さようなら! 惑う心と散り行く命!【3-1】

 私はラウ人とルニシ人のハーフである。正確に言えばラウ人の母とルニシ人の父との間に生まれた子供だ。

 精役に関連するものは全て母親の遺伝子を継承しているようだが、髪色以外の容姿や性格は父親の血が濃いようだった。そのおかげで再三母に「貴女は父親似」と弄られることになるのだが、幼い私は父親との繋がりがあることが嬉しかった。

 母と父の出会いは酷く単純だ。ルニシの調査で来ていた母が一目惚れ。親族から大反対され世界から出ていくことになっても、父と幸せな日々を過ごしたというのだから、我が母ながら行動力の高さは舌を巻くところがある。


 私が幼稚園児程の年齢に達したある日、父は死んだ。脳梗塞だったらしい。三十代そこそこの父の死は流石の母も堪えたそうだが、立ち直るのはとても早かったそうだ。

 これは一つの推測でしかないが、母は私のために悲しみを捨てたのだと思う。子供を一人で育てるというのはそれ程の覚悟が必要だと、実際に母の姿を見て感じたから。


 ある日幼稚園から帰ると母が突然精役の使い方を教えくれたことを覚えている。元々髪色を隠す術だけは習っていた。だが、その他のことを知ろうとすると、母はのらりくらりとかわしてきたのだ。新たな力に触れる嬉しさよりも、急に変わった母の態度への疑問の方が勝ったことを鮮明に記憶している。

 しかしそこは子供である。魔法とも奇跡とも言える事柄を前にすれば小さな猜疑心など砂のように吹き飛んでしまう。ちょろいものだ。


 小学三年生になった時、母が戦ってお金を稼いでいることを知った。穏健派と呼ばれる者達の指示に従い犯罪者を捕らえる。幼い私は警察官のようなヒーローだと思ったが、ことは全くと言っていいほど単純なものではなかった。

 犯罪者を捕まえるという行為の危険性に気が付いてなかったのだ。だが母は独身時代もそっち方面で生計を立てていたこともあり、余計に『お母さんなら大丈夫』と思ってしまった。


 中学校に進学すると、私の精役の腕もかなり上がっていた。プロである母とは比べ物にならないが、そこらのゴロツキよりかはよっぽど強いという自負を得ていた。

 目標は強い母を越えること。大好きなお母さんに対して出来る最高の親孝行だと勝手に思っていた。

 そんな時だった。母が亡くなったのは。仕事中の事故死だった。

 仕事の途中に思わぬ反撃に遭い頭を打ったのだ。即死ではなかったが、私が看取るまでは持たなかった。

 今際の際に母は私に『ありがとう』と宛てたらしい。頭の中がぐちゃぐちゃになり、人から聞いた言葉が一ミリも理解出来なくなっていた私には意味が分からなかった。


 母が死んだことによって私の日々は急に空虚となった。色鮮やかな毎日がモノクロへと変わり、生きていることがつまらなくなった。

 死にたいという感情すら沸かないほど退屈。悲しみは最初に流した涙によって全て抜け落ちていった。

 同世代の友達が持つ夢に魅力を感じるどころか陳腐とさえ思えた。私は嫌な人間になったのだと自分でも心底感じた。

 それから私は自身を、他人を、町を、国を、世界を、この世を否定した。別段特に行動を起こしたわけではないが、常に心の中で毒を吐いていた。

 しかし私は現実主義者だったらしい。母が残してくれた貯金がただただ減り行くのを見て焦ったのだ。このままでは生きていくことさえもままならないと。

 おかしな話である。生に執着を持てないなら死んでも良いはずなのだが、死を選ぶほどの勇気を持てなかったのだから。


 私は仕事をすることにした。内容は母と同じもの。穏健派の人間に無理を言ったのだが、私に出来ることはそれぐらいしかなかった。そう言えば夜兎と初めて会ったのもこの時だっただろうか。

 戦いは今の私には合っていた。どれだけ死の縁に立たされようが、相手から見逃すよう懇願されようが心が動くことは無かったのだから。

 最初のうちは上手く行かないこともあったが、数ヵ月も働けば順調の一言だった。


 それから数年経ち高校生になった。特に生活リズムは変わらなかったが、二年生になった頃一つだけ変わったことがあった。

 私に生徒が出来た。仕事で助けたのを機にボディーガード兼精役のコーチを頼まれたのだ。報酬額が普段の依頼よりも高額だったこともあり断る理由はなかったのだが、まさか先生として振る舞う日が来るとは思ってもみなかった。


 彼女は──いや彼は可愛かった。見た目もそうだが性格も柔らかく、私よりも遥かに女の子していた。一度男性の時の彼の写真を見せて貰ったが、今と何が違うのか全く分からなかったのを覚えている。複雑な気分だ。


 彼は精役に関するセンスはあまり良くなかった。一を教えて一が出来るかどうかだったが、高い熱意が才能をカバーしていた。手芸が趣味ということもあり、コツコツと努力することが染み付いていたのかもしれない。素直な性格と真面目なところもプラスに働いていた。


 彼はすぐに感謝を述べる。近くにいると『ありがとう』を沢山聞く。

 彼は良い人間だ。側にいるだけで胸が温かくなる。そして守ってあげたくなる。彼は守られることをあまり快く思ってなかったようだが、こちらはそれなりに楽しかった。


 私には友達がいない。何時死ぬか分からない人間が友を作るのは失礼だと思えたからだ。だからこそ周りの人間とはなるべく距離を取った。極力会話を避けたり、反応を少なくしたり、名前呼びをしなかったりと色々だ。

 だが、そんなことは私の勝手なエゴだったかもしれない。自分が作り出したルールで他者を排除し自身を縛っていただけで、何の意味も持たなかった。

 例外として夜兎とは付き合いは長い。だが友達ではないだろう。むしろ友達とは思いたくない。


 話が逸れてしまったが、私は彼のことを友達だと思っていたのだろうか。そうでなければあの日のことは説明がつかない。


 プールでの一件は我ながら自分らしくないと思っている。理不尽に突き放された悲しみよりも、それが他者によって計られたことだと知った時は怒りでどうにかなりそうだった。それまでの時間が楽しかっただけに余計に。


 彼と話せなくなるのは──いや、彼のこれからに携われなくなるのは正直心苦しい。だが、彼ならば大丈夫だろう。彼には前を向く力がある。私が消えてもきっと上手くやってくれるだろう。

 あぁ……でも──、


 もっと彼の側に居たかったな……。

 お母さんもこんな気分だったのかな。


 ねぇ、お母さん。

 私、人の役に立てたよ。

 誰かのために生きることが出来たよ。


 だからお母さん。


 そっちに行ったら褒めて欲しいな……。


 …………。


 ……。


 違う。


 違う違う。


 違う違う違う!


 今更自分の心に嘘つく必要なんてない。

 本当は怖い。私が無くなってしまうのが怖い。もっと色々やってみたかった。もっともっと楽しいことに触れてみたかった!


 生きたい。

 嫌だ、死にたくない!

 簡単に死を受け入れられるほど私は生を謳歌していない!

 私は生きていたい!

 生きたい!


 だから誰かお願い──、


 私を助けて……!

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