第19話

 春の大会。深山先輩は三年生になったばかりだが、今回が引退試合になる。先輩の花道を飾る為、女子部のやる気が尋常じゃない。部長がヤンキーなので、元々結束力は高かった。邪道剣を導入した事で実力も向上している。

 とは言え、ウチらは公立高校。春の大会は、全国につながる重要な公式戦だ。私立高校の精鋭達が凌ぎを削る。その中で、どれだけ勝ち進めるのか。深山先輩はベスト4を目標に掲げたが、現実的に考えると不可能に近い。私立高校は、授業の時間を削ってまで練習をしている。選手層の厚さが違う。団体戦では特に差が出る。

 ただ、ウチには真里子がいる。地区大会で負けるレベルじゃない。五人制の団体戦で、確実に一つ勝てるというのは大きい。他は引き分けでも良いという計算になる。例え勝ち星が並んで、サドンデスの代表戦になっても真里子が決着をつける。

 真里子は先鋒のポジションで、一番最初に敵に当たる。通常、先鋒には勢い重視で若手の選手が選ばれる事が多い。だから真理子の勝利は確約されている。そして大将は基本的に一番強い選手が据えられる。ウチの大将は深山先輩だ。最強の相手と、引き分けに持ち込めればかなり優位な結果を得ることが出来る。図らずも相手の裏を書くような、卑怯なオーダーが組まれることになってしまう。邪道剣万歳。

 男子は私立に負けて2回戦で消えた。僕は試合に出ていない。邪道剣を使わないと、僕は試合に勝てない。よって、レギュラーに選ばれるハズもない。一般人相手に邪道剣を使うのは気が引ける。どうしても、どうやっても勝てない「巨人」に立ち向かう為のみに、僕は邪道剣を使いたい。つまり真里子とか瀬田君の事です。

 クジ運が無くて、女子は初戦から私立相手になった。顧問の先生は男子ばかり見ていて、女子にはほとんどアドバイスをしない。女子に厳しくしたら、辞められちゃうという恐れもある。いかにも公立校の女子部という感じだ。僕は先生に許可を頂いて、女子のコーチ席に座った。邪道剣を練習してきた我らが、初戦で負ける訳にはいかない。女子の場合、男子よりテクニック重視の試合になるので、邪道剣がそれほど異端視されない。そこは少し羨ましい所だ。


 既に面をつけている真里子に、僕は声をかける。声が届かないので、頭を抱き寄せるようにする。

「真里子」

「ハイ」

 真里子はもう戦闘モードである。涼しげな目が恐ろしい。

「なるべく速く決めてね。そしたら相手が慌てる」

「ハイ」

 無表情で答える真里子。

「それで村上先輩」

 僕は二番手の三年生と相談をする。真里子が一瞬で勝つと分かっているのはこちらの強みだ。畳み掛けて行きたい。無茶を承知で、始めから全力で行ってもらうことにした。試合は四分間もあるので最初から飛ばして攻めるとかなりのリスクを背負う。

「真里子に続くよ」

 村上先輩が笑った。

「邪道剣をしつこく繰り返しましょう。勝てます。先輩なら」

 僕は言った。小手をはめた手で、僕は村上先輩に胸を叩かれる。

 結果、私立相手に勝った。真理子は当然として村上先輩が勝ったのが大きい。それで勢いがついた。真里子以外で一勝あげられたのは奇跡に近い。次の副将戦は引き分け。深山先輩は相手の大将に完敗。二勝一敗一引き分けで勝ち抜けた。みんなの邪道剣が上達している。

 試合の後、深山先輩が険しい顔をしていた。真里子みたいなデカイ相手に、一分ぐらいで負けてしまったからだ。

「ベスト4が目標でしょ」

 僕は言った。

「うるさい!」

 みぞおちにパンチされた。めちゃくちゃ痛い。真里子が笑って、ついでに僕に攻撃してくる。ヤメろ!

 

 その調子で女子部はベスト8まで進んでしまった。強い。男子と地力が違う。私立の強豪を二つも倒した。ようやく顧問の先生が興奮してきて、口を出し始めた。暫定コーチの僕はお役御免だ。仕方がない。

 ベスト4をかけた試合は、真里子が先鋒で圧勝。しかし残りの四人は瞬殺で負けた。ここまでくるとハッタリが効かない世界だった。みんな頑張ったけど、どうしようもない。

 面をとってうつむいている深山先輩。しゃがみ込んで、袴の上にパタパタと涙がこぼれた。試合で負けて涙を流すなんて、イマドキの高校生じゃ考えられないよ。しかもウチは公立校なのに。先輩の細い体が悔しさに震えている。僕は声をかけずにはいられなかった。

「先輩。ベスト4に行けなくて残念でした。だけど、戦いぶりは素晴らしかったです。本当に感動しました。だからご褒美は差し上げます。二人で約束してたやつ」

 深山先輩が泣きながら顔をあげた。その切ない表情。ドキッとしてしまった。女の子は凄いと思った。

 

 春の大会には個人戦もある。各校から一人だけ参加できる。男子の部には瀬田君を出したい所だが、彼は正式な部員じゃないのであきらめるほかない。問題は例によって真里子。

 顧問の先生と深山先輩が、真里子を個人戦に出場させようとして、必死の説得を試みた。しかし真里子はOKしない。そのまま無理強いをしたら、泣き出しそうな雰囲気になった。先生も部長も、真里子の性格を理解して来ている。これ以上押したらダメだ。

 気心の知れた仲間と戦うのが好き。練習も好き。仲間の為なら団体戦も頑張れる。しかし、個人戦となると話は別だ。真里子は昔から、一貫して個人戦には出場していない。一人で活躍して目立って、他人に注目を浴びるのは真理子にとって苦痛以外の何物でもないからだ。小、中学校時代に無類の強さを誇りながら、関東とか全国とか、上のカテゴリーの公式戦に出場した経験が無い。真里子の強さを知る人は、みんな歯がゆい思いをしてきた。主張する事の無い真里子が、個人戦だけは明確に拒否をする。誰も説得が出来なかった。

 結局、個人戦には深山先輩が出場した。二回戦の相手が優勝候補というクジ運の悪さ。邪道剣を駆使して先輩は粘ったが、二分で負けた。体格差もあったし頑張ったと思う。面を取った先輩の顔は晴ればれとしていた。深山先輩の最後の公式戦となった。

「真里子なら簡単に勝てた相手だよ。あぁ馬鹿らしい」

 深山先輩が渋い顔で真里子の肩を小突いた。真里子はウフフと笑って、とっても楽しそう。勝負にこだわる深山先輩がずいぶんあっさりしている。団体戦で負けた時には泣いてたのに。チーム重視ということか。ヤンキーリーダー。

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