第8話

 週に一回、佐々木先輩の大学で練習させて頂いている。想像以上に楽しい。周りのみなさんがとても優しい。サークルということで、部活の変な厳しさが無い。かと言ってダラダラしてる訳でもない。大学生は洗練されていて素晴らしい。本来、スポーツの楽しさって、こういうモノじゃないのか。

 佐々木先輩の通う大学は偏差値が高い。みんな頭がいい。とにかく、大学生ひとりひとりが魅力的。佐々木先輩が合宿の中で、一人輝いていたのも納得した。こう言うと差別になるんだろうけど、OBの大学生でムカつく人は、だいたい聞いたことのないような大学に所属していた。まあ差別だな、これは。頭が良くて嫌な奴、というのはたくさんいる……はずなんだけどなあ。

 練習と教え方が的確だ。僕は褒められて伸びるタイプである。佐々木先輩は褒めるのが上手い。ダメだった所は、論理的に説明してくださって納得が行く。高校の剣道部に行かないで、ここのサークルに毎日通いたい。僕の今の成績だと、相当無理しないとこの大学には入れないが。

 優秀な佐々木先輩の、優秀な邪道剣。ズルい。卑怯だけど、バレないように工夫がされている。偏差値の高い人が、悪の方面に力を注いだ結果がコレだ。ひと通り見せて頂いて、僕は目眩のする思いだった。素敵な佐々木先輩が、これほどまでにズルイとは。

「だから言ったのに……。幻滅したよね? だけどこれが、僕の剣道なんだよ。形が崩れる可能性が高いし、やっぱり止めておこうよ」

 先輩が困った顔をした。

「いえ。幻滅なんてしてないです。圧倒されました。邪道剣は奥が深いです。どうかよろしくお願いします」

「うん……。まあやってみるか。せっかく佐藤君、ここまで来てくれたんだしね。技術の練習を一時間やったら、基本練習も一時間はやろう。バランスが大切だ。それとね、言い訳になっちゃうけど、邪道剣にも歴史があるんだよ」

 佐々木先輩が笑って言った。武士の時代には、技にかなりのバリエーションがあった。相手を戦闘不能にすれば勝ち。殺されることは意外に少なかったらしい。一方剣道は、四カ所しか攻める所がない。面と突きと、小手と胴。スポーツとしてルールが規定された。審判の判定で勝敗が決る。

「剣を握れないように、親指を切り取る技とか。突然寝転んで足を払う技もあった。時代小説とかで誇張されている部分もあるけど、卑怯技はいっぱいあったんだ。戦国時代には甲冑をつけていたわけだから、また戦い方が変わってくる。佐藤君が興味があるなら本も貸すし、練習の後にそういう話もしよう。僕も邪道剣友達が出来て嬉しいよ」

 佐々木先輩が笑った。どこまで素敵な人なんだこの人は。

「あの先輩。お願いがあるんですけど」

「うん」

「邪道剣の練習風景を、ビデオに撮りたいんです。剣道部の女子が邪道剣に興味を持ってまして。僕が教える事になってるんですけど、映像を見てもらうのが一番だと思います。部長の深山先輩が、特に熱心です」

「ああ、深山さんね。元気で綺麗な子だったよね。頑張り屋で。佐藤君、もしかして恋?」

 佐々木先輩にさわやかに質問される。そんなことをあっさりと。さすがハイソな大学生。

「それは無いです。あの人、性格がヤンキーですから。ただ、邪道剣の同志として、無下に扱うわけにはいかないと思いまして」

「佐藤君、素直じゃないなあ。そんなことでは、撮影は許可できない」

 佐々木先輩が、意地悪な表情で言った。

「確かにあの人、見かけはすごい綺麗なんですけど。別に好きじゃないですよ!」

 割と大きな声で言ってしまった。体育館に声が響く。近くで聞いていた、サークルの女性陣が大喜びしている。僕は死ぬほど恥ずかしい。

「ごめんごめん、調子に乗った。撮影は構わないよ。ただ、顧問の先生には見せない方がいいかな。なんせ邪道剣だからね? 慎重に行こう」

「慎重に行きます」

 僕は気を引き締めて深く頷いた。先輩が可笑しそうに笑って、僕の肩を叩いてくれた。


 さて、ビデオ撮影には機材がいる。カメラに三脚。撮影の知識も必要だ。パソコンに映像を取り込んで編集したい。剣道の動きは、遠目だと何をやっているのか全然分からない。スローの映像が欲しい。重要なシーンは、リプレイして見れるようにもしたい。

 僕は機材を持って無い。買う金がない。

「うん……うん大丈夫。カメラは二台使おう。片方はミニDVだけど。三脚も大丈夫。編集も出来るよ。そうだな……撮影の次の日には、DVDにして渡せると思う。細かく編集するなら二日は欲しいけど。一度作ってみて、感想や要望を出してもらえれば、ちゃんと反映できるように努力するよ。うん。もちろん撮影もやる。こういう作業、僕は元々好きだから。片方は定点カメラにして、もう一台は手持ちで撮ってみようかな……」

 ありがとう瀬田君! 電話で、期待通りのお答えを頂いた。絶対に手伝ってくれると思った。

 瀬田君はいわゆるオタクの人だ。。パソコンやゲームに詳しい。部屋には人形やプラモが美しく並べられ、新しいアイテムが日々増え続けている。家が金持ちで、お父様も機械が趣味。機材をたくさん持っている。

 僕にもオタクの素養がある。ゲームやパソコンは大好き。しかし、趣味にする為の資金がない。壊れたパソコンやデジカメを買って修理したり、DVDのレンタルが安い時に、アニメをまとめて借りたり……さびしい。家のレコーダーにアニメを録画したいのだが、姉の韓国ドラマと、ジャニーズ番組に邪魔をされている。腹が立つ。

 瀬田君は相撲取りのような体をしている。真里子よりも身長が高い。体重はたぶん、僕の倍近くある。

 瀬田君は気が小さい。友達がなかなか出来ない。高校に入学してすぐに、僕は同じクラスの瀬田君に目をつけた。巨体で、ションボリしている様子が妙に気になった。こういうタイプを僕は放っておけない。でかくて強そうなのに、遠慮がちな姿に魅力を感じる。瀬田君と話してみたら、趣味が近いことが分かって嬉しかった。

 パソコンとかアニメの話で、僕が無駄に一分間しゃべる。瀬田君が的確に十秒で答える。僕らは相性がいい。剣道部に入る前、僕は瀬田君の家に入り浸っていた。そのうち二人で、映像やゲームを作りたいような話をしていた。


 大学での練習風景を、瀬田君に撮影してもらった。練習が終わって電車での帰り道、アニメの話で盛り上がる。家に帰って夕飯を食べて、風呂に入ってボーっとする。そこでようやく気がついた。僕は瀬田君に、邪道剣のことをほとんど説明していない。映像の作りようがないじゃないか。きっと今頃、瀬田君は頭を抱えているだろう。やってしまった。

 次の日、僕は学校で瀬田君にDVDを手渡された。ありがとうと言って、にこやかに受け取る。作ってくれただけでも有り難い。どんな内容でも文句は言えない。しかし中身が凄かった。

 映像に字幕が入っている。僕が無様に一本取られている理由が、正しく説明されている。技が決まる瞬間はスローモーション。重要なシーンは、角度を変えてリプレイ。二台のカメラの映像を、巧みに使いこなしている。すげえ。

 佐々木先輩の、インタビューまで入っていた。練習後、僕がシャワーを浴びている間に、瀬田君が撮影してくれた物と思われる。あの控えめな瀬田君が、知らない人を相手にインタビューか。瀬田君の声が、緊張してところどころ震えている。ちょっと泣けそうになってしまった。

 今朝の瀬田君の眠たそうな目。僕はただ、徹夜でネトゲでもしたのかと思った。違う。睡眠を削って、映像の編集に魂を込めてくれたのだ。


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