第2話 オレは姫騎士と勝負する

 休み時間はもの凄いことになった。


 人が集まりすぎて、オレは自分の席から追い出された。

 違うクラスや学年からもレイラをひと目見ようと押し寄せてきた。

 もうめちゃくちゃだ。


 レイラの周囲を固めたのはクラスの女子たちだった。その後ろに別クラスの女子、別学年の女子、そして有象無象の男子たちの順で取り巻いている。


 女子たちがやれ好きな食べ物だのブランドだのと質問を続けている。個人情報保護法違反じゃね?


 スマホのアドレス交換を最初に願いでたのは大峰だったが、レイラは持っていなかった。


 やっぱり王族はそうなのね、となにがやっぱりなのか全くわからないが納得していた。


 次に始まったのは一緒に自撮り大会だ。


 せーの。

 カシャ。


 2人、あるいはグループでレイラと写真を撮る。

 完璧な美貌で王女様という肩書ながら、レイラはお高く留まることもなく、というか逆に付き合いがとても良く人懐こかった。そしてコミュニケーション能力がむっちゃ高い。


 それが休み時間ごとに続く。


 いつまで聞くんかいアンド撮るんかい! とツッコミ入れたくなるほどだった。


 男子は、といえばあまりのレイラの美貌に気後れして、プラス女子軍団のパワーに圧倒されて、周囲でおろおろしているだけだった。


 情けない。

 ってオレもなんだけどね。


 席にも着けず休み時間は廊下からその様子を眺める始末。もちろん伊藤も。


 なんだかなー。


 まあその分授業中は天国だけどね。うへへ。いい匂いがふわりとね。そしてちらと横を向けば、至高の美貌がそこにある。


 お昼休みがまた凄かった。


 ウチの高校には学食があって、殆どの生徒がそこで食べる。

 学食に現れたレイラを見て、唖然とする者多数。

 休み時間だけじゃレイラを実際に見られたのは一握りだからな。しかも女子の壁に阻まれていたし。


 って、今も女子がぞろぞろ着いてきてるんだけど、教室に比べて学食は広いからレイラの姿が皆から見える。


 掃き溜めに鶴。

 いや、公園の鳩に天使レベル?


 とオレがモブ女子に失礼な感想を心に思い描いている間に、レイラは本日のA定食『焼き鯖と茄子のおひたし』を選んだ。


 めちゃ純和風で庶民な食事だ。大丈夫なの? と誰しもが思ったが、席に座ると上手に箸を使って小骨を除きながら食べ始める。


 ホテルでランチをいただくような上品さすら感じさせた。ただのA定食なのに。


 周りの女子軍団、見習えよ。

 お前らネイティブジャパニーズだろ。


 一方、猛烈な勢いでお昼を食べてる一団がいた。

 と思ったらさっさと出て行ってまた帰ってきた。

 クラブのユニフォームに着替えてレイラの周囲に集まる。


 勧誘だ。すばやい。


「高校といえば野球と相場は決まっている! 女子マネ大々募集中だよ!」


「ふっ。ラグビーに勝るものなし! ガッツでスクラムだ!」


「泣きたい時はコートで泣け! テニスで美しい汗を流してみよう」


「柔道は日本の伝統文化。日本を学ぶならまず柔道! 寝技もあるでよ」


「その身長はバスケットのためにある。ぜひマンツーマンディフェンスを」


「ボールは友達!」


「真実はいつもトラックにあり! 陸上部で共に風になろうじゃないか!」


「ちょっとぉ男子、なんでレイラが運動部なのよ。日本文化といえば華道部に決まってるわ」


「それは書道部として聞き捨てなりませんわ」


「美術部のモデルに……」


「いやいや写真部のモデルに……」


「いやいやいや漫研でコスプレを……」


「オタクタヒネ」


「伝統ある神事は弓道部で!」


「痴漢除けに合気道部!」


「いえいえやっぱり吹奏楽部!」


 レイラはニッコリ微笑んだ。


「この学校には、剣道部はありませんの?」


 ある。

 オレの部だ。


 でも部員がオレだけだ。

 ってか、ほぼ帰宅部である。


 先輩たちがいた頃にはもう少しまともな活動をしてたんだが、だんだん部員が減って名前だけの部に成り果てた。


 あれ、なんかみんなオレを見てる。

 なんかすごいジト目で見てる。

 えっ、オレ、なんかピンチっぽくね?



◇◇◇◇


 放課後になった。


 体育館はすごい人だかりになっていた。


 剣道着をつけ竹刀を下げた人間が二人。


 一人はオレ。

 もう一人はレイラ。食堂で試合を申し込んできたのはレイラだ。


 面、胴、小手、垂の防具を着用している。


 レイラは最初、自分は防具はいらない。航平は着けてほしいと言ったが、そうはいかん。


 これでもオレは有段者なのだ。

 それに安全面を軽視して万一事故になったら学校に迷惑がかかる。


 レイラにそう言うと、素直に着けてくれた。


 防具を付けてもらわないと、胸元が気になって試合にならないということはあえて言わなかった。

 いやもう、隣の準備室で防具をつけていない状態のレイラを見たのはオレだけだが、それはそれはもの凄いものだった。男物の剣道着なのに、合わせが完全には閉じず、ふくらみの谷間の半分ぐらいまで見えていた。


 こんな姿で道場に出すわけにはいかない。

 男子共の今夜のオカズにされるだけだ。


 セクハラ、ダメ、ゼッタイ!


 というわけで、フル装備のオレとレイラが体育館にいるのだ。食堂でのやり取りはあっという間に生徒の間に広まり、この人だかりというわけだ。


 ちなみに休部状態の剣道部に顧問の先生はいない。でもなぜか体育館の使用許可はあっさり下りた。先生たちは見に来ていない。不思議だが、面倒がないのはいいことだ。


 先輩のお古の、ろくに手入れもしていない剣道着と防具だが、レイラが着るとなぜか? 研ぎ澄まされた剣士然として見えた。


 なんで剣道部? と思ったが、これは大したもんだ。

 でも剣士というよりレイラの所作はなんとなく西洋の騎士の雰囲気があるな。王女様だから姫騎士になるのか?


 姫騎士レイラ。

 それはそれでいいな、異世界ファンタジーぽくって。じわじわ追い詰めてくっころとか言わせてみたいぞ。げへへ。


 おっと脱線。


 審判は大峰だ。大峰の方から申し出てきた。

 コイツ、割りとぐいぐい来るな。


 まあしかし、ほかに部員もいないし、テンタに頼むのも煩わしかったので助かった。

 実は大峰は、私立の幼稚園時代からの幼馴染で、小学校の頃うちの道場に通っていた時期がある。段を取る前に道場が閉まり、それっきり剣道から遠ざかったはずだが、ずぶの素人ではない。


 大峰が礼を促した。

 初対戦なので、最初の1本は勝負にカウントしない。練習だ。


 オレとレイラはお辞儀をして蹲踞そんきょの姿勢をとった。


「はじめ!」


 オレは立ち上がり竹刀を構えたが、レイラは蹲踞の姿勢のまま竹刀をやや下げた。


 はじめ、日本式のルール知らないの? と思ったが、ピンと張り詰めた気を感じた。

 レイラの周囲に結界が出来ていた。


 こりゃ凄い。

 やっぱじゃないわ。

 しゃがんだままなのに、迂闊に踏み込むとやられる。


 オレはレイラの周囲をすり足で移動し、左に寄った。


 レイラは右利きだ。昼休みの食事の時に確認しているから間違いない。

 速度が乗るのは竹刀を右に振り切った時だ。


 この位置からなら結界に踏み込んでもオレの打突のほうが早い。

 オレはイメージ通りの位置に到着すると、間髪入れず突きを放った。


 狙いは胴だ。オレの得意とする高速打突でも胴なら怪我させることはあるまいという考えだった。


 瞬間、レイラが抜刀した。

 いや竹刀だから抜刀はおかしいが、まさにそれは抜刀術だった。


 電光石火の業。


 右小手にビシリと決められ、オレは無様にも竹刀を取り落としてしまった。


 なんだこれ。

 なんだ今の。


 あんなスピードで、しかもしゃがんだ姿勢のまま竹刀を振れるものなのか?


「1本!」


 おーっという歓声がギャラリーから巻き起こる。


「でもレイラ選手、しゃがんだままでの勝負は礼儀に反します。次はちゃんと立って戦うように」

「ああ、そうでしたね。ちょっと試してみたかったので。次は立って戦います」


 大峰の注意をサラッと受け流すレイラ。


 なんだよ試すって。


 2本目。

 オレは今度はレイラを誘って返す作戦に出たが、あっさり面を取られてしまった。

 速い。速すぎて返し技を出す隙がない。


 3本目。

 もう後がない。

 あの速度への対応は難しい。相打ちを狙うしかない。肉を切らせて骨を断つ作戦。

 オレは引きを作りつつカウンターをあてるタイミングを待った。


 来た! レイラが小手を打ち込んでくる。それをあえて受け下から払いつつ相小手を狙った。


 ほう、というレイラの表情が面越しに見えた。


 勝った!


 と思った瞬間、上に払ったはずのレイラの竹刀が横なぐりにオレの胴を打った。


 ありえん。


 電光石火どころじゃない。もはや瞬間移動だ。ワープだ。空間歪曲だ。

 そのくらいの神速の剣技だった。


 防具の上からにもかかわらず、オレの胴はしびれ、がっくり膝をついてしまった。


「3本! レイラ選手、勝利! それまで!」


 一段と歓声が高まる。


 レイラが面を取り、オレに手を差し出した。

 どうにもしびれてしまったオレはレイラに引き起こされるように立ち上がった。


 完敗だ。


「最後の相小手はなかなかよかった。私もちょっと本気出しちゃった」


 レイラがてへというように少し舌を出して微笑んだ。

 天使の笑顔とはこのことか。


 負けて悔しいとかカッコ悪いとか、その瞬間どうでも良くなった。

 手を握るな~! ボケー! とかいう声が聞こえた。


 阿呆、小手越しに手を握っても何も感じねえよ。


 でもせっかくだから、試合後の礼までしばらく手を繋いだままにしてやった。


 大峰がぷりぷりして引き剥がしに来るまで、な。


 この時、レイラが敬語を使っていないことに気がついたのは誰もいなかった。オレすらも。



◇◇◇◇


 制服に着替えて体育館を出ると、大峰と伊藤が待っていた。


 レイラの姿を探したが、聞いてもいないのに「先に帰ったわよー」と大峰が教えてくれた。


 なんでも、校門の外に大きな黒塗りの車と、全身黒ずくめのスーツにサングラスという、いかにもガードウーマンなおねえさんたち4人が待機していたらしい。


 レイラを車に乗せると即座に走り去ったとか。


 ああ、それで取り巻きの生徒ももういなくなってるのね。


 にしても、レイラ、着替え早やっ!

 オレも胴着を脱ぐのは慣れたもんなので、そんなに時間かかってないのに……。


「航平、お前相手がカワイ子ちゃんだと思って舐めただろ。それとも見とれてぼーっとしてたのか?」


 と、伊藤がからかう。カワイ子ちゃんって、伊藤、お前昭和か。


「いや、それはない、ない……。レイラは本当に強かった。あんな凄いのに出会ったのは久々だ」


「でも一本も取れないとはなー。1年の時に3年を15人抜きした奴とは思えん。しばらくさぼっているうちに、腕がなまっちまったのか、航平?」


 うー、あの事件が元で先輩も1年生もびびって剣道部やめちゃったんだよなー。


 思い出させんなよ伊藤。若さゆえの自分自身の過ちというモノを。


「なんで使わなかったの?」


 大峰、お前も古傷をえぐるなよ。


 そもそも先輩に二刀流をからかわれたのでつい本気を出しちゃったんだよな、あの時。


「あれは使わん。もう封印した」


「なんじゃそりゃ。案外余裕あるじゃん」


 伊藤がアハハと笑う。大峰もクスっと微笑んだ。


 三人で喋りながら歩いてたら気がつけば駅に着いていた。帰りは下り坂だからそもそもちょっと早いとはいえ、こんなに仲が良かったっけ? オレたち。


「じゃあまた明日」


「おう、明日な」


「バイバイ」


 オレは大峰と伊藤とは逆方面のホームに上った。



◇◇◇◇


 レイラを乗せた黒の国産リムジンは学校を挟んで駅と反対となる丘陵部を走っていた。


 レイラは後部座席の真ん中に座っている。運転席、助手席、レイラの左右にサングラスに黒スーツの女性が計4人。


「対象とはうまく接触できたの? レイラ」


 助手席の女が声をかけた。


 ※ちなみにこのシーンは全員英語で話していますが、日本語訳にてお送りします。


「まあね。ソフィア」


「レイラがそう言うなら、うまくいったのね」


「ボクも潜入したかったぞ。日本の高校生活に興味ありありだぞ」


 これは後部座席右側の女。


「レオノラ、流石に無理があるっしょ。高校生には見えないっす」


 これは後部座席左側の女。


「なら高校生じゃなくても先生としてならどう? 先生役なら体育教師。これならイケそうだぞ」


 レオノラと呼ばれた女が反論する。


「レイラだけでも目立ってるのに、先生まで急に外国人が来たらますます怪しまれるっしょ。もうちょっと考えようよ、レオノラ」


「うー、クリスチーネがいじめるぞ」


 左右で言い合いしているのを間でニコニコして聞いているレイラ。


 助手席がソフィア。後部座席右がレオノラ。後部座席左がクリスチーネ。運転している女性は話に加わってないが、名はイライザという。


「校門で待ってるのも結構怪しまれてはいたけれど。生徒たちはレイラあなたの護衛だと勘違いしたようね」


 助手席のソフィアが前を向いたまま、ルームミラー越しにレイラに視線を合わせる。


「あら、私を警護してくれているのではなくて? ソフィア」


「違うわ。わたしたちはあなたの監視役よ。忘れないで」


「あらあら。怖い怖い」


「対象の協力を得られるかどうかはまだ不明。それに残念だけど、わたしたちはあなたのことを完全に信用しているわけではないわ。レイラ」


「そうね。それはお互い様ですから。でも今はギブアンドテイク。友好的な関係でいましょう」


「そのつもりよ。今はね」


 そうだ。今はそれでいい。

 だが、は破門候との取引も想定している。


 とソフィアは考える。


 我が国、我が組織にとってどちらがより高い利益をもたらすか、ということにすぎない。


 突如外宇宙から落ちてきたオーバーテクノロジーの塊。

 あの機動兵器とレイラ自身から得られたものは、我が国、我が組織に莫大な利益をもたらしている。


 逆に言えば、わずか1機の巨大ロボとそのパイロットだけでこれだけの価値だ。

 その本国との取引がどれだけのものになるのか、予想もつかない。


 一方、非友好的な状況となった場合も想定しておかねばならない。

 そのためにもレイラは重要なコマだ。交渉の最有力カードだ。


 レイラが母星を離れてもはや近く。

 彼女が落ちてくる原因となった戦争の決着はついていよう。


 はたして戦争に勝ったのは、レイラの母国か、破門候か。


 そんな考えを巡らせているうちに道の向こうに小さなホテルに似た建物が見えてきた。

 バルコニーを含め水平方向に伸びたデザインが、背景の丘陵に映えて美しい。


 もとは、とある企業の保養所だった建物だ。


 半年ほど前にソフィアたちの組織が買い取り、今回の作戦用に改装した。

 海外セレブの別邸にふさわしい瀟洒な外観だ。


 実体は、レイラと国際的秘密組織の4人、ソフィア、レオノラ、クリスチーネ、イライザとの奇妙な共同生活の場である。


「……着いた」


 玄関先の車寄せに停車させると、道中全く喋らなかったイライザが小声でつぶやいた。


 彼女らの組織は、UCアンダーカバーと呼ばれる。

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