第11話:イチャイチャ

「ああ、おどろかしてしまったね、エルサ、大きな音を立てしまってすまない。

 最近は馬鹿が増えたようでね、常識のない奴が礼儀知らずな事を言うのだよ。

 ああ、そんな言い訳はどうでもいいね、本当にすまない」


 私の顔を見た途端、怒りよりも私を驚かせた事の方が大きくなったのでしょう。

 この城の主ともあろう人が、オロオロとした態度で詫びてくれるのです。

 もう何度もあった事なので、従僕も侍女も驚かなくなりましたが、最初は驚きのあまり凍り付いていました。

 まあ、ルーカスの戦の実績と噂を知ってれば、心から尊敬する主君であると同時に、恐ろしい主君でもあったのでしょうからね。


「大丈夫でございますよ、旦那様。

 それよりも喉が渇いているのではありませんか?

 侍女がお茶を用意してくれていますから、飲まれてはいかがですか」


 このまま放っておくと、膝をついて謝罪しかねません。

 この城の主人であるルーカスにそんな真似はさせられませんから、先にテーブルに着くように誘導しなければいけません。

 私が余りにルーカスを意のままにしているように見られてしまうと、古参の家臣達が私の事を敵視しかねませんからね。


「ありがとう、エルサ、君が僕のために用意させてくれたのだね。

 喜んでも飲ませてもらうよ、本当にありがとう」


 ルーカスの後についてきていた従僕の一人が、流れるような動作でイスをひき、ルーカスも美しくでも威厳に満ちた動きで着席します。

 戦場往来の歴戦の戦士には、礼儀作法の苦手な方も多いのですが、ルーカスの所作は生まれ持った高位貴族にも負けません。

 いえ、甘やかされて育った王太子では足元にも及ばないほど洗練されています。


「美味しいな、今はこれくらいの温度のお茶が飲みたかったのだよ、ありがとう」


 毒見役の従僕の一人が、侍女が差し出したお茶を先に飲み、その後でルーカスが一気に飲み干して、お替りを頼むと同時に侍女を誉めます。

 こういう所が家臣達を結束させる一因なのでしょう。

 戦場でも同じように、将兵一人一人に声をかけていると聞きますから。


「いえ、私は奥方様の指示に従っただけでございます。

 旦那様をあんじられた奥方様が、温度や茶葉の種類まで選ばれたのでございます」


 これは、いけません、余計な事を言って、まだお昼まではありませんか!

 そんなルーカスを興奮させるような事を言ったら、このまま寝室に連れていかれてしまい、朝まで離してくれなくなります。

 まだ若い側近の一人が、わずかに表情を変えてしまっています。

 今日中に話し合いたい重大な案件があったのでしょうに。


「今とても大切な事を思いだした。

 エルサと二人きりで話し合わなければいけない。

 お前達は下がっていろ」

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