君は誰!? 揺れる二人の心【5】

 二人の姿を捉えのにそう時間は掛からなかった。広大な施設といえど室内だ。飛び回って動ける範囲などそう広くはない。

 ウォータースライダーの方向へと鬼ごっこを続ける二人。追い掛ける者と追われる者はお互いに周囲への迷惑を考えていないのか、思うがままに移動と攻撃、回避を繰り返していた。


「逃げる──な!」


 夕が大剣を振りかざし下方にいる偽物に向けて炎の塊を飛ばす。


「ふんっ」


 だが、もう一人の夕は波の起きるプールへと飛び込み避ける。

 そして炎が水面に着弾したのと同時に巨大な波が今度は夕を襲った。水が蒸発する音と急激に発生した水蒸気によって注意が逸れてしまったのか、真昼の目には反応が遅れたように映った。


「!?」


 意表をつかれ波に飲み込まれる紅髪の少女。唐突に訪れた彼女のピンチに救出を試みようとする真昼だったが、彼の心配は杞憂へと帰結した。


「あっつ!? あっつぁ!」


 不意に飛んできた水滴が皮膚に付着しうろたえる真昼。飛び散った液体は火傷しそうな程の熱を帯びていた。


「こんなことでっ! 舐めるな!」


 自身を包んでいた波や水をまるで障害にならないと言わんばかりに吹き飛ばす。攻撃を仕掛けた偽物も流石に予想外だったのか、水面から顔を出しただ茫然と現実を見ていた。


「っ!」


 対して真昼は行動を起こしていた。

 夕と偽者が戦う一方で、一般人は半分パニックになりながら退避をしている最中なのだ。戦闘の余波で傷付かないよう守る必要が真昼にはあった。


 ボクが原因で戦ってるんだ。その戦闘に第三者が巻き込まれるなんて間違ってる。


 光の弾を飛ばして出来るだけ飛び散る水を減らしていく。人々を守るための盾を持ち合わせていない以上、これが真昼が取れる最善の行動だった。


「逃げるなぁ!」


 少し目を離した隙に二人はスライダー利用時に着水するプールへと移動していた。夕の怒号は館内に響き渡るほどで、彼女の怒りの量の膨大さが肌を通して伝わってきた。

 敵も勢いに押されたのか、それとも敵わないと感じたのか対峙する敵の空気が明らかに変わった。


「――!?」


 突如頭が、胴体が、足が溶け水の中へと姿が消えていく。夕だった何かは液体へと変貌し姿はもう見えない。

 液体化出来る能力? いや、そういう体質なのかも。どちらにしろ水に溶けた相手に攻撃なんて。


「はっ」


 プールサイドに着地した夕が剣先をスライダーの管へと向ける。そこに焦りは無く、ましてや諦めている様子も無い。彼女はただ残念そうな目で水が流れていくのを見ていた。


「聞こえているかは分からないけど一つだけ言っておく。死にたくなければ水から上がった方がいい」


 夕の発した言葉に敵は答えない。


「もう一度言う。死にたくなければ水から上がりなさい」


 繰り返した後、数秒ほど待って少女は残念そうにため息を吐いた。


「忠告はしたから」


 呟き、彼女は大剣を一瞬放り逆手へと持ち変える。そして流れるように得物を水中へと突き刺した。


「ああああああああああっっっっ!!」


 夕の叫びに大気が震え、ほどの熱風が生じた。

 襲い来る精役の波動に冷や汗が出る。同時に自身がやるべきことを頭で理解する前に体が反応した。


「みなさん逃げて! 早く!」


 叫んでみるが遅い。第一逃げる人間よりも野次馬の方が多い。今となっては悲鳴よりも歓声の方が多かった。


「燃え尽くせ、クリムゾンブリンガー!!」


 焦る真昼を余所に夕が精役を完成させる。

 刹那、世界が真っ白に点滅し鼓膜を震わすほどの爆音が場を支配した。

 呆気に取られた民衆を前に急激に立ち込める水蒸気。サウナを連想させる気温と湿度に誰もが言葉を失っていた。

 視界を封じられた真昼は夕の傍に寄ろうとする。大体の位置を覚えていたおかげで近寄るのに苦労することはなかった。


「こ──」


「殺しちゃったの?」と後ろから声を掛けようとして詰まってしまう。何も悪くない彼女にぶつけた暴言がフラッシュバックを起こし、罪悪感によって萎縮してしまったのだ。以前ははっきり言えた言葉だったはずなのに。


「殺してないよ」


 思ってもみなかった台詞が飛んできてハッとする真昼。雑音が主張を続ける中で言い掛けた言葉を拾われるとは思ってもみなかった。


「最終勧告だ! 今出てこなければ次は問答無用で茹で上げる!」


 今度は敵に向けて放たれる。

 偽者がスライダーの管を通して既に上まで登り人間化していれば、彼女の熱は届いていないだろう。だが、夕が放つ威圧感が有り得る可能性を微塵も感じさせなかった。


「ぁ……」


 ふと水面に影が映る。

 プールの一角は沸騰し湯気を上げているのにも関わらず、影の近くは不思議なことに熱されている様子はなかった。


「…………」


 無言のまま偽者が水から姿を現し、プールサイドへと上がる。


「っ!」


 敵が正面に来たところで真昼は身構えた。相手はまだ紅髪の少女のままで、何か起こしそうな雰囲気は充分にあったのだ。


「霜月さ──」

「申し訳ありませんでした!!」

「へ?」


 真昼の予想とは反して敵は何もしてこなかった。いや、正確に言うなれば行動は起こされた。

 日本古来から伝わる謝罪の意を表す土下座を。


「命までは取らないで下さい! 悪気はなかったんです!」

「そ、そう」


 夕も呆気にとられたのか大したことが言えないでいた。

 そもそも自分と同じ姿の者が土下座をして咄嗟に文句を言える者がいるだろうか。

 端から見れば双子にも見える光景に、敢えて逃げなかったギャラリーも言葉を失っていた。


「と、取り敢えず!」

「はい!」

「私の姿になるの止めてくれる?」


 戦闘時とは違った圧を放ちながら夕が告げた。

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