エピローグ
「そっち行ったよアサミ!」
「任せて真昼先輩! 合わせて、夕!」
「了解!」
まだまだ拙い連携で標的を追い込む。今回の目標は戦闘力こそ大したことは無いが、念には念を入れて仲間全員で事に当たっていた。
タテヤマの戦いから一週間が経った。
前線に出ていた連中は奇跡的に全員命に別状は無く、今となってはピンピンとしている。特に朝美と夜兎の二人の回復力は目を見張るものがあり、精役の万能さも相まってつくづくラウ人の生命力と精役が起こす魔法に驚かされたものである。
「お疲れ様、まひる」
無事精器を回収し、瓦礫の上に座っていたところを夕に話し掛けられる。
タテヤマの事件以来、彼女は真昼のことを下の名前で呼んでくれるようになった。真昼にとっては嬉しいことに間違いはないのだが、何処となくこそばゆい気持ちもあった。
「霜月さんもお疲れ」
真昼が返す。
だが夕は真昼の言い方に不満があるようで、顔をしかめていた。
「……キミも私のことは名前で呼んでいいと言ってるだろう」
「あははは、ごめんね。何だか慣れなくて」
「私だって慣れていないのだから、それは卑怯じゃないか」
「えぇ!? そんなこと言われても」
「いいから先生の言うことを生徒は黙って聞くものだよ」
「そういうものなのかなぁ」
「いいから」
名前呼びするのは高い信頼の表れだと真昼は思っている。無論、夕を信じていない訳でも好意が無い訳でもないのだが、どうしても恥ずかしさが付いてまわった。
笑ってごまかそうと隣に座った少女を見る。彼女はジト目でこちらを見ており、とても逃げられそうにはなかった。
これをかわすのは無理そうだなぁ。
いや、ボクも男だ。男ならここまで言われて逃げるわけにはいかない!
「お疲れ様、ゆ、ゆ、夕さん……」
「ワンモア」
「ゆ、夕さん!」
「うん。ぎこちないが及第点だ」
どうやら許して貰えたらしい。その証拠に珍しく何時もより口角が上がっている。
「それでどうだろう。こ、この後。私とドーナツでも、食べに行かないか?」
頬を紅潮させながらたどたどしく夕が言う。普段見られない彼女の態度にハンマーで殴られたような激震が全身に走った。
可愛い。しかしそれ以上に考えてしまうことがある。
え、だってそれってまさか……デ――、
「あー、夕が抜け駆けしてるっ!!」
しかしながら、砂糖で出来たような甘ったるい雰囲気は後輩の大声によってぶち壊されてしまった。ついでに物理的に破壊しようと考えたのか、先輩に向かって体当たりまでしてきた。
「ちょ、アサミ何!?」
「ドーナツならアタシと行きましょう、真昼先輩! 良い店知ってますから!」
『ちょっと待て! 真昼は俺と予定があるんだがっ!? 女共はすっこんでろ』
「はぁ? アンタの予定なんかどうでもいいんですけどー?」
「えーと、ドーナツって何だ? 食べ物なら俺も行きて―んだが?」
和やかだった空気が急に喧騒に包まれる。安全な場所でサポートに徹していた夜兎の近くに小宵も居るようだ。「あらー、真昼くんモテモテね」という声が鼓膜を通して伝わってきたものの、あえて聞こえてない振りをした。
終わらない喧嘩に苦笑しながら、ふと真昼はセソダの空を見た。
前の日常には戻れない。未だに男には戻れていないし、面倒事の全てが解決したわけじゃない。それでも精器の回収は続けているし、アサミは霜月さ──夕さんの家に住むように言い聞かせたりと、少しずつ前進はしている。
両手を後方の地面に伸ばし、膨らんでしまった胸を張りながら真昼は心の中で思った。
男に戻りたいという希望は変わらない。しかし女の子になって得たものがあるのも事実だ。今度こそ、自分にとって大切なものは離さないしよう、と。
初めてしっかりと見る異世界の空は、何処までも広く何処までも深く、青かった。
精役少女 TSまひる! エプソン @AiLice
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます