合った性格をしている。豪快で底抜けに明るい。お母様は小さくて細くて、スゲー綺麗な人。笑顔が素敵で、かなり無口。真里子の家と正反対だ。

 僕は眠気を殺して作業をする。ゲームの時と少し似ている。狂気に近い集中力。僕と瀬田君は、この状態に慣れている。楽しいからやっているのか、惰性でやっているのか分からなくなる。午前零時を過ぎた所で僕は音を上げた。

「これぐらいにしよう。これはこれでいい。リリースしよう。また来月辺りに撮影をしてもらって、次のバージョンを作ろう。その時に味付けも変えられるし、工夫も出来る。お客さんに見てもらって、反応を確かめた方がいいと思う。僕も練習を頑張るので、動きが変わってくると思うし」

 なだめるようにして言った。瀬田君は充血した目を閉じて、一分くらい何も言わなかった。

「……そうだね。僕も、スポーツの映像を研究するよ。お客さんに見てもらう事が、一番重要な事だものね。リリースを優先すべきだ。次に出す時には、DVDのパッケージも作ろう」

「パッケージ!」

 僕は笑って叫んだ。だが、瀬田君が本気なのは分かっている。

「編集は面白い。邪道剣と言うコンセプトが面白い。お客さんに、喜んでもらえるといいんだけど」

 不安そうな瀬田君。

「少なくとも、僕の為に続編を作ってもらうから。このDVDはかなり使える。自分の下手クソっぷりが分かるし、笑えるし。佐々木先輩の動きが、素晴らし過ぎるし」

 僕は言った。瀬田君が何度も頷いている。


 お客様の声その一。女子剣道部部長、深山千鶴さん(十七)。

「スゴかった! 超勉強になった。スゲーじゃん佐藤。スゲーな」

 何か他の感想を下さい。

「え? いや、スゴく勉強になったってば。と言うかアレ、どうやって作ったわけ? 大学の人に作ってもらったの? こういうの、パパっと作れちゃうんだろ、最近のパソコンだと」

 いや、作るのは物凄く大変だったんです。僕の友達に作ってもらいました。その友達が、死ぬほど頑張ってくれました。

「マジで? 佐藤と同じクラスの人? 嘘くせー。アレだろ、お前なんかコネがあるんだろ。OBのマニアックな人に頼んだとかさ。お前もオタクっぽいもんな」

 深山先輩、大爆笑。もういい。だけど鋭い。僕のオタク要素に気づくとは。ヤンキーのくせに侮れない。

 

 お客様の声その二。女子剣道部未来のエース、川崎真里子さん(十五)。

「宗ちゃん頑張ってたね。大学生の人を相手にして。学校で練習してる時とちょっと違って、楽しそうに練習してた。見てて私も楽しくなっちゃった。大学で練習なんてすごいね。これからも頑張ろうね」

 俺の感想はいいよ。映像としてはどうでしたか。

「うん。私は大人の人とやっても、女子だったら当たり負けすることはないと思う。でも、佐々木先輩みたいに、小さくて上手な人にあっさりと負けてしまうことがあります。その理由が、あのDVDを見てたら、少し分かったような気がした。邪道剣って書いてあったよね? フェイントを多用してきたり、上手に反則を使う選手がいます。そう、宗ちゃんみたいなタイプ。私は技術で対抗しようとは思わない。力強く、思いっきりやる方法でずっと戦いたい。その方が気持ちがいいから。でもね、技術のある人に対して、対策を持つ必要はあると思った。そういう意味で、このDVDは凄く役に立ちます。フェイントを外して、綺麗に一本取れた時って最高に嬉しいの。でも、あのね。これ見てたら、宗ちゃんの手の内が、全部分かっちゃう気がしたんだけど」

 思いのほか真里子が、邪道剣を理解していてビックリした。僕の手の内が分かるというのは、ハッタリでもなんでもないだろう。たぶんDVDを見せれば見せるほど、僕は真里子に勝てなくなる。しかしまあ、それはもう気にすまい。正統派の真里子には、正しい剣道を突き詰めていただきたい。ボーっとしてるように見えて、やっぱり真里子は頭が良いな。脳が繊細過ぎて、情緒不安定という副作用があるけど。

 

 お客様の声その三。女子剣道部部員、門脇多恵さん(十六)。真里子のクラスメイトにして大親友。小さくて可愛い人。剣道は弱いけど、そんな事どうでもいい。正しく剣道をやっているが、彼女の運動能力と体格では、試合で勝つのは難しいだろう。

「あの、私たちの為に、素敵なDVDを作っていただいて有難う御座います! 正直に言うと、ちょっと難しかったです。いえ! 映像は分かりやすかったんです。でも、自分でやるのは無理だろうなって思ってしまって。……あ! スミマセン。私も邪道剣とかやってみたいですけれど、先生に怒られそうだし……。あ! すみません、ごめんなさい」

 どこまで可愛いんだこの人は。あなたが邪道剣などに手を染める必要はありません。そのままの門脇さんでいて下さい。というか僕は惚れたね。真里子に協力してもらいたい。

 

 DVDは軒並み好評だった。特に試合で勝ちたいと思っている、女子レギュラー陣の評判が高かった。映像を見て、佐々木先輩のファンになったと言う女子もいた。さもありなん。佐々木先輩の動きは美しい。邪道剣でありながら、華麗で優美な動き。真似したい。僕も繰り返しDVDを見ている。すると、次の日の練習がほんの少しだけ楽しみになる。

 女子部員の皆様に感想を頂いて、僕は嬉しかった。早く瀬田君に伝えなくてはならない。瀬田君のモチベーションが上がるだろう。僕の負担も間違いなく増える。部活がキツイので、最近は生活に余裕がない。成績も落ちる一方である。体力のある真里子は、ハードな練習の後にモリモリご飯を食べて、キッチリ夜十二時まで勉強している。成績はトップクラス。人生は不公平だ。だからこそ僕は、邪道剣を極めなくてはならない。

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