ボクは女の子? 精役少女まひる誕生!【4】
自分でも何が起きたのか分からなかった。
アケボノが言った呪文のような言葉を復唱した途端世界が白く染まり、視界が戻った時には痛みなどそもそも存在しなかったように楽になっていた。
踏みつけられ割れそうだった頭はやけにすっきりしている。悪質なタックルによって鈍痛が酷かった腕や背中も問題ない。
行ける! よく分からないけど今の状態なら!
「こんのっ!」
突然の発光により怯んでいた殺人犯の足を右手で払いのける。
真昼の考えでは相手が体勢を崩してくれれば良かった。あわよくばそのまま屋上から落下してくれれば脱出する時間が稼げると思っていた。しかしながら現実は違い、
男は凄まじい勢いで縦に回転しながら十数メートル横に吹き飛んでいった。
「えっ――って!?」
自分の攻撃に自分自身が驚き気が抜けた瞬間、左腕から力が抜けふっと身体がビルから離れた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちるううううううううう!
重力に引かれて地上へと真っ逆さまに落ちていく真昼。助かる方法など全くと言いていい程考えられず、ただ無様に身体をばたつかせながら垂直落下していく。
そして無常にもただただ無残に何もない地面に激突した。
「痛っ――く……ない?」
何で?
地面に落ちはしたものの痛みの波は何時まで経っても押し寄せてはこなかった。
「何ともない。あの高さから落ちて無事?」
起き上がって上半身を捻ってみる。痛みどころか落ちる前より身体が軽かった。
「ところで何これ? 服変わった?」
自身が纏っている衣服に視線を落とすと、女物の服が更に煌びやかなものへと変貌していた。制服というには可愛すぎるデザインで、女児服というには若干大人びている。衣装そのものは子供が喜びそうなものではあるが、赤と黒を基調としているせいか上品さもある。
次に気になったのは髪。はっきりと断言出来るほど長さが伸びており、髪色も黒から青みがかった銀へと変貌していた。しかもご丁寧に結ってある。
格好良さを感じないこともなかったが、何処までも前面に出てくるのは可愛さだ。可愛くて格好良い。残念ながら格好良くて可愛いではなかった。
「ウィルフェースって言ったっけ、このネックレス。一体何の光だったんだろ」
気になってアクセサリーをつまむ真昼。改めてよく観察してみても最初に見た時と変化はなかった。
「っと、こんなことしてる場合じゃない! あの怪物は!」
「$Leeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!」
「うっわあっ!」
顔を上げた瞬間、空中から飛来してきた怪人のハサミがすんでのところまで迫る。
咄嗟に右足を蹴り左に回避しようとする真昼。だが――、
「おっええええっっ!!」
真昼が想像するよりも遥か斜め方向へと飛んでしまった。高さは先程までいた駐車場ビルを優に超えている。その勢いはまるでカニが地面を砕いた際の衝撃で吹き飛ばされたようだった。
「ええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!」
ちょっと力を込めただけなのに何で──てか着地!
人間離れした跳躍力を見せた真昼の肉体が徐々に落ちていく。落下スピードは普通のはずだが不思議と恐怖はなかった。これぐらいの高さなら問題ないと、変化した身体が真昼に伝えているようだった。
これならいける!
よく分からないけど戦える!
真昼はぐにゃぐにゃと歪んだ街灯らしき物体の上に綺麗に着地すると、再び足に力を込める。狙いは今まで散々いたぶってくれた犯罪者。温厚な彼であっても流石に鬱憤が溜まっていた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「────!?」
弾丸のようなスピードでハサミに向かって蹴りを放つ。
「4ええええええええええええZ!!」
真昼の狙い通り襲撃者の左ハサミにキックをぶち当てると、その威力を物語るようにハサミは根本からちぎれ、腕から大きく緑色の液体が吹き出た。取れた腕を抑えながら出す激しい唸り声は痛みの凄まじさを物語っているようだった。
ややへこんだ地面に着地し敵の姿を見据える。強い罪悪感に襲ってきたが、相手は死刑囚でむこうから襲ってきたのだと自分に言い聞かせることで何とか平常心を保つことが出来た。
早くこんなところから出よう。
敵から視線を外し駐車場ビルの屋上に向かって高くジャンプする。
飛び上がる感覚に未だに慣れなかったが、案の定余裕で屋上の隅に到達する。
「大丈夫、アケボノ? 所々綿が出てるよ」
「……痛みはねーし、これぐらい問題ねーよ。それよりお前こそ大丈夫かよ」
「今は全然。さっきの痛みが嘘みたい」
言いながらフェンスに引っ掛かったアケボノを剥がす。破れているだけではなくほつれもそこそこ酷いが、修復出来ないほどでは無かった。
「それよりあのカニやろーはどうした?」
「うん、腕が切れて下で悶えてる。でも──」
そっと真昼は振り向く。するとちょうど飛び出てきた犯罪者と目があった。
「──!?」
「こんだけ意識の外から攻撃されたら警戒もするっ!」
叫びながら渾身の右ストレートを顔面に叩き込もうとする真昼。だが怪人は僅かに頭をそらしてかわすと、真昼の首目掛けてハサミを向けた。
「うっぐ!」
敵の思うがままに残ったハサミによって細首を絞められる。フェンスに押し付けられているせいでより圧迫感があり、強化されているであろう身体能力をもってしても脱することは出来なかった。
「!」
徐々に天へと向かう意識を必死に引き留めながら両手力を込め引き剥がそうとする。だが無情ともいうべきかびくともしなかった。
真昼は誤解していた。真昼は戦える力を与えられたが、戦う技術までは貰っていないことに。
そもそも真昼は殴り合いどころか喧嘩さえあまりしたことがない。例え罵詈雑言を浴びせるだけの勝負であっても彼に勝ち目はなかっただろう。
雑魚。無能。脆弱。
例え人並み外れた力を得たとしても、戦場での真昼の評価はそんなところだろう。
「ぁ、が、あ……」
先程と違い力に躊躇がない。ハサミだけでなく目にも力が入っている。嘗めてかかった自分に苛立っているようでもあった。
ヤバ……い。意識が……。
最後に全力で暴れようとしたものの、結果は望んだものではなかった。既に四肢への命令は止まっており意識と行動が噛み合わず何も出来なかった。
「あ、ぁぁ……」
「D<5555!」
口から泡を吹き出し思考虚な状態へと陥りそうになる真昼。だが、生への渇望を捨ててはいない。絶望的な状況ではあるが、心は折れていなかった。
最後まで、死ぬ直前まで。
真昼は男になりたかった。
「ぁ……ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっっ!!!!」
「──!?」
真昼の強い想いに応えるように彼の周りに白い光りが幾つも出現する。
そして主人に仇なす敵を排除しようと怪人にぶち当たった。
「&J%555555!!!!」
光弾は自らの意志を持って敵に何度もぶつかっていく。
一つの光が怪人の腹を穿ち、間髪入れず他の弾が他の部位を攻撃する。いつの間にか襲撃者の足は建物から離れ空中へと移動していた。
しかしながら、文字通り手玉に取っているように見えても致命傷には至っていない。相手の防御力が高いのか、それとも光の攻撃力が低いのかは分からないが、カニの顔にはまだ僅かに余裕があった。
「いけっ……いけええええええええええええええっっっっ!!!!」
お腹の奥底から声を捻り出し想いを全て光に乗せようとする。
自然と瞳からは涙が零れ、喉にひりつくような痛みが走る。
いい加減――。
「倒れろおお――!」
更に気持ちに力を込めた瞬間、膝から力が抜けた。そして無情にも、真昼の体調に呼応したのか光の弾も消え失せた。
「そんな……ここにきてボクの負け……?」
運命を定めた神を、役目を果たせなかった光を、何より非力な自分を呪う。
「いいや、キミの勝ちだ!」
「ぇ……?」
紅い一筋の線が正面を通ったと思うと、息をする間もなくカニの胴体が半分に裂けた。そして乱入者は空中で制止するや否や深紅の髪を翻して強く叫ぶ。
「クリムゾン、エンド!」
少女が炎が纏った大剣を一閃する。
目を開くのが困難なほどの光と圧倒的な熱量が真昼を襲い、次に彼女の姿を捉えた時には怪人の姿は無かった。空中に立つのは紅髪の少女一人で、火の粉を浴びる姿は女の子であることを忘れてしまうほどに凛としていた。凛々しい彼女を見ているだけで不思議と胸が熱くなった。
「大丈夫? 立てる?」
「あ、うん。はい」
見惚れていたせいか、いつの間にか尻もちをついていたことも彼女が近寄ってきたことにも気付かなかった。
「あ、ありがとうございます」
少女が伸ばしてきた手を掴み起き上がる。
柔らかく温かな手のひらに思わず心が跳ねた。
「ところであの……」
「ん、何?」
「殺しちゃったんですよね、あの人」
「うん、殺した」
はっきりと言われる。ここまで堂々と伝えられることを予想していなかっただけに問いを投げ掛けた真昼の方が委縮してしまった。
「あの人間は指名手配中の殺人犯で生死は問われてない。仮に捕まえたとしてもラウに戻れば処刑されるだけ」
「……そうですか。すみません、変なことを聞いて」
この人には自分の言葉で揺らぐほど軽い覚悟は持っていない。
ほんの少し会話も交えただけで真昼にはそう思えた。
「うんん、当然の反応だと思う。私が人を殺したという事実に変わりないから」
現実的な、悪く言えば酷く冷めた答えだった。
「でもボクを守ってくれました」
彼女の信念に口を出すつもりはなかった。しかしながら寂しげな物言いに、自然と言葉が漏れてしまった。
「貴女がいなければボクは殺されていました。だからもう一度言います。助けてくれてありがとうございました」
勢いのままにお辞儀をする。
対する少女はというと、真っ直ぐな真昼の態度に心動かされたのか、罰が悪いようにそっぽを向いた。
「どうしたんです?」
「……えっと、そんなこと言われるとは思ってなくて。第一キミを守ったのは私の仕事の都合で、キミをここまで危険な目に合わせたとなれば怒られても仕方無い立場なのだけど」
「それでもボクを助けてくれたという事実も変わりません。怒るなんてとんでもないです」
「そう」と彼女が呟いたのを聞き安堵する真昼。すると何処からともなく強烈な眠気が頭を取り囲んだ。
あれ──ボク。眠──。
「ちょっとキミ」
抵抗する間もなく真昼は睡魔に意識を刈り取られ、少女の胸の中で眠りについた。
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