第10話:正室
私はルーカスの正妻として辺境の地に迎えられました。
王都からルーカスの城まで馬車で二十日かかりましたが、それは私のためにゆっくりと走ってくれたからです。
馬を駆けさせるならもっと早く着くことができるそうですが、私には正確な日数が分かりません。
「奥方様、お茶でございます」
一人奥で待つ私のために、常に侍女が世話をしてくれます。
辺境に戻って五十日、ルーカスはウィグル王国の問題でとても忙しく、夜にしか奥に戻れないのです。
全ては愚かなマルティンと尻軽マリアの責任です。
国王が二人を断罪して、ルーカスを侯爵にでも陞爵して再臣従してもらえば、全ては丸く収まると思うのですが、馬鹿な子ほどかわいいようで……
「奥方様、旦那様がお戻りになられます」
従僕の一人が急な知らせを届けるために慌てて駆けてきました。
ルーカスが使者の言葉に怒って会見を中止したのでしょう。
最近はそういう事が増えていますが、それは私の所為でもあります……
「直ぐに旦那様のお茶の用意をしてください。
心を落ち着ける茶葉を選んでくださいね。
ミルクと甘味は貴女にお任せします」
私は直ぐに侍女にお茶の用意を命じましたが、温度までは指定しませんでした。
手慣れた侍女ですから、最初は一気に飲める低温で出してくれるでしょう。
いくつかある心を落ち着ける茶葉のなかでも、低温で抽出できる茶葉を選んでくれると信じています。
バーン!
普通なら扉の開閉は侍女や従僕に任せるのですが、怒りのあまり先頭を歩いているルーカス自身が、大音がするくらいの勢いで開けて入ってきました。
ここまで怒るルーカスも珍しいですから、どうやら他国の使者は私の事でルーカスを怒らせたのでしょうね……
「もうあの国の使者とは会わん!
絶縁状を叩きつけておけ!
文面はお前に任す、何なら宣戦布告でも構わんぞ!」
どうやら、今度の使者もルーカスに縁談を持ちかけてきたようです。
しかも、王女か大公息女、あるいは公爵令嬢かもしれませんが、その女性を正室にして、私を側室に落とすか離婚するように提案してきたのでしょうね。
まあ、後から嫁ぐとはいえ、相手のが王女や大公息女なら、先妻の格を落とすのはよくある話です。
王侯貴族は政略結婚ですから、後妻をもらうというのは、前の政略結婚が破綻したという事です。
そもそも家出してきた私には何の後ろ盾もありません。
それに実家のフロリダ公爵家は確実に罰を受けることになります。
あれほどの問題を起こしたのですから、よくて公爵家から伯爵家への降爵、悪くすれば爵位を取り上げられる奪爵でしょうね。
ここは私から格下げを願うべきなのでしょうか?
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