大混乱! 真昼の精器は誰のもの!?【2】
「ウィルフェース、リンクアップ!」
真昼は高々に叫ぶと、親や友人の前でカニ怪人と戦った時の姿に変身した。
以前は戦いの真っ最中であり大して気にしてはいなかったが、平常時だと女児らしさがやたらと気に障った。一言で片づけてしまうならば非常に恥ずかしかった。
「真昼くん可愛い! 最高っ!」
「へー、似合ってんな。俺も良いと思うぜ」
真昼から数メートル離れた位置から母と夜兎が感想を漏らす。小宵はともかく親友までもが肯定的な意見を持つとは意外だったが、彼からしてみれば衣装に関しては他人事で片付けられることである。しかしながら、彼の語調からは適当さが感じられなかった。
怪人に襲われてから次の日。4人と一匹は穏健派が管理する空地へとやってきていた。訓練の為に用意された土地なのか周囲がコンクリートの壁に囲まれ、近隣住民から見えないようになっている。だがそもそも住宅街の角に存在するだけあって認知度は低く、どちらかといえば無垢な子供の侵入を防ぐ意味合いが強いのだろう。事実真昼も小宵も自宅から通える位置にあるに関わらず、存在を認識していなかった。
「男に可愛いって誉め言葉じゃないって」
「今の真昼くんは女の子だからセーフ!」
二日連続有給を取得し無敵の人となっている母が喋る。ちなみに真昼と夜兎、加えて夕の高校生組は病欠という名のサボりである。
「私も似合ってると思う」
「あはは……、ありがとうございます」
今度は高校の制服を身に纏った夕が褒めてきた。制服といっても真昼達の高校のものではなく、全く関係の無い他校の服である。どうやら仕事として活動する際は精役の力でころころ他校の制服を作り出しているようだった。多少アレンジを加えているようで、色合いは白と黒で統一しておりスカート丈も動きやすさを考慮してか短めだ。
「ところでウィルフェースってなんなの? ラウの変身アイテム?」
「ウィルフェースは強烈な『何かになりたい』という持ち主の想いに反応して、逆の方向に想いを叶える代償に力を授けてくれるアイテム、とは聞いていた」
「何でそんな煮え切らない言い方なの?」
間髪入れずに真昼が突っ込む。
摩訶不思議なアイテムを渡した張本人が機能を理解していないとは思ってもいなかったからだ。
「俺自身使用しているところを見たことないんだよ。ウィルフェース自体は謎の骨董品って扱いなんだが、奇跡を起こす代物って言い伝えがあってさ。ただ数自体はかなり出回ってるのにそんなこと起こらないもんだから、用途は専ら子供の玩具で、俺も半信半疑だったんだ」
「あらら。言ってた通り、本当にお守り程度にしか思ってなかったわけね」
「そりゃそうですよ。起こるかどうか分からない奇跡を当てして動くのは流石に馬鹿でしょ」
「まー実際奇跡は起こって、俺もこいつも助かってるわけだが」
その結果可愛さ満点の衣装を纏うことになるとは夢にも思わなかったわけだけど?
真昼は小さく嘆息すると、盛り上がりつつある会話から抜け、口数が少ない少女の方へと向いた。
「あの、訓練って具体的に何をするんです?」
今日は真昼の戦闘能力を上げるという名目で召集されたが内容までは聞かされていない。分かっているのは夕が指導することの一点のみだった。
「ひたすら精役の練習です。基礎体力作りもやっていきたいところですが、ある程度はそのウィルフェースとやらの力でカバー出来ることを考えると、精役のコントロール力を伸ばすのが得策でしょう」
「精役の練習……ですか。ところで霜月さん」
1日経ってすっかり痛みが消えた足を伸ばしながら真昼が言う。
「はい?」
「夜兎と雇用関係にあるからといって、ボクに敬語を使う必要はないですよ。ボクを助けてくれたときはもっと柔らかい口調でしたよね」
「キミも敬語を使ってますけど?」
思わぬブーメランが返ってくる。
それもそうだ。物を教わるとはいえ同学年である。必要以上にかしこまる必要性は無いだろう。
「じゃあ、お互いに少し緩くしましょう」
「……うん。ならそれで」
言って、彼女は空地の片隅に転がっていたドラム缶に目をやると、それを真昼の三メートルほど離れた位置にまで運んだ。そして手に付いた砂埃を払うと、真昼の正面に立ち両肩に優しく触れた。
っっ!?
「まずは目を閉じて肩の力を抜いて。最初は特に何も考えぬくていいから」
「あの、えっと! 霜月さん」
「いいから言われた通りにして。私を信じて」
そうは言われてもこっちは男なわけで、脱力しろといわれても無理がある。
それでも次から次へと沸き上がってくる邪念を振り払うために真昼は目を閉じた。夜兎から報酬を貰っているとはいえ技術を教えてくれているのだ。真剣に取り組まなければ失礼である。
だが、今の真昼は体は女の子であるものの心は男なのだ。男心を意識の外へ追い出そうとすればするほど邪な気持ちに囚われた。
「? 余計固くなってきてるけど、まいっか。心の中で思い描くのは光の玉」
近い。近過ぎる。それに良い匂いがする。何これ全く集中出来ない。
──あ、これ、ダメな奴だ。
「大事なのはイメージすること。初めは少しずつでいい。体の奥底に玉が埋まっていると思って想像してみて」
ボクの中にあった玉はもうないんだよなぁ──何て考えてる場合じゃない! 真面目に、真面目にやらないと!
「何となくでいいから質感や光り具合、俊敏さなんかも考えて。それがより力を強固にするから」
質感は柔らかそう。光ってなくて早さは凄く早いかも──って全く関係ない。
ちゃんと彼女の言うことに従っ──。
「キミ聞いてる?」
「うわぁ!?」
いきなり意識の壁を壊され、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまう真昼。そのあまりの間抜けっぷりに、話に花を咲かせていた三人もなんだなんだと寄ってきた。
「どうしたの真昼くん――って、なあにその浮いてるの」
驚いた拍子に尻もちをついていた真昼の眼前には空中で漂う二つの球体が存在していた。
夜兎の手を借りながら起き上がる真昼に対して、夕は興味津々に人差し指でそれに触れた。
「殺傷能力は無くボールのよう。今回は光ってもないし、それに何だか匂いもあるような」
「そうね、ゴムボールみたい。これは真昼くんが?」
「ええ。彼が精役の力で作り出したものです」
夕が教えた途端、小宵が怪しげな笑みを見せながら近付いてきた。そして真昼の耳元で囁き始める。
「ねぇねぇ真昼くん、あの子のこと好きなの?」
「な、な、な、何で!?」
「だってあの玉からあの子の匂いがしたもの。意識したんでしょ?」
「それは、その、否定しないけど。でも好きだなんて思ってないよ!」
「朝美ちゃんが聞いたら怒りそうね。ま、でも本人は気付いてないみたいだから安心して。意外と自分の匂いって分からないしね」
言いたいことだけ言って離れていく小宵。この時ばかりは母という存在が疎ましく感じた。
何でここでアサミが出てくるの……?
それにアサミはもうボクの傍にはいないのに。
「しかしこれじゃあ使いもんになんねーな」
「うんん、そうでもない」
夕は小宵とアケボノからボールを回収するや否や乱雑に放り投げた。
「今あの玉はドラム缶の後ろとあそこの壁の近くに転がってる。あれら二つを精役の力を使って動かしてみよう」
「光の弾じゃなくていいの?」
「冷静に考えると殺傷能力があるもので練習するのは危険でしょう。最初はこれでも十分効果があるはず。いやむしろ、より難しいかも」
「え?」
「さあ早くやりましょう。やることはさっきと同じ。とにかくイメージ」
説明を聞いて何故か夜兎が何度も頷いた。精役が得意ではない人間の反応では無いが、誰も突っ込まなかった。
親友のことは放っておいて、言われるがままに今度こそ集中する真昼。
イメージイメージイメージイメージイメージ!
想像しろ。あのボールが浮遊する姿を。
思い描け。蝶のように玉が飛ぶ姿を。
空想しろ。科学に縛られない世界を。
再び瞳を開けたときボールは空高く――、
「ピクリとも動いてないな」
飛ぶはずが全く変わりはなく、夕が投げた位置から移動していなかった。
「最初から上手くいく人間なんていない。出来るまでやろう」
慰めの言葉が飛んでくる。ただ頭では分かっていても少しばかりショックだった。
気を持ち直して再度トライする。しかし結果は同じ。三度目、四度目と続き試行回数が十を越えてもなんら変わりはなかった。
動かせる気がしない。
暗い気持ちに囚われかけたそんな時だった。
「あー、分かったわ。真昼は精力が上手く知覚出来てねーんだ」
「あっと、はい?」
精力って精役の力の源だっけ。それが何の関係が?
「……なるほど。教えるべきスタート地点が違ってた、か」
「どういうこと? まるで話についていけない」
「つまりこういうことだ」
恐竜が勢いよく跳ね、小宵の腕から真昼の小さな肩に飛び移る。
「今お前の精力を見えるようにした。どーだ? 何か変わったものは見えないか?」
「変わったものって、特に何も」
「もっとよく見ろ」
言われるがままに空き地を見渡してみる。所々欠けたコンクリートの外壁に力強く育ってしまった雑草の数々。入口の扉もドラム缶も特に異常見当たらない。
最後に自身が作り出した球体に目をやる。
「あ」
ボールが白く輝いている。光っているとはまた違うが、ただの玉としか見えなかったさっきとは大違いだ。
「玉が白いのが分かるか? あれはお前の精力で作り出したもんで精力で出来ているから白く見えるんだ。次は真昼の体の何処でもいいから見てみろ」
促されるままに腕に着目する。
「腕が、というよりも腕の中が白い」
「そう。キミの中にキミの精力が流れている証拠。精役の使用に慣れると精力の流れはあまり気にしないから失念してた。ごめんね」
「い、いえ。ええと、ここからどうすれば」
「それは簡単。腕から精力を飛ばす感じでボールに繋げてみれば良い。本当はそんなことしなくてもいけるはずだけど、今のキミには始めの一歩となる感覚を養うことが重要だと思う」
「分かりました。アケボノもありがとう」
「別に大したことじゃねーよ」
再び小宵の腕の中に戻ったぬいぐるみに小さな笑みを向け、十一回目に挑戦する。要領は夕が教えてくれた。アケボノのサポートもまだ残っている。後は実行に移すだけだ。
精神を統一し一呼吸置く。そして強い横風が真昼の頬をかすめた時、真昼は手首のスナップを利かして自らの精力を飛ばそうとした。
繋がれっ!
真昼の手から精力が飛び出る。そして気持ちが乗った白の奔流は、孤立した真昼のボールを飲み込んだ。
「やった!」
「集中力を切らさないで! そのままイメージを続けて!」
ガッツポーズ仕掛けたところに夕の忠告が飛ぶ。同時に、線が弛み接続が途切れかけた精力にも活が入ったかのように力を取り戻した。
片方はドラム缶の左から。もう片方は右側っ!
「当たれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
真昼の想いが届いたのか、二つの玉はドラム缶を挟み込む形で衝突。力なく地面を転がった後空気に溶けるように無に帰した。
「うん、お見事。よくやったね」
師匠の口から誉め言葉が漏れる。
小さな小さな笑みの前に、真昼は胸がじんわりと熱くなるのを感じた。
「真昼は俺より才能あるよ。ただ俺自身、下手なのを自覚してるとはいえちょっと傷付くなぁ」
「人には向き不向きがあるもの。夜兎君は精役が苦手だっただけの話じゃない」
「頭では分かってるんですがね。どうにも感情が」
やってられなさそうに頭を掻く夜兎を小宵が宥める。しかし夜兎も本気で言っているわけではないのか、話のトーンは沈んでいなかった。
「次は何をすればいい?」
「慌てないで。まずはこれを完璧に出来るまで何度もやろう。次のステップはそれが終わってから」
「はい!」
褒められたことでテンションが上がり、間を取らずに精役を行使する。一度目の感覚が残っているのか、二回目の試行は驚くほど簡単に成功した。
「やった! やったよ!」
満面の笑みで少女の方を向く。
彼女は真昼の笑顔に応えるように口角を上げた。
「本当に筋が良いね。続けてあと三回成功したら玉の強度を変えてみようか」
「はい! やってみます!」
「ねえねえ、霜月さん?」
真昼が継続して練習する傍ら母が夕に話しかける。
「この技に名前とかないの?」
「名前……ですか?」
「うん。だって一般人の私から見たら完全に魔法だもの。それに変身時の掛け声も変身後の衣装も魔法少女っぽいし、それなら必殺技にも名前が必要じゃないかなって」
「……仰る通りですね。音は潜在意識に強く働きかけます。精役はどこまでいってもイメージが大切なので、名前を付けることで想像しやすくなるなら付けるにこしたことはないでしょう」
「お前も得物や必殺技に恥ずかしい名前付けてるしな」
人が悪い笑みを浮かべながら夜兎が言う。瞬間、平然としていた夕の顔が形容しがたいほど赤く染まった。
「あれはっ! 中学生の自分が悪くて! 今の私は関係ないからっ!」
「そんなに酷いの?」
「だって剣の名前が『クリムゾンブリンガー』で、必殺技が『クリムゾンエンド』ですよ。いくら炎を使ってるからってそんな中二病じみた名前」
「うーん、無しよりの有りな感じかしら。私は好きだけど」
「中学生の時に付けた名前なのでっ! もうやだ……」
今までどちらかといえば感情の起伏が小さかった少女が顔を押さえながらへたり込む。余程触れてほしくないことなのか、顔のみならず耳まで真っ赤になっていた。
多分名前変更不可の制約とか付けてるんだろうなぁ。それにしても名前か。
ぼんやりと作り出した球体を見ながら考え込む。付けるなら語感が良い名前にしたいと思いながら、泣きそうになっている師匠の方に再び視線を移す。哀愁漂う背中から、心の底から後悔しているのが伝わってきた。
少なくとも馬鹿にされるような名前にはしまい、と真昼は強く胸に刻んだ。
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