大決戦! ボクは男だ!!!!【1-3】

「アタシを仲間にしても先輩にメリットなんて無いんで止めておいた方が良いですよ」

「そんなこと無いよ。少なくともボクはアサミが一緒に居ると嬉しい」


 精一杯の応戦。だが、少女は真昼よりも賢かった。


「その台詞は嬉しいですが、夜兎の奴からアタシの状況は多少なりとも聞いているんじゃないですか?」

「事情は把握してるし状況も理解してるよ」

「本当に理解してますか?」


 寂しそうに、それでいて熱を込めた瞳で真昼を見つめる少女。ほんの少し言葉を間違えただけで崩れそうなほど儚げでもあった。


「アタシをのうのうと生かしておくほど強硬派も馬鹿じゃないですよ。先輩に迷惑が掛かるのは目に見えています」

「だからってアサミを見捨てるなんてボクには出来ないよ」

「とことん甘ちゃんですね、先輩は」


 言い終えるとくるりと反転する朝美。


「まだ話は終わってないけど」

「残念ですがもう終わりですよ先輩。……最後に先輩と話せて嬉しかったです」

「待って!」


 出口へと歩もうとする彼女の手を掴む。後輩の為にも自分の為にも彼女を帰すわけにはいかなかった。


「離してください先輩」

「嫌だ。ボクはアサミを離さない」


 ふと最近の朝美との会話が脳裏によぎる。

 お互いにどうしたいを話して拒絶してばかりだった。無駄に相手の意思を尊重して傷付けないようにした結果すれ違っている。


 もうそんなことしてる暇も余裕も無い!

 覚悟を決めろ白雪真昼!


「良い加減離して──」

「ボクの側に居ろよ、菜花アサミ!」

「──っ!?」


 少年が少女を抱き締める。

 朝美の強さを考えれば変身していない真昼から逃げることなど容易いはずだ。そうしないということは心の何処かで期待しているのだ。引き留めて欲しいと。助けて欲しいと。


「ボクはアサミが居て迷惑なんて思わない。周りの人間にも思わせない! だから一緒に居てよ!」

「だってアタシ、何度も真昼先輩の日常を荒らしたじゃないですか。そんな私が先輩の隣に居て良いわけ──」

「その分これからボク達の平和を保つのに協力すればいいじゃん!」

「全てを失ったアタシなんか居たって、何にも出来ないですよ!」

「出来るよ!」

「……!」


 力だけじゃない。

 アサミと一緒に居ると心が落ち着く。日常がより楽しいと感じられる。


「だってアサミはボクの心を豊かにしてくれるじゃないか。それだけでボクは嬉しいし、一緒に居たいと思うよ」

「…………」

「だから――だから一緒に居てよ、アサミ!」


 思考回路が熱くなっていくのを感じながら心の全てを曝け出す。幼馴染の後輩にはどう受け止められるかは分からなかったが、思いだけが真昼の叫びを形作った。

 そしてちょっとした間が空き、風が通る音がやけに鼓膜を刺激した。

 「これは失敗したか」と思った時、不意に肩に温かな液体が溢れ落ちた。


「ズルいですよ真昼先輩。アタシも真昼先輩の側に居たい……。一緒に居たいに決まってるじゃないですか!」


 涙声となった後輩の心の本音が響く。


「でも、でも! アタシ、本当に何にもないんですよ!」

「アサミ本人が残ってるよ」

「仕事もお金も無いですよ。取り上げられちゃいました……」

「一緒にバイト探す? 夜兎に時給の高い仕事紹介して貰おうか」

「住むところだってもう無いです……!」

「うちに住めば良いよ。一緒にお母さんを説得しよう」

「何で、そんな……せんぱ、い……!」


 涙が喉に防壁を築き、少女から滑舌を奪っていく。

 同時に少年の首元は段々と湿りが広がっていったが、真昼は今に満足していた。


「ボクにとって大事な人だから。本当はもっと色々あるんだけど、でもこれ以上の理由は無いよ」

「せんっ、ぱいっ!!」


 大多数の人間に見られているということを知りながら更に顔に洪水を作る朝美。真昼はというと、少女が落ち着きを取り戻すまでただただ抱き締め続けていた。

 数分程泣き続けると決心がついたのか、腕で目元を拭き真昼から一歩離れた。そして彼の瞳を見据えて放つ。


「アタシ、先輩の傍に居たいです」

「うん」

「だから、先輩がやりたいことに協力します」

「うん、ありがとう。改めて宜しくね」


 先輩がそっと手を差し伸べると少女は躊躇することなく彼の手を握りしめた。彼の真の目的も理解しているようで、充血した目は確かに前を向いていた。

 真昼の日常が僅かに帰ってきた瞬間だった。


「ところでこれでもうアタシは、先輩の彼女ということですよね?」

『違うわ馬鹿!』

「わっ!?」「ひゃ!?」


 頭の中に突如怒声が響く。


「あーその声。夜兎の癖に話まで聞いてたな!」

『うるせぇ勝手なこと言いやがって! お前なんか奴隷で十分だバーカバーカ!』

「はぁ? アンタにそんなこと言われる筋合い無いんですけどぉ!」


 感動的なシーンが一転して喧嘩になってしまった。耳を介さずに頭に直接言葉が届くというのは思いの外気持ち悪い。作戦の途中にイヤホンマイクを使用しているのはこの感覚が原因なのだろう。

 喧嘩の合間に挟まれた『朝美ちゃんなら私はOKだからね!』という天からの声を無視してただ空を眺めていると、距離を取っていた夕が寄ってきた。


「上手くいって何よりだね」

「本当に。でも大変なのは明日だから」

「そ、それで一つ聞きたいことがあるのだけれど……」


 夕が頬を僅かに赤く染めながらもじもじと述べる。普段はっきりとした態度を取りがちなだけに珍しかった。


「わ、私もさっきのやり取りはプ、プロポーズのように見えたんだ。こういうことは疎くて真相が分からないから直接聞くのだけれど、キミ達はその、付き合うのかな?」

「付き合わないよっ!!!!」

「えぇ!? 真昼先輩まで酷いです! 私とは遊びだったんですか!」


 目を腫らした後輩に凄まじい勢いで横から詰められる。

 耳から聞こえる声も、頭の中に鳴り響く音の羅列も騒がしいの一言だったが、自分が求めていた日々に一歩近づいたと、真昼は苦笑しながら思った。同時に違う考えも過る。


 でもこれはまだスタート地点に立っただけだ。あの人に勝つにはまだ足りない。


 確実な勝利のため、真昼は少し笑みを崩すと大声で騒ぎ立てる仲間の仲裁に入った。だが沸き上がる嬉しさには勝てず、完全に笑顔を仕舞うことは出来なかった。

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