第20話 そして姫騎士は宇宙に還る
私はレイラ・モルヴァリッド・オルドゥーズ。
オルドゥーズ
第3王女という肩書は3人目の王女という意味ではない。王子、王女含めて王位に着く順が3番目ということを表している。オルドゥーズに男女の区分はない。
私は
種としての限界を迎えていた旧人類が生み出した最後の希望。それが私たち
奇跡の結晶のように閉じたパーフェクトワールド。私は宝石にも似た美しいオルドゥーズが好きだった。8128人の
だからこの完全世界を壊そうとする破門候が許せなかった。第6代星王がジャヒンを破門したのは当然だ。美しく輝く円環を蝕む黒い悪魔。
摂政家のジャヒン・ギル・ジャハン。彼は、オルドゥーズは活力を失いいずれ腐って滅びると吹聴し、公然と星王家に、いや、完全世界全てに反旗を翻したのだ。
永遠に同じメンバーと同じ日々を繰り返す世界に進歩はない。
新たな地平に人が進むためには、人自身が代謝しなければならぬ。
人は死に新たな世代を生み社会を受け渡さねばならぬ。
そんな主張を繰り返す破門候に、オルドゥーズの人々は、王位につけない摂政の狂気、反逆だと断罪した。
破門候は星王に対し正面から武力蜂起した。
人が死なないオルドゥーズに、人の死を復活させるために。
私はかつての大戦終結以降、封印保存されていた
だが、私は知った。
確かに、完全無欠な世界にはもはや進歩も革新もない。
人類にはオルドゥーズとは別の可能性があるのではないか。
それは、地球人の観察から得られた新たな知見だ。
地球人は稚拙で不合理で非効率だが、面白い。昨日と違う今日、今日と違う明日を生きる。そんなダイナミックな世界が、活気溢れる人々が、ここにあった。
私は、この世界の先にあるものがどうしても見たくなったのだ。
私はオルドゥーズを愛しているが、オルドゥーズのありようが本当に人類の究極の答えなのかはわからなくなった。
あの戦いの中で、破門候は私たちに短命種に会わせようと画策したのかもしれない。
私にしろ、ナズィ・ニルファールにしろ、短命種文明との遭遇が出来過ぎている。
破門候はエクスアーカディアと地球の座標をあらかじめ知っていた。
オルドゥーズの禁忌である超光速航法。
もしかすれば、破門候もいつか禁忌を破って短命種に出会い、私と同じ感銘を受けたのかもしれない。
そう、今なら破門候の気持ちが少しわかる。
だが、仮にそうであったとしても、なすべきはオルドゥーズの破壊ではなく、地球のような若い星の進化を後押しすることではないのだろうか。
あるいは、オルドゥーズで彼が暴れたのは王家から私のような考えの者を選りだすためかもしれない。
そうだとすると、だまされたのはやはり私だったということになる。
今の私には、破門候の真意はわからない。
ただ、明らかなことは、私が短命種の男性を愛したことだ。
この気持ちに嘘はない。
この気持ちは貴重だ。
なぜなら、オルドゥーズ人の間に恋愛感情というものは生まれない。
だが私は、恋を知った。
私は低体温状態で新陳代謝を極限まで遅くしていた80年間、眠っていたわけではない。脳内通信でこの星をずっと見ていた。
最初はイと同じように愚劣で蒙昧な原始人だと感じた。
だが、60億もの人間が狭い星に住み、争い、寿命を待たず死んでいく者が圧倒的に多いにもかかわらず、したたかに生き、社会を変えていく活力にいつしか興味を持ち始めた。
ヴァンダー・ドライバー適合者の美智子を知ったときには本当に驚いた。すぐに会いたいと思った。
けれど、地球人はわずか7、8年で適合性を失うという虚弱な人類だった。
あまりのはかなさにむなしく思えたほどだ。同時にこんなわずかの時間しか生きていられない人類が、なぜこんなに精力的に生きているのか疑問に思えた。
けれど、地球には、男女がまぐわい子を成す、親の形質を子に伝える、親が子を育み、技術や知識を受け継がせるという戦略があった。オルドゥーズでは旧人類と共に捨てた古き生存戦略だ。
そして、得心した。
わずかな時間しか生きられないからこそ精力的になるのだと。
いずれ死ぬ。だから愛し合い、子を成し、次世代にバトンを繋ぐのだと。
私は地球人に興味を覚え、そして意識してしまった。
最強の適合者美智子の子、『滝本航平』という存在を。
航平。
あなたを意識してはじめて、雄と雌、男と女がこの宇宙に普遍的に存在している意味が分かった。
そして、永嶺学園で航平に
◇◇◇◇
レイラの思考や知識がオレの中に流れ込んできた。包み隠さずに。
オレの気持ちもレイラに伝わる。
数千数万年の寿命を持つものと、百年足らずの寿命を持つものとの大きくて、けれどわずかなすれ違い。
オルドゥーズは科学技術の進歩により人が歳もとらず死なない世界となり、新たな人は政治中枢の王家を除き産まれることがなくなった。
その王家すら、今は新しい人は生まれていない。
しかもそれは男女の性的な営みではなく、遺伝子データをシミュレートし掛け合わせ、バイオテクノロジーにより設計調整して造られる。
オルドゥーズの
レイラは、地球でオルドゥーズとはまったく正反対の非効率的な世界を見た。人々は様々な事情で争いながら死んでいく。
飢餓や戦火で生まれて数年も経たずに死んでいく大勢の子ども達。
比較的安定した社会でも経済的な理由で破滅的な選択をするもの。
宗教という非科学的な思想に命を捧げるもの。
もっと刹那的な暴力に身を委ねるもの。
そんな争いから身が離れていたとしても、そもそも百年足らずで死を迎える。
だが、そこには活気があった。
限られた命だから、今出来ることをやり遂げる意志に溢れていた。
人が人として生きること。
その答えが、ここにはあるように思えた。
地球人は儚い。けれど、だからこそ輝いている。
そしてレイラははじめていとおしいものを知った。
だから、オレとともに生きることを望んだ。
そういうことか。
そういうことよ。
レイラの世界は確かに遠い。でもレイラにとってもオレの世界は遠かったんだ。
そしてレイラはオレの世界とオレを、愛した。
オレとレイラ。
オレたちの気持ちが繋がった。
◇◇◇◇
その後の物語はこんなところだ。
ナズィ・ニルファールが旅だった後、UCはOTを予定通り緩やかに全世界に開放。反UC勢力を切り崩しUCに同調する国家を徐々に増やしていった。
武力衝突は初期はイ・ドゥガンが、後に全世界から回収し作り上げた
アンダーガールズはレイラと航平が高校を卒業すると、半年に一人ずつのペースで新人に交代、他の任務に旅立っていった。UC本部は世界を相手に多忙を極めつつあった。優秀な人材をいつまでもロテルに置いていくわけにはいかなかったのだ。最後までロテルに残っていたソフィアが突如日本人の男性と電撃結婚し、この時アンダーガールズが全員戻ってきて同窓会のようになるという
航平は永嶺学園高校を卒業した後、
表向き永嶺学園の評議員となり、あいかわらず高校とロテルを往復する日々だった。
政人は会社を辞め、UCに正式採用、ロテルの経理兼資材管理担当となった。ドロイドやロボメイドのボスである。
ロテル地下には道場が造られ、美智子、航平、レイラがUCの新人たちに稽古をつけた。
大峰と伊藤は大学卒業後結婚した。大峰はレイラの存在もさることながら、本人の航平への想いが憑き物が落ちたかのように薄れてしまったのだ。そして伊藤の猛アタックに負けたということもある。
「たとえ爆発が目の前で起きても俺が美幸を護る!」という謎の口説き文句だった。
OTの不老不死は受精卵の状態から調整が必要であることがわかり、永遠に封印された。
不老不死化した新人類と現人類の間で大きな対立が起こることは明白だったからだ。
UC内ではレイラの意見が重く評価された。
航平のヴァンダードライバーとしての任務は、
その後は永嶺学園高校の経営が本業になった。永嶺英一郎の推薦で、40歳以降は理事を務めた。案外経営手腕があり、学園をよく支えた。一時、英一郎の娘で後に理事長となる
レイラと航平は籍は入れずじまいだったが、仲睦まじい夫婦として暮らした。
だが、いろいろ試してみたが、ついに子を儲けることは出来なかった。
このことを知ったとき、航平がずっと引きずっていたモヤモヤが晴れるのをレイラは感じた。
後に、子を成す行為を試してみた時、それがレイラのはじめてであったことを知った航平がおかしなテンションになっていたのも感じた。
いずれも不快ではなかった。
年月が流れ、航平は老い、レイラも同じ時間を生きて、同様に老いていった。
いつの間にか世界から紛争が少なくなっていき、飢餓が消えていった。
そして百年余りが経った。
国際連合に代わる
OCのもと、各国は利害を調整し共存共栄を進めていくこととなった。
OCの象徴である軌道エレベーターが、インド洋の赤道上の人工島を地上側の起点としてついに開港した。
人工島のすぐそばに、かつてフランス領オルドゥーズ都市国家と呼ばれた島があった。
その地下には半世紀前までUC本部があったが、人工島にOC本部として丸ごと移転。今ではこの島は軌道エレベーターを目玉とする一大保養・観光地になっていた。リゾートホテルや有名人の別荘も多数建てられていた。
島のとある丘の上に、日本式のお墓が二つ並んでいた。
『伊庭家先祖代々之墓』
『瀧本家先祖代々之墓』
永嶺学園の理事を65歳で辞し、やがて傘寿を迎える頃、航平はこの島に移り住んだのだ。
航平がこの島に来た時、妻はいなかった。耄碌しているのか航平の話は要領を得なかったが、どうやら死別したらしかった。子も姿を見せず、老父を島送りにしたのではないかなどと噂されたが、その代わり幼い孫娘が一人ついていた。
美しく長い銀色の髪を持ち、顔立ちが恐ろしいほど整った5歳くらいの美少女だった。痴呆が始まり、ろれつが回らず、体もあちこち不自由になった航平を幼いながらしっかりと支えた。
坂の多い街中で車椅子をけなげに押す姿がよく見掛けられた。儚げな外見に比べ、意外と体力があるし、頭も回る。
いつの間にか幼い美少女は街中のアイドルになっていた。
政人や美智子はもちろん、友人や知人たちもこの世を去っていった航平にとって、唯一の拠り所は自分がいなくなった後の世界を見続ける者、すなわち子や孫の存在だ。
故に、妻として共に年齢を重ねたレイラは消えた。代わって孫となり老い先短い航平に尽くしたのだ。
それは航平の最後の幸せだったのだろう。
航平は88歳、老衰で亡くなった。笑うように穏やかな死に顔だった。
軌道エレベータ―の開港式典が盛大に行われている喧騒が聞こえる中、二つのお墓の前で手を合わせる少女がいた。
少女はゆっくり立ち上がり、空に向かって叫んだ。
「来い! イ・ドゥガン!」
少女は航平の三十三回忌を務め終わったレイラだった。
かつて地球に落ちた頃同様の高校生ぐらいの外見に戻っていた。
唯一違うのは、髪が銀色であることだった。
ジャンプして『竜騎士』イ・ドゥガンのコクピット前席に収まる。後席には既に黒髪の少女がいた。目を閉じているが、こちらも美少女だ。長い黒髪をポニーテールにしている。
手に使い込まれた木刀を持っていた。柄に『虎』の文字が書かれている。
レイラの着座と同時に少女の目が開く。
2、3度またたき、レイラを見て笑顔を浮かべた。懐かしい人に会った、という表情だ。
「ようやくこの時が来たのね、レイラちゃん。若返ったわね」
「お母さま、ご無沙汰してます。半世紀ぶりですね」
「あらまあ、そんなに時間が経ったのね。眠ってたのは少しの間のように思えたけど。その髪は?」
「航平と一緒に老化した時に、色素が抜けました。航平との思い出なので、そのままにしています」
「……そっか、航平、もういないのか」
「はい、お約束のとおり三十三回忌を済ませました。準備はいいですか」
「いつでも大丈夫よ。ようやく、あたしがヴァンダー・ドライバーになるのね」
「うふふ。そしてその体は永遠に17歳をキープ出来ます。ずっとドライバーでいられますよ」
そう、黒髪の少女は美智子である。それも、
美智子の遺伝子を調整して作り出した
なぜって?
イがあまりにもったいないと言ったからだ。適合率200パーセント。宇宙中探しても二度と見つかることはないだろう。
短命種の一人をもったいないと感じる。イも今では随分とレイラの思考に染まっていた。
「ありがとう、レイラちゃん。一つだけ教えて。航平は、この役を代わりたいとは言わなかったの?」
「ええ。航平は人生を全うしました。何の心残りもなく」
美智子が死んだ時に航平に確認した。航平は人生は一度きりだからいいんだと言い切った。その代わり、死ぬまで全力で生きると。だからずっと一緒にいてくれと。
「わかったわ。でもあたしはまだまだ楽しんじゃうわよ! まーくんと航平の分もね!」
「さすがはお母さまです。うふふ」
レイラと美智子を乗せたイ・ヴァンダーは、宇宙を駆けオルドゥーズへと還って行った。
破門候とレイラたちの戦いはどうなったのか、あるいは分かり合えたのか。
それは……。
************
『地球に落ちてきた姫騎士』 ―完―
地球に落ちてきた姫騎士(限界突破バージョン) さぐさぐ2020 @sagusagu2020
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