第20話
深山先輩と約束していたご褒美。僕は何でも言うことを聞くことになっている。その内容は想像できる。先輩に付き合って欲しいと言われたなら、僕は自分からも告白しようと思っていた。ヤンキーは嫌いだ。それに変わりはない。深山先輩はたくましい。清々しい。そして美少女である。ほんと、黙っていれば相当に美しい。
たぶんケンカをたくさんするだろう。僕が頻繁にツッコミを入れることになるだろう。それも面白いと思った。
昼休み、僕は机に突っ伏して寝ている。春の大会で男子は惨敗を喫し、練習が一段と厳しくなっている。夏の大会で三年生は正式に引退する。ラストで、もう少し結果を残したいということらしい。だけど相変わらず、部長も顧問の先生も、勝つ為の技術を重視していない。正しい剣道を追求している。それじゃあ試合に勝てるはずがない。私立に勝てるわけがない。などと、僕が意見できるはずもない。ウチの剣道部らしいと言えばそうだ。ただ僕は、試合で勝てないとストレスが貯まる。
誰かにそっと肩を揉まれた。死ぬほど気持ちが良い。……門脇さんだ。
「疲れてるね……。右の肩が特に酷い。すごいこってるよ?」
一生懸命揉んでくれる。よだれが出そうになるほど気持ちが良い。
そのまま三分ほどされるがままになる。この天国がいつまでも続けばいいのに。
「わあ! また忘れてた。深山先輩が屋上で待ってるの。早くいかないと」
門脇さんが慌てて言った。いきなり現実に引き戻される。ついにこの時が来た。しかし、何故門脇さんを使者に使うんだか。深山先輩らしくもない。不機嫌な僕の表情に気がついたのか、門脇さんが心配そうに言った。
「佐藤君。大丈夫ね?」
「大丈夫。分かっていますとも」
僕は苦笑して答えた。
屋上で仁王立ちの深山先輩。春の風に、短いスカートがバタバタと翻っている。パンツ見えそう。門脇さんが慌てて、深山先輩のスカートを押さえる。
「お待たせしました」
僕は言った。
「あのさ、私のお願いを聞いてくれるっていう話まだ生きてる? ベスト4はダメだったけど……」
遠慮がちに深山先輩が言った。
「大丈夫です。何でも言うことを聞きます」
「そうか。あのさ……」
深山先輩が、意を決して発言しようとした瞬間、「私は席を外していたほうがいいんじゃないですか」と門脇さんが真っ赤になって言った。僕もそう思った。なんで門脇さんを同席させているのか。
「いや、門脇にも聞いて欲しい。大切な事だから」
深山先輩が真面目な顔で言う。どういうことだよ。
「佐藤」
「ハイ」
「女子剣道部の、部長を引き受けてくれ」
「はい?」
「私の跡継ぎになって欲しいって事。三年生のみんなにはもう了承してもらった。顧問の先生にも話してある。先生は渋い顔をしてたけど。でも、私はこれが一番いいと思うんだ。佐藤は女子に技術指導をしてくれて、みんなの信頼も厚い。事実上のエースは川崎だけど、あいつに部長をやらせるわけには行かないだろ。二年にもまとめ役はいないし。お願い出来るかな」
深山先輩が、少し微笑んで言った。
「俺は男子ですけど? 女子の部長って、それは無理でしょう」
僕は先輩と門脇さんの顔を交互に見比べる。門脇さんもあっけに取られている。告白タイムだと思ってたのが一変、一体これはなんなんだよ。
「伝統的に剣道部の部長は、先代の名指しが絶対なんだ。今回は確かに例外だとは思う。でも合理的だろ」
深山先輩が鋭い目線を僕に向けてくる。まいった。なんかすごい詐欺にかけられたような気分だ。
「マジですか……」
男子の僕が女子の部長。あり得ない。助けを求めて僕は門脇さんの顔を見る。
「私が口を挟むことじゃないですけど、でも」
門脇さんが、声を搾り出すようにして言った。
「反対?」
深山先輩が笑顔で訊く。
「いいえ。佐藤君には悪いけど私は大賛成です。深山先輩が仰る通り、とても合理的だと思います。真里子ちゃんが女子の中心になるのは間違いないと思うし、そこに佐藤君がいてくれたらとても安心です。みんな楽しく部活がやれると思います」
「だろ?」
深山先輩が偉そうに言った。
「だけど!」
門脇さんが叫んだ。
「佐藤君の気持ちはどうするんですか。深山先輩の気持ちは? 二人の話をして無いです。それが先じゃないですか。深山先輩卑怯です。自分がハッキリできないから、佐藤君を女子の部長にして、確保しておくつもりなんですか? それはないです。私、がっかりしました」
ボロボロ涙を流して、門脇さんがまくし立てて言った。小さな体が爆発したような大迫力。門脇さんスゲーよ。誰も、そこまで細かく考えてなかったと思う。でも確かにその通りかもしれない。深山先輩の顔が、恥ずかしさと怒りで真っ赤になっている。僕がハッキリしないといけない。
「先輩」
「なんだよ」
「僕はヤンキーは嫌いです。でも、性格も見た目も綺麗な先輩に僕は惚れました。僕と付き合ってください」
「え、あの……」
先輩が慌てている。僕もかなり緊張しているが。
「先輩が彼女になってくれたら、僕は女子の部長を引き受けます。交換条件にするのは筋が違うけど、一度付き合っちゃったらもう話しは別だもんね」
言った。泣いていた門脇さんが顔をあげて、僕の顔を見る。目がキラキラしている。
「えーとお前、それは」
深山先輩が口ごもる。
「先輩。深山先輩!」
門脇さんが深山先輩を睨みつけた。
「じゃあ彼女になってやるよ、じゃねえや。あの、付き合ってくれますか。私と」
キャアっと声を上げて、門脇さんが躍り上がって喜んだ。他人の恋愛に関して情熱的すぎる。深山先輩は、恥ずかしそうにしてうつむいている。しかし本当に美少女だ。いろいろと心配はあるけれど、僕はかなり幸せ者だ。強い風がまた屋上に吹いた。慌てて門脇さんが、先輩のスカートを押さえている。
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