君は誰!? 揺れる二人の心【2-1】
下着と何が違うのこれ……。
男子更衣室の中で真昼は自身の格好を鏡で見ながら羞恥心に苛まれていた。
真昼が着用しているのはリボンデザインのビキニ。母親が彼の為に選んだ水着であり、シンプルなデザインながら胸元のリボンが彼の可愛らしさを引き立てていた。色も黒を基調としており真昼が好きな配色をしているが、布面積の小ささがどうしても気になった。
世の中の女性はよくこんなの着れるなぁ。恥ずかしくないのかなぁ……。
自分の姿を確認して心の中でぼやく。 水着は可愛いと思えるが、男が着ているという状況にどうしても違和感が付いて回った。
でも今のボクはこの姿じゃないと中には入れないし。はぁ。
感情を整理することを諦め着替えが入った袋を持って外へ出る。すると、今から着替えようとやって来た親子連れの父親と目が合った。
「あ……」
しかし、男は男子更衣室に女子がいるという緊急事態を気にすることなく、子供と戯れながら真昼がいた小部屋の隣へと入っていった。
良かった。ちゃんと精役が機能してるみたい。
他者の目に映る真昼を誤魔化す力。夜兎に掛けて貰った精役だがしっかりと効果はあるようだった。どういう風に見えているか真昼には分からないのが難点だが。
ほっとしながら荷物をロッカーに入れると、鍵のゴムを手首に結び付ける。男だった時よりも腕が細くなっているのか、ゴムの圧迫感があまりないことに少し凹んだ。
「お待たせ」
「お、行くか」
「うん」
サーフパンツを着用した夜兎と合流し、更衣室を後にする。僅かに塩素の匂いがする通路を進み続けると、生温かな空間へと出た。
「うわぁ。初めて来たけど凄いねここ」
「ああ、流石地域最大のスパリゾートだけあるな」
最初に目に映ったのは巨大なウオータースライダー。田舎だけあって土地が有り余っているのか非常に巨大で長さもゆうに五百メートル以上はありそうだった。近くにはスパリゾートのテンプレのような流れるプール。更にその隣には、海にいる気分が味わえる波が起きるプールなど基本的なものが揃っている。
「霜月さん達はもう来てるのかな」
辺りを見渡してみても夕達の姿は確認出来なかった。
小宵が真昼をスルーして遊びに耽るとは到底考えられない。つまりまだ来てないと結論付けるのが妥当なところだろう。
「そういえば姿を変える能力は何時まで持つの?」
「ん? ああ。もう切れてるよ」
「あ、そうなんだ。って、はいっ!?」
余りにあっさり答えが返ってきたので一瞬納得してしまったが、すぐに間抜けな声が出た。
「てっきり今日一日ぐらい持つと思ってたんだけど!」
「んなわけないだろう。俺が精役使うの苦手だって知ってるだろ」
「それはそうだけど。こんな姿を人に見られるなんてボク……」
「どっからどう見ても美少女にしか見えないから安心しろよ。そんだけ可愛いときっとモテるぞ」
「ボクは男だよ!!」
親友の背中をぽかぽかと叩きながら叫ぶ真昼。はたから見れば親しいカップルにしか見えなかったのだが、二人がその発想には至ることは無かった。
「こらこら、男の子同士でいちゃいちゃしない」
真昼が攻撃するのを止め拗ね始めたところに小宵達が現れる。むっとしていた真昼も声に振り返ると、飛び込んできた淑女達に絶句した。
無論、母親にでは無い。小宵はラッシュガードを着用して露出少なめ。大人らしさを最大限にアピールしているが、親に惹かれるほど真昼の性癖は歪んでいない。
彼が目を奪われたのはビキニを纏った夕にだった。オーソドックスなタイプだったが彼女の凛々しさと調和しており、可愛いという強烈な感情がすかさず真昼をぶん殴った。しかし彼が理性を崩壊させずにすんだのは、普段隠しているはずの紅髪に驚いたからだった。
「どうしたの真昼くん? 霜月ちゃんの溢れ出る魅力に圧倒されちゃった?」
「え、あ、いや、その」
図星だった。
理性は保てているが、彼女の美貌に意識を持っていかれているのは確かだった。
「魅力なんてそんな。彼の方が可愛いですよ」
謙遜したのだろうが結果的に、跳ね返した言葉は真昼の胸に刺さった。また先手を取られたことでペースもズタズタだった。
「そんなボクなんて全然……」
「うんん、キミは可愛いよ。私よりも遥かに」
何故か目ではなく、僅かに下の方を見て言われた。
首? いや鎖骨? 何だろう? 気にしてるところなのかな。
「そんなことないよ。霜月さんの方が水着似合ってて、なんていうかとても綺麗……だと思う」
「……! あ、ありがとう……」
思ってもいなかったのだろう。
真昼から思わぬ反撃を受けた夕は照れくさそうにたじろいだ。ただ、何故か素直に受け取れないのか少し複雑な表情をしていた。
まあ女の体になってるボクに言われてもって、感じなんだろうな。
当たらずとも遠からず。真昼の感想は一点においては的を射ていても、それ以外は全くといっていいほど外れていた。
夕は嬉しかった。だが、真昼との胸部の差に戸惑いを隠せなかっただけだ。
「ふふ、青春ね」
「小宵さんも大人なデザインで素敵ですよ」
「あらあら、ありがとう夜兎君。こんなおばさんにまで気を遣わなくても良いのに」
「いえいえ、本心ですよ」
「良い意味で本当に口がお上手ね」
「これで飯食ってるところありますからね。じゃあ予定通り順番に回っていきましょうか」
一足先に流れるプールへと向かう二人。それを追い掛けるように真昼と夕も付いていく。
途中、何度かすれ違った男性グループに二度見されたが特に気にすることも無かった。それよりも世間話を繰り広げる夜兎達とは違い、夕と無言で歩いていることの方が無性に気になった。
何か喋らないと。えっと何か話題、話題!
「そういえば、今日は紅髪なんだね」
「あ、うん。こういう場所ならあまり目立たないと思って」
言われて辺りを見渡す。
確かにちらほらと派手な髪色をした人間がいる。珍しいとは思うものの、開放的になっている今この場においては些細な特徴だった。
「それに見た目を誤魔化すのも精神的に疲れるから」
「それは精役をずっと使用するからってこと?」
首を横に振る夕。
「うんん、精役を行使すること自体は対した問題じゃないの。キミが思っているよりも疲れることじゃないし。ただ、自分を偽り続けるのは精神的な負荷が重くて」
あ……。
彼女は髪色を隠しながら普段は地味な姿を装っている。もし何かの間違いで精役を解いてしまった時、平凡な少女という偶像は一転して派手な外見を隠していた夕という実像へと変わる。
環境が一変してしまう出来事だ。未知の体験への恐れがストレスに繋がるのは用意に想像出来た。
「だからこういう場所は有難い。セソダ以外で自分を出せる場所はそう多くないから」
「……ごめんね。これが精器回収じゃなかったら思いっきり遊べたのに」
「いや、そもそもこんな機会でもないとリゾート施設なんて行かないから、これはこれで嬉しいよ。キミが気に病む必要なんてない」
「……うん、ありがとう」
胸が少しだけ熱くなる。ほんの些細な励ましが真昼には嬉しかった。
「キミも髪の根本が銀色になってきているから、姿を偽る精役を教えないといけないね」
「え、嘘!? ボクの髪色変わってるっ!?」
真昼の慌てように夕がきょとんとする。
「気付いてなかったの? 一昨日ぐらいからうっすら変わり始めてたけど」
「言ってよ! 全然気付かなかったよ!」
白髪を見られたくない中年のように頭を隠す真昼。思いもよらない自身の変化に目尻には涙が浮かんでいた。
「変身しているキミの銀髪は綺麗だし隠さなくとも良いと思うけど」
「うぅ……でも生え際だけ色が違うのは恥ずかしいよ」
「それは否定出来ないかな」
「やっぱり!」
「うぅ」と呻き声を上げながら真昼は両手で頭を抑えた。女性であることや水着を着ていること以上に恥ずかしかった。
「今はそこまで目立たないから帰ったら一緒に考えよう」
「うん」
──!?
今簡単に流しちゃったけど、『一緒に』って。
「ところでもう一つキミに伝えておかないといけないことがあるんだが」
プールへの階段を一歩踏み出したところで、突如夕が告げる。柔らかな表情ながらも真剣な口調に、真昼は堪らず息を呑んだ。
「私泳げないんだった」
「は……?」
思いもよらない発言に思考のフィルタをすり抜けて声が出た。
また、ちゃっかり二人の会話を耳に入れていたのか、先頭を進んでいた小宵と夜兎までも固まった。まさか華麗な戦闘をこなす彼女がカナヅチだとは誰もが想像していなかったのだ。
「まあ、その、なんだ。ここにターゲットがいるってのは分かってても直接な被害は出てないわけだし、まだ肝心のターゲットも見つかってないときてる。それにもしかしたら何日も通うことになるかもしれない」
「……何が言いたいの?」
「泳ぎの練習しといた方が良いんじゃないか?」
「ほんの少しの時間で習得出来るものなの? とてもそうは思えないのだけれど」
瞬時に夕が反論する。だが、これには小宵が反応した。
「それでもこれから先のことを考えると、多少なりとも練習しておいた方が良いんじゃないかしら。素人考えだけど、もし水辺での戦いがあった時、水への抵抗感が少なければ生存率が上がる可能性も考えられない?」
「む。それは一理ありますね」
どうだろう。お母さんのことだから単純に反応を楽しんでて、あまり深くは考えてない気がする。
「ということで、キミは泳げるか?」
「え、ボクっ!?」
真剣な眼差しで見つめてくる。が、熱意よりも彼女の端整な顔立ちが気になってしまい、目を合わせることが出来なかった。
「い、一応バタフライ以外は泳げるけど」
鼻先と頬が熱くなるのを感じながら答える。
「そう。それなら泳ぎのコーチをお願いしても大丈夫かな?」
「それは構わないけど……。でもそんなことしてる暇が本当に――」
「決まりね。探しのものは私と夜兎君で探索しておくから二人はどうぞご自由に。さあ行きましょう夜兎君」
「え、あ、はい。了解です」
無理やり真昼の話を遮り結論付けると、小宵は少々強引に夜兎の手を引きながら満足気に流れるプールの先へと去って行った。残された真昼達は少しばかり呆然と二人の姿を眺めていたものの、観念したとばかりに少年から口を開いた。
「えっと。じゃあ競泳用のプールに行こうか。ここは人が多くて練習には不向きだし」
「はい、師匠」
「し、師匠っ!?」
思わぬ返答に狼狽える真昼。
まさか自分から呼ぶことはあっても、自分が師匠と呼ばれるとは思ってもみなかった。
こそばゆい。だけどどうしてだろう。
胸が温かい。
少し前の自分からは想像も出来ないような状況だったが、あまり悪い気はしなかった。
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