大決戦! ボクは男だ!!!!【1-2】

「タテヤマを倒したい」


 夕、小宵、夜兎、アケボノの四人の前で真昼は力強く告げた。小宵と夜兎は渋い顔をしたが、夕は平静を保ち、アケボノはぬいぐるみだけあって表情から情報は得られなかった。

 食事を終えたテーブルには何もない。小宵はその領域の角に穏やかに左手を置き、口を開いた。


「私は反対。大事な真昼くんをこれ以上危険な目に遭わせたくない」

「でもこれはボクの問題だし──」

「俺も反対だな」


 真昼の言葉を遮るように夜兎が言う。


「理由は三つある。一つは小宵さんも言ったが、今までの戦いとは比べ物にならないくらい危険なこと。二つ目は戦うとしてもタテヤマの強さに比べて俺達が用意出来る戦力が貧弱なこと。そして三つ目は真昼だけの問題じゃないこと、だ」


 腕を組み淡々と発する夜兎。真昼の考えを読んでいたかのように話す親友の姿は、つい一時間前までぬいぐるみと喧嘩していたとは到底思えなかった。


「一つ目と二つ目はまだ理解出来るけど三つ目はどういうこと?」

「タテヤマはラウに恨みを持っているんだろ。じゃあこれはラウの問題でもある。真昼が無理に背負う必要はないだろ」

「それはそうかもしれないけど、精器回収はボク自身が決めたことだよ。それをちょっと壁にぶち当たったからって投げ出すのは男らしくないよ」

「本当に『ちょっと』、だったら俺も何も言わなかったんだがなぁ」


 頭を掻きながら夜兎がぼやいたのを契機に重苦しい空気が漂い始める。これと言った反論が浮かばない真昼に対して真っ先に助け船を出したのは母だった。


「霜月ちゃんはどう思う?」

「私は……彼がやりたいことを手助けしたいです」

「俺もだ。それにこいつは意外と頑固だしな。説得するのはめんどくせー」

「確かに真昼くんはそういうところあるかも」


 クスクスと一人笑う小宵。雰囲気の明暗を上手くコントロールしてくれるのは有り難かったが、馬鹿にされているような感じは拭いきれなかった。とは言え、ここで怒って話を脱線させてしまうほど真昼も子供ではない。


「これでボクも含めて賛成多数な訳だけど」


 話を戻してみたものの状況はあまり変わっていない。幾ら賛成数を増やせても夜兎の協力がなければ決して勝てないだろう。また、真昼としては母を泣かせることだけは何がなんでも回避したかった。


「夜兎の言い分は分かる。ただ、一番の問題は戦力不足なことだと思う」


と、夕。


「他の二つは問題じゃないとでも言いたいのか?」

「そうは言ってない。でも夜兎の考えには抜けてるところがある」

「あ?」


 冷静に喋る夕に対して夜兎のボルテージが上がっていく。表情には出てないが会話の節々に負の感情が見え隠れしている。


「タテヤマがこっちの世界に、ルニシに来る可能性を考慮してない」

「はぁ? なんでそんなことを考える必要があるんだよ。だってそいつはラウに恨みがあるんだろ。真昼がこっちの住人だからって、あいつは真昼に固執してない。関係無いじゃないか」

「ぁ……」


 夜兎の放った台詞を受けて真昼が何かに気付いたように声を上げた。


「タテヤマは私を恨んでいる」

「は?」


 夜兎が間抜けな声を上げる。しかしながら、昨日現場に居た面子は反応しなかった。真昼もアケボノも思い当たる節があったからだ。


「昨日私達が逃げる時にあいつは『こんなにコケにされたのは初めて』と言った。乱入して場を掻き回した私を恨んでても可笑しくない」

「でもそれだけでこの世界に来ようとするか?」

「百パーセントとは言い切れないけど可能性は高いと思う。人を殺すことを何とも思ってない奴の考えなんて何時だってぶっ飛んでるもの」

「でもそんな簡単にこの世界に来れるものなの? それに例え来れたって霜月ちゃんの場所が分からないんじゃ」


 今度は小宵が質問を投げる。


「確かに小宵さんの言う通り世界の行き来は簡単には出来ません。ですが誰かに連れられたことがあったり、行き来したポイントの残り香を追えばそこまで難しくないんです。彼だって何度も世界を跨いでますし、もう私の手を借りなくても一人でセソダに行けるはずです」


 言いながら夕は真昼を見る。


「私の位置は彼の精力を追えばいずれ辿り着くと思います。ただ私よりも前に精器のつながりがより濃い彼と遭遇するかもしれません」

「お前の言ってることは全部可能性の話じゃないか」

「だが確率はゼロじゃねーぜ。お前は現場に居なかったからタテヤマの異常性が分かってねーんだよ」


 確かに可能性の話なのは間違いない。でも確実に言えるのは、あの狂人は近い将来また人を殺すということ。そうなる前にボクは絶対に止めたい。


 真昼が心の中で意思を固めると、小宵が心配そうな眼差しで息子を見つめてきた。


「ねぇ真昼くん?」

「なに?」

「真昼くんは死にたい訳じゃないよね? 必ず生きていてくれるよね?」


 緩やかに、それでいて激しく母が問う。

 真昼と小宵は二人暮らしだ。父親は真昼が小学生の時に亡くなっているため、真昼が居なくなれば小宵は一人ぼっちになってしまう。真昼としては絶対に避けたい事柄。だからこそ答えはシンプルだった。


「大丈夫だよ。ボクは絶対に命を粗末にしたりしない」

「……分かった。もう私は何も言わない。真昼くんの好きなようになさい」

「小宵さん!?」


 母の結論に夜兎が声を上げる。どれだけ信じられないという表情を浮かべようが、小宵の態度は変わらない。


「ごめんね夜兎君。息子を信じて送り出すのも母親の役目なの」


 吹っ切れた小宵の瞳は諦めと慈愛に満ちていた。そんな彼女の想いを読み取ったからなのか、夜兎もまたこれ以上は文句を言わなかった。


「完全に納得した訳じゃないが、危険を覚悟していることも、タテヤマが俺達の日常を壊す恐れがあるってことは分かった。だが戦力はどうする? 情けないがうちの組織に武闘派はいないぞ」

「そこはボクに心当たりがあるよ」


 真昼が答えるなり小さな間が空いた。そして夜兎は一度手で目元を覆うなり、大した時間を掛けずに言の葉を紡いだ。


「朝美か?」

「うん」


 親友の問いに頷く。


「確かに今のあいつの状況を聞く限り仲間にするのは容易いかもな。それに強さも霜月クラスだろうし申し分無い」

「!? じゃあ!」

「でもあいつが素直に仲間になるかな?」


 希望をぶち壊すような冷めた言葉が振り掛かる。


「朝美を仲間にするってことは、強硬派を裏切らせるってことだ。例え今回の件を解決したとしても強硬派と敵対するのは目に見えてる」

「だがそもそもあの女の今の立場を考えれば良くて左遷。悪くて処刑じゃねーのか。放っとくのかよ」

「強硬派ってそんなに酷い人達なの!?」

「頭に脳細胞の代わりに筋肉と欲望が入ってると言われても信じるレベルだな」

「それはその、随分頭の悪そうな集団ね……」

「あんなんで組織としてなりたってんだからある意味すげーがな」


 アケボノは余程恨みがあるのだろう。最大限に皮肉が効いた言葉である。


「だったら尚更こっち側に引き込まないと!」

「だが強硬派が黙ってないぞ」

「大体真昼から見れば強硬派は自分勝手な都合で動く加害者じゃねーか。もとより敵対してんだよこっちは」

「それは、そうなんだが……」


 アケボノのフォローにより初めて夜兎が言い淀む。普段であれば論理的にことを進める親友がここまで説き伏せられているのは非常に珍しかった。


 そこまでボクに戦ってほしくないの?

 ……うんん、少し違う。本気でボクを心配してくれているからこそ反対してるんだ。


「ねぇ、夜兎」

「……何だ」

「賭けをしよう」

「随分いきなりだな」


 完全に彼の言う通りだが、感情で話す人間を論理で追い詰めるのは時間が掛かる。しかしながら、彼と彼のバックにいる組織の力を借りなければターゲットには到底太刀打ち出来ないのも事実だ。

 今の真昼が取れる手段の中ではこれが一番手軽だった。


「ボクが朝美を仲間に出来たら夜兎は協力する。出来なかったらボクはこの件から一旦手を引く。これでどう」


 真昼の提案に手を組み直し思考を働かせようとする夜兎。しかし考えている振りなのは付き合いの長さによって容易に読み取れた。


「良いだろう。但しお前が負けた場合の『一旦』って単語を取り消すならな」


 こういうところは目敏いんだよなぁ、と真昼は心の中で唸った。相手も同じ年月を共にしているのだから当然といえば当然だったが。


「分かったよ。ボクが負けたら完全に手を引く。それでどう?」


 直しを加えた提案に友が小さく笑う。


「交渉成立だ」


 彼の台詞を最後に、部屋中に漂っていた重い空気霧散した。

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