君は誰!? 揺れる二人の心【2-2】

「どうして二人きりにしたんですか?」


 流れるプールに入り数メートルほど進んだところで夜兎は尋ねた。彼もまた真昼と一緒にいたかった一人であり、探索の効率が酷く落ちるとはいえ二手に分かれるつもりは更々なかった。

 そもそもこのスパリゾートに真昼の精器を持つものがいるという情報を持っているが、細かいことは何一つとして分かっていない。ラウ人なのかルニシ人かはたまたネズミ等の小動物なのかでさえもだ。

 だから、と断言してしまってはなんだが今回は慰安目的だった。一刻も早く男に戻りたいという真昼の願望を理解はしていても、彼の気持ち以上に精神バランスが心配だったからだ。

 そのため真昼と離れるのは夜兎が考える趣旨からは離れてしまう。遊びであれば二人よりも四人の方が楽しいだろう。


「真昼くんが好きだから」


 なんのこっちゃ。


「真昼くんは霜月さんに恋してるの。本人はあまり気付いてないみたいだけど、とても気に掛けてる。息子の恋を応援するのは母親として変ではないでしょ?」

「意外ですね。小宵さんは真昼の恋愛は認めないものだと思ってました」

「それは心外だわ。私は真昼くんを愛しているからこそ何時だって真昼くんの味方でありたいし、真昼くんの意志を尊重したいの。まあ恋に関してはあまり首を突っ込みたくはないけれど、今回ぐらいは良いんじゃないかしら」


 あどけない満面の笑みを見せる小宵。照明の光が水面で反射していることも相まって、何時も以上に輝いて見えた。

 しかしながら、夜兎の心に響くことは無い。彼女が楽しそうにしている理由に心当たりがあったからだ。


「それに恋の行方を外野から見るのは楽しいしね」


 やっぱり。


 実子である真昼に比べれば夜兎が知る今宵の情報量など塵のようなものだ。だが五年以上の付き合いをしていれば、性格というものはある程度理解出来ていた。


「あんま真昼を玩具にしない方が良いですよ」


 両足を床から離し、手の動きだけで浮く。水の流れが強いおかげで泳がずともそこそこ速かった。


「玩具だなんてとんでもない。真昼くんは私の全てだもの」


 言葉だけなら良いように聞こえる。しかし、夜兎には行き過ぎた愛のような気がしてならなかった。

 ただ夜兎には親といえるような人物はいない。普通の親というのは自分が知らないだけでこういうものなのかもしれない、と遥か遠くの天井を見上げながら思った。


「真昼くんが嫌がることは絶対しないわ」

「小学生の時、女物の服ばかり薦めてたのは?」

「あれはだって真昼くんも嫌がってなかったし」

「中学生の時高頻度で豆乳のパックが食卓にあったのは?」

「豆乳は体に良いじゃない。健康的な生活に欠かせないわよ」


 頭が痛くなる回答の連続に反射的に目元を覆った。


 これ以上突っ込んでも時間を無駄にするだけだな……。

 しかし少し歪んでいるとはいえ、小宵さんの愛が今の真昼の一部分を作ったと思うと意外と間違えてなかったのかも。


 思わず笑みを浮かべる夜兎に小宵は怪訝な顔を浮かべた。だが特に言葉にすることはなく、彼女もまた水の流れるままにプカプカ浮いた。


「真昼のところに行かなくて良いんですか?」

「少しくらい二人の時間にさせてあげましょう。あまり首を突っ込むのも無粋だわ」

「そうっすか」


 そう思うのなら放っといた方が良い気がするが。やっぱ小宵さんは分かるようで良く分からないな。


「ところで夜兎君は……うんん。ごめんなさい、何でもないわ」

「はい?」


 くるりと身体を捻り地に足を付ける。だが、彼女の言おうとした言葉の続きは何一つ予想が付かなかった。


「どうしたんです?」

「若い人に構い過ぎるのは良くないなーって思って」

「ようやく気付きましたか」

「今日の夜兎君は少し辛辣ね」

「平常運転ですよ」

「それもそうね」


 テンポの良い会話が終わったのを機に夜兎はプールサイドへと上がった。小宵もまた浮かぶのを止めると、階段へと向かって歩いた。


「ねぇ、スパエリアに行かない?」

「良いですね」


 人妻の魅力的な提案に同意する夜兎。真昼がいないプールには既に興味も失せているところだった。

 先頭を歩く小宵に付いていくと、ふと楽しそうに遊ぶ親友の顔が浮かんだ。その隣で笑うとある少女の姿も。


 あぁ、なるほど。


 小宵が断ち切った話の続きが分かったような気がして、夜兎は小さく拳を握った。

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