大決戦! ボクは男だ!【1-1】
菜花朝美はマイペースで自分に正直な後輩。真昼は少なくともそう認識している。
自身が作り出す流れを重視していて無理に他人に合わせようとしない。嫌なものは嫌と言い、女子特有の同調する精神が欠けていた。まるで猫のようなタイプで、良く言えば孤高。悪く言えば人付き合いが苦手な人間だった。
今考えを巡らせてみれば任務に向き合う為の彼女なりの処世術だったのかもしれない。異なる世界で暮らしていく以上、余計なストレスを抱えるべきではないと判断したのではないのだろうか。
では真昼に向けていた表情もまた作り物だったのか。
いや、そんなことない。アサミはボクに隠し事はしても本音は何時も表面に出したがる。上辺では建前で誤魔化すところはちょいちょいあったけど、深いところでは信用されていると思う。
待ち合わせの時間に近づく度に脳内で考えることが増えていく。朝美という人間を信用しているが、自身が築いたはずの信頼をここ最近の出来事が侵食してくるのだ。
コンクリートの壁を乗り越えて、生暖かな風が真昼の髪を揺らす。穏健派が管理する空き地にたたずみ物思いにふける彼は、傍目から見ればさぞ神秘的に映っていることだろう。
「来ないね」
夕の声がする。
彼女との距離は数メートルと離れていないはずだが真昼にも目視出来ない。
「来るよ、アサミは」
「その理由は?」
「長年の付き合いから来る勘かな」
「……そう」
また静寂が訪れる。ふとスマホを見ると約束の時間まで一分だった。
スマホをポケットに閉まい、外界との唯一の手段である金属製の扉へと視線を向ける。すると突如近くの地面が不自然に凹み、砂が散る音がした。
「こんにちは、真昼先輩」
誰も居なかった空間から朝美が姿を現す。
彼女が使用したのは恐らく姿を透明にする精役。もしくは気配を消す効果。どちらにしろつくづく精役というのは科学を超越した奇跡なのだと思い知らされた。
「うん、急にごめんね。手首は大丈夫なの?」
朝美の左手首は昨日折られたはずだが、特に治療が施されているようには見えなかった。顔に出来ていた擦り傷もすっかり跡が消えていた。
「あれぐらいの怪我なら精役でちょちょいのちょいです。昨日の今日なので痛みはまだ少しありますけど、明日になればすっかり回復していると思います」
簡単に朝美が答える。回答にほっとする真昼だったが、朝美の表情には何処か陰があるのが気になった。
「ところで先輩」
「何?」
「凄い人数に見られてますねアタシ達」
くるりと一回転して朝美が言う。
彼女の言う通り空き地に居るのは夕だけだったが、夜兎とその配下の人間が精役を通して目を光らせていた。
「アサミには前科があるからね。仕方無いよ」
「言われてみればその通りですね。そこの人も無事だったみたいで何よりです」
夕の方を見て言う朝美。完全に認識出来ているようで言葉に躊躇いがなかった。
「彼に助けて貰ったから」
夕が精役を解き姿を現す。バレているならば隠れる意味は無いと判断してのことだろう。
「ふぅん」と朝美の目が真昼に向く。不愉快なのが露骨に伝わってきた。
「まったく真昼先輩は。もっと自分を大切にした方が良いですよ」
「あはは……」
これは精器を分けたことバレてるな。
「ま、でもそういうところが先輩らしいので良いですが」
何故か納得された。どうやら朝美の中の真昼像は性格が自己犠牲に寄っているらしい。そこまで心当たりが無いだけに、この評価には思うところがあった。
「そんなにボクって人のために動いてる?」
質問に対して少女は小さく首を振った。
「いえ。多分先輩の解釈は間違ってて、先輩は自分の過ごしやすい環境を守るために自分を犠牲にするんですよ。結果的には人のためになっていても、あくまで目的は自分のためっていうか」
「んー、良く分かんないなぁ」
「ほらっ、よく同学年の人や小宵さんから頼まれごとをされても断らないでしょう。それは助けたいからじゃなくて関係が悪くなるのを嫌ってじゃないですか?」
言われてみればその節はある。でもそれって普通じゃないの?
「勿論悪いことじゃないんですよ。むしろ人の役に立ってる分、長所だとアタシは思います。でも先輩」
朝美が間を取る。和やかな空気を入れ換えるように。
「アタシを仲間にしても先輩にメリットなんて無いんで、止めておいた方が良いですよ」
先手を打たれ一瞬体が硬直する。まさか朝美の方から切り出してくるとは思わなかったからだ。交渉のコツはいかに主導権を握るかが鍵である。そういう意味では朝美は真昼よりも何倍も上手だった。
真昼は対面の少女の目を見て、朝にした会話を思い出した。
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