第3話 オレは姫騎士に拉致される
宮本武蔵の二天一流を祖とする二刀流は、武蔵自身による『五輪書』が現在においても最高の剣術指南書であることからもわかるように、本来は剣において主流派であった。
事実、剣聖上泉信綱の新陰流、その高弟であり江戸幕府の指南役となった柳生宗厳が興した柳生新陰流をはじめ、柳剛流、渋川流、心形刀流、天道流、朝山一伝流、二刀鉄人流等々、明治期までは二刀流はオーソドックスな剣技として伝承されていた。
廃刀令により武術としての剣道が確立した後もそうであった。
けれども、戦後GHQにより一旦廃止の憂き目にあった剣道が、スポーツという名目で復活し競技化する中、一部の者が防御に特化した『負けない戦法』という使い方をしたことがあり、公式試合での使用が制限されるようになった。
やがて二刀流は卑怯な技、亜流の剣術という不名誉な評価がなされ、徐々に衰退していったのだ。
と、航平は
航平の祖父、
伊庭左近太が伊庭二刀流を創始、岡山藩に伊庭道場を開いたのが文久3年。
左近太は二刀の複雑な太刀筋から『
虎次郎は伊庭道場の当代として門下生を教えるほか、県警や大学で剣術指導を務めたが、妻を早くに亡くし、子供は娘一人だけであった。
虎次郎の娘
女剣士と文学青年という奇縁の詳細は割愛する。
ただ虎次郎はこの交際を長く認めず、ようやく結婚なった後も、運動はからっきしダメな政人にたびたび毒を吐いていた。
その一方美智子には、お前は瀧本の人間になったのだから道場や伊庭二刀流のことは考えんでいい。政人をしっかり支えよ、と諭した。
あくまでも古風な老人だった。
やがて政人と美智子の間に男の子が生まれた。それが航平だ。
航平は伊庭家の血を色濃く受け継いだのか、まだ幼稚園の頃から竹刀を振い虎次郎を喜ばせた。
政人も義父の興味が息子にシフトしたことを幸い、ちょくちょく航平を義父の道場に預けるようになった。
美智子の結婚後、門下生がめっきり少なくなった道場で、航平は虎次郎によく剣を習った。
老境に差し掛かった虎次郎にとって、孫の成長が最後の楽しみであったのかもしれない。
大峰が虎次郎の道場に通っていたのは航平と共に小学校に上がったこの頃のことである。
航平が小学5年生の夏、虎次郎は道場を畳んだ。
航平が中学2年生の暮れ、虎次郎は亡くなった。
71歳だった。
◇◇◇◇
って、つまり二刀流ってチート技認定されただけだよなあ。
強すぎるからレギュレーションでNGになった。
F-1でターボはダメ、
だからといってターボエンジンが卑怯って言われることは、ないのに。
ゲームでも『りょうてもち』と『にとうりゅう』のどっちにするか悩むのに。
あの時も先輩に二刀流を馬鹿にされて、じゃあ試してみますかってついマジになっちゃったんだよなあ。
あー、でも今日二刀流使ってたら本当に勝てたんかなあ?
中段小手を左小太刀で受けると同時に右太刀を……。
いや右太刀で上段受けしつつ左小太刀で払い胴の方が……。
ううむ、でもレイラのスピードは半端なかったからなあ。
オレが二刀を繰り出すのとレイラが一刀を二振りするのとどっちが速いかが問題だな。
流石に倍速ってことはないか?
いや……ありうるかも。
うーん。
この日、試合のためいつもより帰宅が遅かったが、昼のうちに『放課後転校生に校内を案内することになった』とスマホでかあさんに連絡を入れておいた。
夕食時に転校生ってどんな子? とかあさんに尋ねられたが、海外からの留学生とだけ答えた。
剣道で負けたとか漏らしたら、どうなるか分からない。最善でもかあさんにみっちり稽古をつけられる未来が見えた。最悪だと命がないかもしれなかった。
今日のことがバレませんように……。
なんてことをベッドでうだうだ考えているうちに、やがてオレは眠ってしまった。
オレは夢を見た。
ビキニアーマーに身を包み、スライムやゴブリンをなぎ倒すレイラの雄姿。
バインバインとドでかい胸を揺らしながら、ドラゴンすら両断する神速の剣。
剣についた血糊を一振りすると、ぽよんと弾んだ下乳から下腹部へ汗が一筋流れる。実にエロい。
ラストダンジョン。その最奥にいるボスは、かあさんの姿をした大魔王。
『仲間になれ。世界の半分を貴様にやろう』
『私が欲しいのは、航平よ!』
なぜか大魔王の捕虜となっているオレを指さすレイラ。
『ならば力を示してみよ!』
姫騎士レイラVS大魔王美智子。
最強対決が、今、始まる!
翌朝。
始業時間にはまだ30分もあるというのに、多数の生徒が校門の周りに集まっていた。
黒い国産リムジンがゆっくりと姿を現し、校門の前で停まると、さっとサングラスに黒づくめの女性が4人出てきた。
そしてその後、4人に護られるようにしてゆっくりと姿を現すレイラ。
れ・い・ら! れ・い・ら!
レイラおねーさまー!
レイラちゃーん!
王女さま―!
今日も素敵ですー!
きゃーこっちみたー!!!
割れんばかりの歓声。
おいおい、これ毎日やるのかよ。
ってオレも校門で待ってたクチなんだけどね。
でもオレはお前たちと違うぜ。なんたって席が隣だからな。ずーっとレイラの匂い嗅いでられるんだぜ。どうでえ。
「航平、顔キモい」
キモいゆーな大峰!
てかなんでお前がオレの横にいるんだよ。あっちの女子軍団に混ざってこいよ。うちのクラスの女子一番前に陣取ってるだろ。
レイラが校門をくぐるのを確認すると、黒づくめの4人の女性はさきほどの逆再生よろしくリムジンに吸い込まれるように乗り込み走り去っていった。
すばやい。動きに全く無駄がない。あの4人もレイラ並みに強そうだ。ガードウーマン恐るべし。
「全員撤収か。普通は緊急事態に備えて一人は残しておくんだが。だが皆さんすばらしいナイスバディだったなさすがレイラのSPもう少しじっくりしっかり拝見したかった!」
いきなりだな伊藤。こいつもなぜかオレの横にいる。
レイラが校舎に向かって歩くのに合わせて、生徒たちも磁石に引き寄せられるようにぞろぞろとついていく。
「レイラより先に教室に入ろう。このままだとまた席に座れなくなる」
オレたちは塊のようになってる生徒たちの前を横切り、小走りで校舎に向かった。
「航平ー!」
レイラがオレに気づいて声をかけた。手を振ってる。
オレも手を振りかえした。
生徒たちが一斉にオレをキッとにらんだ。男子も、女子も。
あっやばい。
オレ、またなんかピンチじゃね!?
……ホームルームが始まるまで、オレは席に着くのをあきらめた。
例によってレイラの周りがごった返しているのもあるが、全員オレに無言の圧力をかけるんだもん。お前はこっち来るな、シッ、シッって。
「あーあ、航平。また敵増やしちゃったねー」
大峰も追い出されたのか、オレと一緒に廊下でレイラの方を眺めている。当たり前だが伊藤も同じ身の上だ。
で、またってなんだよ大峰。
「昨日の一戦で15人殺しの評判もガタ落ちだしなあ。お前を護ってたバリアはもうないな」
殺してないぞ伊藤。
ってオレそんなにビビられていたの今まで? 知らなんだ……。
でも、昨日もそうだったし、今見てても思うがレイラは全員と上手に会話を弾ませている。誰かに偏ることもなく、誰かをぼっちにすることもなく。
これが社交術というやつか? 王族スキルなんだろうか。
別にオレだけ特別にしてるってわけじゃないと思うんだよな。なんでオレだけみんなから睨まれるんだよ。
「そりゃ隣の席ってだけでまず特別」
「大峰、お前テレパシー使えたのか!?」
「思いっきり『なんでオレだけ睨まれる』って顔に書いてあるわよ。昨日激レア、剣道姿の生レイラを最短距離で見たことも特別。そのレイラに竹刀でスパーンって打たれたのも特別。M系男子やM系女子にはもうたまらないご褒美ね」
なんすかそのM系男女って!!!???
激レアといえば大峰も知らないが、道着だけのレイラもばっちり見たんだけどな。
あの生乳!
ああ、昨夜の夢のビキニアーマーはそのせいだったのかもな。
あれはエロかった。ぜひご本人にコスプレしていただきたい。
「小手越しとはいえレイラの手を握ったこと」
ハイ、それは自覚あります……。ついつい。
「今朝、レイラから声をかけられたこと。おまけに手まで振られちゃったこと」
それもかよ。そんなの……。
「気がついてる? 昨日からずっとレイラは必要なこと以外は基本的に返事をしているだけなの。レイラから声をかけてるのは、航平だけ」
え? そうだっけ? そうなのか?
そういえば……、席につくときも。
試合の後も。
そもそも試合を申し出たのも。
今朝も。
あ、確かに。
ふーん。でもそれがどしたの。
「航平、あんた……」
呆れた顔で大峰がオレを見た。
なんで?
◇◇◇◇
授業が始まった。
例によって人でいっぱいのにぎやかな休み時間が3回過ぎて、昼休みになった。
学食ではレイラの一団とはちょっとオレは離れたところに座った。大峰、伊藤もオレのそばに座る。
おいおい、ほんとに、オレたちいつの間にこんな仲良くなったんだよ。同類相憐れむというやつか。いわゆるレイラ被害者の会。
うーんと、おおっレイラ、辛みそラーメンか。なかなかに今日も想定外なチョイスで攻めてくるな。
レイラがレンゲで受けた麺を小さくまとめて口に入れる。まるでスープパスタを食しているみたいだ。
ラーメンはもっとずるずるっと豪快にいった方がいいと思うが、今の姿は絵になる。実に美しい。
取り巻きも見惚れているぞ。女子たちの目がハートになってる。いや、遠くで見ている男子も同じか。
辛みそラーメンを華麗に味わう金髪美少女の図。ようつべに上げたら超拡散しそうな……。
どこかで警報が鳴るのが聞こえた。
遠い。外だな……。なんだろう。火事かな?
とぼんやり思ってたら食堂のスピーカーからも非常音が鳴りはじめた。
「なんだなんだ!?」
『全校生徒の皆さん、市役所より避難指示が発令されました。これは訓練ではありません。あわてず、速やかに、全員講堂に集まってください。カバンその他の荷物は教室に置いたままにしてください。繰り返します、全校生徒の皆さん…』
「おいっ! 聞いてのとおりだ~! 全員講堂に急げ~! 上履きはいらないぞ。荷物もいらない。そのまま講堂に急げ~!」
食堂にいた先生たちがてきぱきと避難誘導を始める。
震災以来、この手の訓練を何度も繰り返してる成果だな。
「でも、一体なにが起こったんだろう?」
「わかりませんが、まずは指示通り避難」
先生たちにも事態の詳細は不明のようだ。
一方、ラーメンを途中まで食べていたレイラは、丼鉢を持って立ち上がるや否や、残りを一気にかきこんだ。
ごっくん。
すげえ、汁ごと全部飲み込んだよ。
周りの連中がぽかんとしてる。オレもあっけにとられた。
あれ、レイラがすごい勢いでこっち来た。
顔が真っ赤でちょっと涙目だ。相当辛かったな。
レイラが俺の手をつかんだ。
「航平、一緒に来て!」
「は?」
あれよあれよという間にオレはレイラに引っ張られて食堂から校庭に出た。
われに返った連中が食堂の中からなんか叫んでる。
あー、またまた敵作っちまったなー、これは。
校庭に出るとほぼ同時に、黒いリムジンが山の方から飛んで来た。
比喩じゃない。文字通り『飛んで』来た。
リムジンは外装がスライドして横に長い三角錐のような形状に変形していた。ずれた外装の隙間から小さな翼が伸びている。
おいおい、空飛ぶ車がそろそろ実用化されるというニュースは知ってるけど、普通のリムジンが飛行形態に変形って、おかしいだろ。それにこんな小さな翼じゃ飛べんだろ。どゆこと?
変形したリムジンは校庭の真ん中の空中で一旦停止、そしてそのままゆっくりと降りてきた。
えーと、VTOLエンジンは……、付いてないよね? うーん、反重力装置? そんなんもう出来てるんだっけ? オレが知らんだけ?
ガルウィングドアが跳ね上がった。
え、このリムジンってガルウィングだったっけ? さっきは普通の4ドアだったと思うけど?
「乗って!」
オレはレイラに背中を押されるようにして後部座席に座った。後部座席に先客が1人。前部座席に3人が乗っていた。
朝の黒ずくめのおねえさんたちだが、サングラスを外している。おかげでよくわかったが、みんな外人さんだ。
え、このリムジンって6人乗れたっけ?
外装が割れて拡がった分、キャビンが横に広くなって余裕が生まれているようだった。
横に3人並んでも狭くない。
前列は真ん中の席が運転席になっていた。
え、このリムジンって……。いやいや、こんな車どこにもないよな!
それに、ダッシュボードが飛行機のコクピットみたくなってるんですけど。
そんでもって運転席の人、ハンドルじゃなくて両手にジョイスティック握ってるんですけど!
「
リムジンはひゅんと加速して大空高く駆け上がった。
でえええええ~~~!
嘘だといってよ、レイラ!
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