大決戦! ボクは男だ!!!!【3】

 押していた。

 夕と朝美が放つ刃は肉体の破壊には繋がっていないものの確実に精神は削っていた。その証拠に敵の余裕のある態度は消え、動作の節々から苛立ちが見えた。

 たとえいくら痛みが少なくとも何度も被害を受け続けていれば心は磨耗する。何とも思わない攻撃だろうが、二度三度続けば人はストレスを抱くものなのだ。

 それはタテヤマも例外ではなかったらしい。


 いける……これなら!


 夕が放った左方向からの切り上げがクリーンヒットしよろけるタテヤマ。目標地点まで残り数歩。少しばかり調子に乗った朝美のフォローを行い隙を埋め、気を取られた標的に対して夕が追撃を繰り出す。

 そしてとうとうタテヤマの足が真昼の握りこぶしほどの瓦礫に乗る。

 瞬間、夕はすぐさま念じ、別世界に控えている仲間へと合図を送った。すると瞬き程度の時間で巨漢の背後に一人の人間とぬいぐるみが出現する。


「!?」


 注意散漫な状態のせいか、殺戮のプロであるタテヤマも反応することは出来なかった。気配を察知し振り返ろうとしたのは流石だが、乱入者の行動を止めるまでには至らなかった。


「っ――!?」


 男子高校生の両腕の上に乗り、恐竜の両手が巨漢の背中を捉える。


「ああ!? ううぁ!? ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?」


 恐ろしいほど丁寧で、

 吐き気がするほど感情的で、

 視界に入れたくなくなるほどマイナスなオーラを出していたタテヤマが、

 たった一度虚を突かれただけで悶えていた。

 指は鋼鉄の皮膚を歪ませるほど強く握りこんでおり、顔は表現する言葉が浮かんでこないくらい混沌としていた。


 やった……?


 誰もが呆気に取られていた。特に夜兎以外の仲間はタテヤマの驚異的な強さを目の当たりにしたことがあるだけに信じられない様子だった。


 本当にこんなんで終わりなの……?


 疑問が溢れてくるが標的が苦しんでいるのは確かである。無様な叫び声を上げのた打ち回っている。苦しみが強いのか小刻みに痙攣も繰り返し、見るのも億劫になるほど酷い状態だった。


 でも、これなら間違いないよね。

 ……回収しやすいように少しだけ寄ろう。


 これからのことを考え、悶えるタテヤマへと歩を進める。分離した精器がより早く自分の元へと帰らせるために。そして敵とはいえ、苦しみから彼を開放するために。

 だが、そのような温い考えは――、

 甘い考えは――、

 不要なものなのだと今更になって真昼は理解させられた。


「真昼先輩っ!!!!!! 離れ――!?」


 視界から黒い影が動いたと思った刹那、何者かが真昼の前に立ち、

 赤い液体が舞った。


 ……は?


 脳の働きによってスローで流れる映像。真昼の前を割り込むように飛び込んできた後輩が鮮血を撒き散らしながらゆっくりと倒れていく。


 あ、ああ……。


 夕が死にかけた時にもっと自分に刻むべきだった。

 生の裏には何時も死が控えていることに。


「あ、うあ、うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」


 叫んだところで現実は変わらない。巨漢は朝美を切り裂いた後、こめかみに蹴りをかまし彼女の意識を断ち切った。

 襲い掛かる絶望を前に真昼は動けなかった。へたり込むことも出来ず、ただ後輩の体から吹き出る血を見ていた。

 膝が狂ったように震える。

 目に映る世界はぐにゃりと歪曲し、自分が何処に立っているのか分からなくなった。


「うごぁ!?」


 真昼が絶望の魔の手に囚われている間に次に犠牲になったのはアケボノだった。

 下がろうとする夜兎の中から首を掴みとると、力任せに首を引きちぎられ胴体と頭が分離する。溢れた綿は無惨に散り、首は雑に放り投げられた。


「や、やめ……」


 紡ごうとした言葉はガタガタと震える歯によって形を成さなかった。しかしながら強大な暴力は真昼の希望を奪うために依然として続いた。


「──っ!?」


 ようやく反応した夕が夜兎への攻撃を大剣で受け止める。だが、先程よりも速度を増した狂人の連撃をいなし続けるのは百戦錬磨の夕といえど難しかった。

 腹部への一撃を小刻みなステップで回避。続く膝蹴りを肘で止め、負けじと剣を振りかざすが腕のガードで勢いを殺されてしまう。


「くっ!?」


 防ぎきれなかった攻撃が徐々に夕を赤く塗り潰していく。塗り絵に色を落とすように容易に押し付けられる神速の打撃は、真昼の理解を越えた世界だった。


「っ──がっ、はぁ!?」


 ちょうど夜兎と避ける方向が重なってしまい反応が遅れた夕の胸に重い一撃が入る。

 空中に浮かび上がった紅髪の少女に格闘ゲームの空中コンボの如く、鮮やかな連携でボディーブローと回し蹴りをお見舞いする狂人。一連の攻撃を食らってしまった夕は、血を吹き出しながら地面に叩き付けられ動かなくなった。


 何……これ。


 夢なら覚めて欲しかった。

 嘘なら教えて欲しかった。

 幻覚なら消えて欲しかった。


 何が真実で何が虚偽であるかが判断が付かない。

 一つだけはっきりと言えるのは――、

 顔にこびり付いてしまった後輩の生温かな血はまぎれもなく現実だった。


「っのやろ――あが!?」


 戦うスキルの無い親友が一直線に突撃したものの、人が蟻を潰すように呆気なく潰された。

 たった数十秒。優勢と思われた陣営がたった数十秒で敗北を予感させる状況まで追い込まれてしまった。


「…………」

「ぁ、ああ、あああ……!」


 返り血を浴びたタテヤマが黙したまま真昼へと近付く。真昼はというと、ピントの合わない目で懸命に現実を見ていたが、それ以上は何も出来なかった。


 朝美……アケボノ……霜月さん……夜兎……。


 自然と涙が溢れ、とうとう膝が地についた。

 誰がこんな結末を予想したのだろう。見えている風景は何もかもが終わっていた。

 ただ一人の敵だけを除いて。


「信じられませんか? この状況が」

「ぁ、うぁあ」


 信じられないに決まっている。

 誰が受け入れるかこんな狂った絶望を。


「怖いですか? 私が」

「あ、あ……」


 怖い怖い怖い怖い怖い。

 人が死ぬのが。自分も同じようになるのが何よりも怖い。


「ですが主人が悪いのですよ。私を怒らせるから。主人の間違いは時には配下が正せねばなりません」

「あ、ぁぁ……!」


 間違い?

 ボクがやろうとしたことが間違い?

 ボクは戦っちゃいけなかったのか……?

 タテヤマを倒そうとしたのは大きなミスだったの? 

 夜兎の言うことに従って、あの時止めていれば良かったの?


「人に出来ることには限りがあります。だからこそ人は考え、今出来ることを精一杯やらなければならないのです。このような愚劣なゴミ虫共と付き合っている時間はありませんよ」


 と、言いながら、足元の夜兎の頭を踏み潰した。彼の顔付近の地面が割れ、タテヤマの足に脂が混じった粘液がこびりつく。


 こいつの言う通りだ。

 悔やんでも悔やみきれない。

 自分の愚かな決断のせいで大切な友達が、仲間が傷付いてしまった。

 あぁ……どうすればいい。ボクは、ボクはどうすればいい。


「ど、う。どう――」

「どうして、ですか? 『あの妙な小動物の攻撃が何故効かなかった?』でしょうか」


 敵が勝手に意気揚々と解釈して語り始めようとする。

 違う。聞きたかったのは、『どうすれば許してくれるか』だ。


「率直に申し上げてしまえば何をしたかったのか分かりかねます。が、きっと私を内部から破壊しようとしたのではないですか? 残念ながら放たれた精役が私の自慢の皮膚を貫通することはありませんでした。つまり何が言いたいか──」

「…………」

「主人達の作戦は全て無駄だったということです」


 瞬間、心が酷く壊れる音を聞いた。


 無駄。

 全て無駄だった。

 圧倒的な防御力の前には急造な計画など通用するわけなかったのだ。自身が行ったことはただ仲間を傷付け窮地に立たせただけ。


 何がボクがやりたいこと、だ。

 何が男に戻りたい、だ。

 無謀も良いところじゃないか……。


「おや?」


 固まった糸がほどけていくように変身が解け、私服の真昼に戻る。真昼の目にはすっかり戦意が失せており虚ろだった。


「我が主人。先程私は貴女を切ろうとしました」

「……」

「それは私が怒りに身を任せたこともありますが、一番の理由は貴女が戦う人間の目をしていたからです。しかし今の主人の瞳には最早輝きがない」

「…………」

「主人を傷付ける必要性が私にはないのですが、戦いを仕掛けておいて本人に何ら代償がないというのもおかしな話です」

「………………」

「ケジメとして身体の部位──そうですね、腕一本頂かせて貰いましょうか」


 腕。腕って言った今。


 無気力なまま巨漢を見る。笑ってもいないが悲しんでもいない。怒っているようにも見えない。

 無だ。何も感じていなさそうだった。


 ボクはタテヤマにとって圧倒的な弱者なのだ。道端を歩く虫やそこらに落ちている石ころ程度でしかない。たまたま自分に有益になったことに感謝はしていても、弱者という存在を心から敬ったりはしないのだ。


 みんな、ごめんなさい。

 ボクが余計なこと言わなければ。

 ボクが、


「ボクがタテヤマを倒したいなんて言わなければ……」


 今更後悔しても全てが遅い。

 自身の決断の愚かさによって全てを失くしてしまったのだ。こうなれば腕一本とは言わず、命も奪って欲しかった。

 タテヤマは口を開かなかった。

 主人の絶望する顔など見たくなかったのだろうか。それとも単純に飽きてしまったのだろうか。どちらにしろ罰の執行まで猶予が無いことは間違いなかった。


「ではご主人──ん?」

「…………?」


 絶望にうちひしがれ、悲劇を受け入れる態勢だったが、待っても処罰は来なかった。十五年以上の月日を共に過ごした腕もまだくっついたままだ。

 何が起きたのかとしっかりと前を見る。すると強者に踏み潰れたはずの夜兎が恐ろしい形相で狂人の足を掴んでいた。


「させねぇ。真昼を傷付けさせるもんかよ!」

「や……と」

「諦めんな真昼! 今諦めたら一生女のままだぞ! それで良いのかよ──がっぁ!?」


 方足を掴んでいた親友が再度もう片方の足で潰される。だが、血が付いた手はいまだにタテヤマを捕らえていた。


「離しなさい虫が。私の主人への最後の手向けを邪魔するな」

「うる、せぇよ馬鹿が! 真昼を悲しませる奴は、俺が許さっ、ねぇ!!」


 踏まれ、蹴られ、殴られても少年は手を離さなかった。そして彼が放つ叫びは真昼の荒んだ思考に僅かに響いた。


「夜兎……ごめんなさい。ごめんなさい!! ボクのせいで……ボクのせいで!!」

「謝んな馬鹿!」


 っ──!?


「良い加減にくたばりなさいな!」

「ぐっ、ふぅ──お前、はっ! お前がやりたいことをっ、強く信じれば良い、んだ!!」

「止めてこれ以上はっ! 夜兎が、やとがしんじゃう!!」

「こいつっ!」


 夜兎によるストレスが限界に達したのか、踏むのをやめ反対の足で蹴りあげるアケボノ。夜兎もとうとう我慢の限界に来ていたようで鮮血を撒き散らしながら吹き飛び、呆気なく地面にダイブした。


「あ、あぁ、あっっっっ!!」

「っ! 何なんだお前はっ!」


 死神に取り付かれる寸前の状態でなお夜兎が咆哮を上げる。死にかけの体を引きずる様と驚異的な執念にさしもの狂人も引いていた。


「みん、な真昼を信じてる、んだっ。だからお前はっ! お前を信──信じろぉっ!!」


 何で……そこまで。

 ボクは失敗したのに。


「こいつまだ邪魔をするかっ!」

「俺が好きな白雪真昼を、自分自身を信じろ──」

「夜兎!! 夜兎おおおおぉぉぉぉぉぉっっっっっっ!!」


 幼馴染みは最後に魂から出る言葉を叫ぶとサッカーボールのように蹴られ吹き飛び、建物らしき壁に打ち付けられた。そして今度こそ彼の熱は消えた。


「あぁ!? アアアアアアアアアアああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ────!!!!」


 叫ぶ。喉が擦りきれる感覚を持ちながらも兎に角叫んだ。

 自分の愚かさを吐き出すために。

 自分の弱さを抜くために。


 ボクは何をやっているんだ。もう止まれないと分かってたはずじゃないか。

 ボクのためだけじゃない──、

 ボクはみんなのためにも──、

 勝たなくちゃいけないんだ!!!!


「とうとう死にましたかな。意外にタフでしたが、それでも貧弱なことには変わり──ん?」


 腕で顔の涙と鼻水を払いながら立ち上がる。そして眼前の敵を全力で睨み付けた。


「随分と嫌われてしまったようで。しかし、再び目に輝きが戻られるとは中々どうして」

「ボクはもう迷わない。ボクの全てを使ってお前を倒す……!」

「……勝てるとでも?」

「何がなんでも勝つよ。だってそれしかボク達が生き残る道は無いから」


 言い切ってウィルフェースを握り込む。今までよりも遥かに強く、固く集中して。


 込めるのは男になりたいという思いだけじゃない。

 仲間を助けたいという意思と、ボクを助けてくれた皆の心を乗せるんだ!!

 ……うん、いくぞっ!


「ウィルフェース、リンクアップ!!」


 力強い雄叫びを上げ、真昼の体は光へと包まれた。

 その光は過去一番に輝きを放っていた。

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