第13話

「お二人にご相談したいのは、瀬田君と真里子ちゃんの事です。最近瀬田君が、練習に参加してくれる事が多くなりました。おかげで剣道部が活性化してます。私が言うのもなんですけど、瀬田君は人に教えるのもとても上手です。優しくて丁寧だし。瀬田君が面をつけると、真里子ちゃんは本当に楽しそう。真里子ちゃんが生き生きしてます。それが一番大切な事ですよね?」

 門脇さんが力を込めて言った。

「瀬田も部活に馴染んできたんだろ。そのうち正式に入部して、試合に出たら凄いだろうな。私も楽しみだ。なあ佐藤?」

 深山先輩が軽く笑って言った。門脇さんの表情を読めよ。

「瀬田君と真里子が、お互いに、好きなんじゃないかって言うことですかね?」

 僕は門脇さんに訊いた。

「そうなんです。佐藤君は知らないと思うけど、一年生の間で噂になりかけてるんです。誇張された噂が、真里子ちゃんの耳に入ってしまったらと思うと、私すごく心配です。瀬田君も繊細な感じだから、きっとただでは済まないと思う。剣道部の一年女子で話し合って、私が代表で来ました」

 真剣な表情で門脇さんが言った。実は僕も噂は知っていた。自分の事で手一杯で、何もしていなかった。

「噂なんて気にしなきゃいいんだよ。余計な事を言った奴は、私がちゃんと落とし前つけさせるし。気にしすぎだって」

 深山先輩が鼻で笑う。

「先輩。瀬田君と真里子は、一度ダメージを受けたらオシマイです。剣道やってる時とは、まるで性質が違うんです」

 僕は言った。

「マジで? 確かに川崎はなぁ。滅茶苦茶強いくせに、練習の後で話しかけると、なんかコソコソしてるよな。対戦してる時は心が通じてる気がするのに。変な言い方だけどさ」

 先輩が難しい顔をして言った。伊達に部長をやってない。真里子の性質を捉えている。

 深山先輩が短いスカートの前を手で押さえて、モゾモゾしている。よっぽどトイレの限界が近いらしい。

「深山先輩、もうトイレ行ってください……」

 門脇さんが顔を赤くして言った。

「スマン。ちゃんと続きやろうな。じゃあまた部活で」

 変な走り方で先輩が離れて行った。パンツがチラッと見えた。風も強くなってきた。寒い。

「俺たちも教室に戻ろうか。もう昼休み終わるし。俺もちょっと考えてみるよ。近いうちに会議の続きをしよう」

「ダメだよ佐藤君。今考えないと!」

 門脇さんが僕の目を見つめて言った。と言うことは、五時間目をサボれということか。門脇さん、妙に熱い。

「分かった。とりあえず風が当たらない所に行かない?」

 僕は笑って言った。門脇さんがホッとした顔になる。

「ありがとう。ごめんね。でも、佐藤君に相談するしかなかったの。あの二人をよく知っている人だし」

「真里子の友達をやってると、心配事が尽きないでしょう。でも門脇さんが、一年の女子代表で来るとはなあ。ちょっと意外だったかも」

 移動しながら僕は言う。

「それはあの……私、彼氏がいるので、みんなによく相談をされるんです。それで、代表みたいな事になったというか……。私だけじゃなくて、一年生はみんな真里子ちゃんの事が好きなんです。だからとても心配で」

 顔を真赤にさせて門脇さんが言った。彼氏がいる事を本人に明言されると、また違ったダメージがある。まるで僕が告白して、フラれたような気持ちだ。門脇さんが振り返って、どうしたの? と不思議そうな顔をする。なんでもないよ、と僕は答える。

「真里子の事、心配してくれてありがとう。それと瀬田君の事も。俺、感動したよ。女子はすごいよな。男子はちょっと鈍いね。まあそれにも、いい面と悪い面があるとは思うけど」

 僕は言った。

「佐藤君こそすごいよ。こんなにすぐ分かってもらえるとは思わなかった。でも、真里子ちゃんの幼馴染だもんね? ずっと守ってきたんだよね。佐藤君が、瀬田君と仲がいいのもよく分ります。繊細な人を守ろうとしてる。私は佐藤君を尊敬してます」

 僕は苦笑してみせたけど、感動して腹の中で泣いている。門脇さんは本当にいい子だ。可愛い。そして彼氏がいる。門脇さんと一緒に、他人の恋愛の世話を焼くのか。キツ過ぎる。


「一応計画があります。みんなで相談して考えたんですけど。来月、クリスマスに私、彼とデートをする予定です」

 ガーン。なんだその情報は。

「そのデートに、真里子ちゃんと瀬田君を誘おうと思ってるの」

「……ダブルデートというやつですか」

「真里子ちゃんは私が説得します。真里子ちゃんは瀬田君の事が好きだと思う。本人はちょっと気がついてない所があるけど、女子として断言できます。だけど瀬田君の気持ちも確かめておきたくて。佐藤君、どう思う?」

 門脇さんが、プロフェッショナルに見えてきた。高一の女子はもう大人だ。僕の友達の男子なんて、ほとんど食欲と性欲の事しか頭にない。僕も本来はそうだ。

「瀬田君は難しいよ。でも、剣道部に顔を出す回数が増えたのは、明らかに真里子がいるからだね。デートは悪くないけど、瀬田君が素直に参加する可能性は低いと思う。相当奥手ですよ、彼は」

 デートとか言われた時点で、瀬田君は拒否反応を示すだろう。

「うん。私もそう思う。それでね、ダブルじゃなくて、トリプルデートにしたらどうかと思うんだけど。六人もいれば、名目はクリスマスパーティに出来るじゃない。でも実質は、真里子ちゃんと瀬田君をくっつける計画なの。これでどうでしょうか」

 門脇さんが自信に満ちた表情で言った。

「残りの一組はどうするの。そのメンツによるよ。真里子も瀬田君も、そうとう人見知り激しいけど」

「佐藤君と深山先輩に参加してもらいます。ね、完璧でしょう?」

 門脇さんがにっこりと微笑む。完璧ですね! 君の笑顔のために、僕も笑顔で頷く。もうどうでもいいよ。

 その後家に帰ってよく考えてみたら、トリプルデートをするメリットがイマイチ分からなくなった。それで、次の日門脇さんに質問してみた。

 クリスマスデートの目的は、瀬田君と真里子ちゃんの距離を縮める事です。二人の仲がよくなってしまえば、他人の噂なんて気にならなくなります。私もそうだったから……と、門脇さんが恥ずかしげに答えてくれた。俺のバカ! 訊かなければよかった。しかし確かに、慣れというものは大切だ。瀬田君も徐々に剣道部に慣れて来た。真里子も部活に友達が出来て以来、精神が安定している。次のステップというわけだ。やるだけやってみるか。

 

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