第13話:全権大使

 結局私は何も言わない事にしました。

 私はルーカスの正室ですから、もう他国となった国の民よりは、ルーカスが治める辺境の領民の事を一番に考えなければいけません。

 私のその決意は表情に出てしまっていたようで、ルーカスが満面の笑みを浮かべて抱擁してくれましたが、家臣達の前で恥ずかしいではありませんか!

 でも、まあ、それは建前で、本音は愛されている実感に、震えるほどの喜びを感じています。


 それから一カ月、ウィグル王国は王都に籠って防戦に徹しました。

 一国の首都の城壁ですから、そう簡単に破壊できるモノではありません。

 ルーカスが心配するほどの名将ニルスと言えども、そう簡単には突破できないのでしょうが、追い払う事もできないようです。

 普通なら遠方の貴族達が私兵を率いて背後を攻撃するのですが、本来ならその核となるルーカスを処分するという愚行を行っています。

 貴族達も危険を冒してまで援軍に駆けつける気にならないのでしょう。


「旦那様、ウィグル王国から使者が参られました」


 ウィグル王国の王都がヘリーズ王国軍に包囲されて一カ月半、ついにウィグル王国から使者がやってきました。

 どうせ援軍要請の使者でしょうが、ルーカスが納得するような条件を携えてきたのでしょうか?

 ここで非常識な条件を提示してしまったら、ルーカスも面目を潰されてしまって、助けたくても助けられなくなってしまいます。


「数々の非礼を重ねたウィグル王国に使者に謁見を許可していただいた事、心からお礼申し上げます、ルーカス卿。

 私がウィグル王国の正使ウィリアム、こちらが副使ルシアでございます」


 私は正直その場で大声をあげそうになるくらい驚きました。

 腰が抜けてもおかしくないくらいの驚きでした。

 ウィグル王国の全権大使といって平伏しているのは、第二王子のウィリアム殿下と、第一王女のルシア殿下なのです。

 相手は一国の王子と王女ですから、いくら国家存亡の危機とはいえ、元家臣で独立領主のルーカスに平伏する事はないのです。


「ご使者ご苦労に存ずる、ここでは内密の話ができないから、別の部屋で話したいが、よろしいかな?」


 恐らくですが、ウィリアム殿下とルシア殿下は、自分達が王子王女だとは名乗らなかったのでしょう。

 たまたまルーカスの家臣にウィリアム殿下とルシア殿下に顔を知っている者がいなかったので、このような非礼な状況になったのでしょう。

 この非礼を足掛かりに、できるだけ有利な条件で援軍を引き出そうという事なのでしょうか、それとももっと重大な何かがあるのでしょうか?

 ルーカスの表情は普段と変わりませんが、私には分かります、とんでもない事が起こっているのだと。

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