大決戦! ボクは男だ!!!!【2-2】

「はぁ!? そんな案認められるわけないでしょ! 冗談は顔だけにしなさいよ!」


 キッチンから漂うかつお出汁の香りが充満するリビングで朝美は叫んだ。タテヤマとの決戦に備えるための作戦会議の割には随分と緊張感の無い環境だ。それ故後輩の激しい感情が余計に際立った。


「アンタ本当は敵じゃないの! じゃないと真昼先輩を盾にするなんて思い付くはずない!」

「ちょっとアサミ少し落ち着いて」

「これが落ち着いてられますか!? 真昼先輩の危機をみすみす見逃せません!」

「うるせーな。いいから最後まで聞けってんだよ。賛成反対はそれからだろーが」

「むぅ」


 ぬいぐるみに正論をぶつけられ不満な顔をしながら黙る朝美。怒りに囚われいても、理性が今は時間がないことを分かっているのだろう。


「兎に角、真昼には壁役をやって貰う。攻撃をする必要はない。タテヤマが霜月か朝美に攻撃を仕掛けたら間に入るだけで良い」

「防御はどうするの?」

「いらない」


 はっきり言われた。この発言には夕も思うところがあったようで会話に入ってきた。


「彼の安全はどうなる? あいつの一撃をまともに貰えばいくら変身していても命が危ういぞ」


 最もな意見。朝美の腕も簡単に折られているのだ。ウィルフェースの力があってもまともに食らえばイチコロだろう。


「あいつは真昼に危害は加えない。最初のうちは絶対に」

「……何故断言出来るの?」

「真昼を殺せば真昼の精力が無くなる。真昼からの恩恵を最大限受けてるタテヤマが真昼を殺すなんて馬鹿なことはしないさ」


 親友の一言により、タテヤマが言ったことを思い出す。


『そうです。貴方は私に力をくれました。ラウを追放され死にかけだった私に生きる糧をくれました。これを恩人と言わず何と呼びましょう! 本当にありがとうございました!』


 これは言葉を変えれば、ボクの力無しにはセソダでは生きていけないということだ。確かに生きる力を手放すことはしないだろう。


「でも殺すことは無くても、危害を加えないとは限らないじゃない!」


 朝美の言うことは最もだ。真昼が邪魔になれば戦えない程度のダメージを与えればいいだけのことだ。


「それは想定している。だから言ったろ。『最初のうちは絶対に』って。落ち着いてくれば真昼の動きを止めるぐらいは考えつくはずだ」

「ってことは、これはあんまり有効的な作戦じゃねーな」

「いや充分だ。敵が冷静さを取り戻す前に決着を付ける」


 きっぱりと夜兎が言う。

 あまりにも自信満々な態度に彼以外の全員が一瞬口を閉ざした。聞こえてくるのは鍋が沸騰する音と小宵のご機嫌な鼻歌だけだ。


「具体的にはどうするの?」


 仕事という面において一番夜兎と信頼関係のある夕が真っ先に言葉を紡ぐ。


「どんな手段でも良い。真昼と夕と朝美は出来るだけタテヤマの集中力を削ってくれ」

「倒してはいけないのか?」

「勿論倒せると判断出来たならやってくれて構わない」

「そこは最初の一振で判断しろという訳? 倒せない場合はどうするのよ」

「俺がアケボノを敵にぶつける」


 ここで初めて名前を呼ばれてテーブルの上に鎮座していた恐竜の背がピンと伸びる。


「俺?」

「あぁ。お前の精器を分解する力が本作戦の鍵だ。今のタテヤマの戦闘力が真昼の精器によるものだと仮定するなら、分離してしまえばこちらの勝ちだ」


 理屈は分かる。しかし実際のところはどうだろうか。


 頭の中に作った自分の幻想が唸り始めたのを機に真昼は言う。


「どうやってアケボノを接触させるの?」

「投擲する」


 ……はい?


「誰が?」

「俺しかいないだろ」

「流石に無理がない?」

「だからお前らが着弾地点で足止めするんだよ」


 そういうことじゃないんだけど!?


「アンタ正気?」

「まさかお前に正気度を確認される日が来るとは思ってもみなかったわ」

「は? 喧嘩売ってる?」

「ちょっと喧嘩は止めなってば!」


 無意味な争いが勃発仕掛けたところで真昼が立ち上がり静止する。

 朝美と夜兎も幼馴染みであることには変わりないが別段仲が良い訳では無い。むしろ間に真昼が居るから仕方なく関係を保っているだけで、基本は犬猿の仲である。


「で、本当に夜兎がやるの?」

「何度も言わせんなよ。俺がやる」


 疑いを持たれることを心外だと言わんばかりの表情で夜兎が言う。

 真昼は、朝美は知っている。夜兎が運動に関することはからっきし駄目なことを。だからこそ何度も聞いているのだ。


「アンタの肩で目標まで届くわけ?」

「精役使えば余裕だろ」

「ただ投げるだけならね。アンタが投げても大したスピード出ないでしょ。穏健派にメジャーリーガーとかいないわけ?」

「いたら俺が投げるなんて言わねーよ。それにこんな急で危険な作戦に仲間を巻き込めるかよ」

「つか俺が投げられるのは決定事項なのか……」


 勝手に話を進められ唖然とする恐竜を横目に紅髪の少女が口を開く。


「現実問題どうする? 夜兎の言う通りアケボノをぶつけるのは良いけど、ただ投げるのは賛成出来ない。当たる気がしない」

「そもそも投げるのが駄目なんじゃないかな。ボクや霜月さんの背中に掴まってて、隙を見て飛び出すのはどう?」

「貧弱なアケボノを前線に立たせるのは危険だと私は思う」

「こんなぬいぐるみじゃあねぇ。アンタ他に何か芸はないの?」


 つんつんと朝美が恐竜の尻尾をつつく。


「うっせー触んなこのチビ!」

「はぁ!? ぬいぐるみに身長のことで馬鹿にされたくないんですけどぉ!」


 また喧嘩が始まった。

 どうして朝美は男子と仲が悪いのか。いや今のはアケボノも悪いけどさ。


「地面に埋めておいてタテヤマを誘導するのは?」

「誘導は出来なくも無いだろうが接触面積が小さ過ぎて安定性に欠ける。そもそも足に触って上手く分離出来るかも怪しい。却下」

「誘導が可能なら前にやったみたいに追い込んで待ち伏せとかは?」

「あれは地形の念入りな調査があったからこそ実現したんだ。今回は時間が無い」

「そっかぁ……」


 隣で後輩と恐竜がギャーギャーと取っ組み合いをしている間、三人で知恵を巡らす。しかしながらこれといった良案は出なかった。


 こういう時は、だ。


「一旦前提に立ち返ろっか。アケボノの力は触れる箇所は何処でも良いのかな?」


 ここで争っていたぬいぐるみの顔が僅かにこちらに向く。いくら騒いでいても耳は傾けていたらしい。対戦相手の朝美も一旦攻撃の手を止めていた。


「……いや、そいつの中心の近くに触らないと駄目みてーだ。なんつーか精器から離れれば離れるほど手応えがなくなる」

「精器ってみんな体の中心に位置してるんだね」

「人なら個人差はあれ大体そうだな」

「と、いうことは前から触るか、もしくは背中からか」


 顎に右手を当て考える。

 アケボノが触れなければならない場所が限定されるとなると手段も絞られてくる。真上や真下からの奇襲は不都合だ。近距離戦も危険。となるとやはり。


「夜兎の言う通り投げるしか――」

「バズーカとか大砲なんかに込めて打ち出せばいいんじゃない、こんな奴」


 ──!?


 朝美の意地悪に遮られる。が、内容自体は意外と悪くないと真昼は思った。


「良いんじゃない、それ」


 すぐに賛成したものの夜兎が慌てて口を出す。


「いやいやいやバズーカなんてうちの組織にねぇよ」

「うんん、バズーカじゃなくて打ち出すって案。アケボノの体重なら弓とかボウガンでもいけるでしょ」

「確かに悪くはないけど、いくら冷静さを失っていようが自身への攻撃は反応するんじゃないかな? 相手も精役を使える以上、飛び道具はそこまで頼りにならない」


 と、夕。

 論破されてしまったが、真昼にはまだ考えがある。朝美から得たのは『打ち出す』という案よりも自由な発想の方だ。


「それならアケボノをこちらの世界からセソダにワープさせるのはどう?」


 真昼の提案に小さな間が訪れる。真昼を除く全員が可能性を計算しているようだった。


「……あり、だな」


 親友が真っ先に言葉を漏らす。


「出た案の中だと一番上手くいく可能性が高い気がするな。俺は良いと思う」

「世界間の移動であればアケボノの行動を悟られることもない。誘い込みさえすれば不意を突ける。私もイケると思う」

「誘導自体はアタシ達次第ですけど、三人もいれば何とかなるでしょう。ただお互いの行動を阻害しないよう最低限の打ち合わせは後でやりましょっか」

「俺も投げられたり放たれたりするよりかは全然賛成だな」


 全員の同意が取れ自然とテンションが上がる。自分の意見で成功への道が開く感覚は堪らなく嬉しかった。


「じゃあアケボノを転送する役目は俺がやるよ。アケボノ単体だと触れても足が限界だろ」

「アンタやけに前線に立とうとするけど何か理由でもあるわけ?」


 言われていれば今日の夜兎は執拗なまでに戦いに混ざろうとしている。その点に関しては真昼も不思議だった。


「俺も……」

「俺も?」


 言い淀む夜兎。

 真昼がはっきりとしない態度だなぁ、と感じ始めた時、ようやく夜兎の口が開いた。


「俺も真昼の力になりたいんだよ……悪いか」


 そっぽを向きながら喋る親友の健気さに思わず笑みが溢れる。


「な、何で笑うだよ真昼!」

「だってまさか夜兎のそんな表情が見れるとは思わなくて──ごめんて!」


 照れ隠しによるものか、立ち上がった親友に両手で髪をぐしゃぐしゃとされる。それを見て頬を膨らませた朝美も参戦してくる。


「夜兎ばっかりずるい! アタシも真昼先輩の髪触りたい!」

「ちょ、ちょっとアサミも!? ちょ、やめ。止めて」


 真昼の懇願も届かず、幼馴染み二人の魔の手が襲い続ける。


「すっかり良い雰囲気ね。霜月ちゃんは入らなくていいの?」


 キッチンから出てきた今宵が頬に手を当てながら言う。質問をぶつけられた夕はやや戸惑いを見せたものの、答えを体現しようと行動に移した。


「……凄くふわふわな髪。羨ましい」

「何で霜月さんまで!?」


 結局普段頭の上に乗ることも多いアケボノを除く全員に髪をくしゃくしゃにされ、打ち合わせは一旦閉幕した。穏やかな空気で終了したが、戦いに出向く全員の目には確かに確固たる意志が根付いていた。

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