第11話 文化祭の準備

 体育大会が終わるとすぐに中間テストだ。そして中間テストが終わると文化祭である。

 誰だよこんな過密スケジュールにしたやつ。


 中間テスト直前にLRリンクレシーバーの脳内回路がオレにも出来ていた。


 これでテストは楽勝!

 と思っていたのに、レイラにテスト期間中無効化された。レイラの奴、自分のナチュラルボーンブロックだけじゃなく、他人の接続もブロック出来るんだと。


 ずるはダメだって。そりゃそうだけどさ。


 というわけでオレはいつものとおり中の下という成績だった。赤点がなかったのは幸いだった。

 レイラは数学、英語で満点を取っていた。すげえ。

 その他の科目も概ね学年上位だったが、古文と日本史は平均点を少し上回るくらいだった。まあ宇宙人だからね。仕方ないね。オレよりも点数は上だけどね。仕方ないね。


 脳内回路が出来ると脳内ブロックが使えるようになった。ブロックせずに常時外部情報にリンクしてると、自分の考えなのかリンク情報なのかわかんなくなる。それを防ぐため回路に組み込まれたセーフティだった。先に教えてくれよ。


 失認技術アムネジアのようにLRも地球向けにデチューンされている。

 はじめてヴァンダーモードを起動したときのあの圧倒的な一体感に比べれば、LR経由の接続は細く弱い。

 脳内回路が出来てもその細さは同じだった。


 でも、サイボーグ化された能力者みたいで、ちょっとそそられた。仕方ないじゃん男の子だもん。


 そして文化祭だ。

 うちのクラスは映画を撮ることになった。体育大会の応援合戦の『姫騎士と7人の魔王』が大受けしたので、そのロングバージョンをビデオにするのだ。作った衣装や小道具の出来が良く、あれっきりなのはもったいないという理由もあった。


 映像作品は自治会がまとめて講堂で上映してくれるので当日は手が空く。映画を納品すれば文化祭に参加したことになるのでそれ以上何もしなくても構わないのだが、最近テンションの高い2年4組は満場一致で当日も別の出し物をすることになった。


 映画撮影はすんなり決まったのに、当日に何するかは結構もめた。

 舞台版『姫騎士と7人の魔王』。リアル脱出ゲーム版『姫騎士と7人の魔王』。スーパーヒロインショー。コスプレ喫茶。コスプレ撮影会。かき氷屋。クレープ屋。タピオカ屋。電球ソーダ屋。たこ焼き屋。お化け屋敷。リアルゾンビFPS。立体迷路。マジックショー。

 黒板に出し物の候補が次々と書かれていく。


 すったもんだの末『える! メイドフルーツカフェ』に花丸が付いた。


 いまいちピンとこないオレに大峰が解説してくれたところ、写真映えするフルーツを使ったスィーツを売りにしたおしゃれなメイド喫茶とのことだ。メニューや内装は女子チームが考えるらしい。お店は教室を使うけど、出来るだけ可愛く仕上げたいので小道具製作よろしく! と背中を叩かれた。

 よく考えたら映画を撮影編集しながらカフェの準備もしなければならない。誰だこんな手のかかる出し物に決めたのは! あ、オレもか。だってレイラのメイド姿見たかったんだもん。ロボメイドとはひと味違うぜ。


 ロテルでいつものようにフルコースのディナーを食べる。テーブルマナーも随分板についてきた。一時脂肪もついてきていたが、体育大会からしばらく美智子ズブートキャンプで鍛えられたので、オレは以前よりスリムになっている。もうこけないぜ!


 かあさんとうさんも脳内回路が出来たので、ロテルメンバーはもう誰もLRを着けていない。


政人『文化祭は日曜開催で誰でも出入り自由なのか。ならとうさんも行くからな』


ソフィア『フルーツカフェのメニューは何がある』


美智子『じゃあ一緒にね。時間はどうしたらいいのかしら』


クリスチーネ『大勢お客が来るならあたしたちも混じってていいっすよね』


オレ『上映会のプログラムは前日にしか分からないよ』


レオノラ『体育大会の代わりに今度はボクがロテル詰め当番でいいぞ』


レイラ『パンケーキやクレープを考えてるわ』


イザベラ『……行く』


 脳内回路を使った会話(?)はほぼリアルタイムで交わされるので文字にするとこんな感じだが、思考のあて先がはっきりしているので混乱することはない。会話が成立していると同時に他のチャンネルの会話も理解できている。聖徳太子は脳内回路持ちだったのかもしれないな。


 こんなオープンチャンネルじゃなくてクローズドチャットも出来る。内緒の話は口でするより脳内チャットだ。文化祭を見に来る他のロテル組に事前のネタバレは避けたいので、レイラとのクローズチャットに切り替える。


オレ『今日、男子も何人か採寸されてたけど、メイド服で女装するの?』


レイラ『執事役じゃないかな。ポリコレがどうとか言ってたから。私も詳しくは聞いてないの』


オレ『なるほど。学校行事だからそういう配慮が必要なんだろな。それ以前にメイドカフェの時点でよく許可が出たと思うけど』


 姫騎士のコスプレもそうだけど。体育大会で大受けだったからかな?


レイラ『決まってるじゃない。校長が手を回してるのよ』


オレ『ああ、なるほど』


レイラ『明日はビデオもクランクインよ。主なシーンは週末に固め撮りだけど』


オレ『週末は同時並行でポスプロ作業だよ』


レイラ『かっこいいVFX期待してるわね!』


オレ『それはオレより伊藤だ。アイツにしっかりやってもらうよ』


 伊藤はビデオ編集が趣味で、ときどき短い作品をネットで公開している。今回の編集作業の技術リーダーだ。


レイラ『でも航平も一緒に編集するんでしょ。私も頑張るからね。出来上がり楽しみ!』


オレ『そうか。楽しみだよな』


レイラ『うん!』



◇◇◇◇


 風呂に入って、自室で寝る。

 オレの部屋は3階のとうさんかあさんの隣だ。個室を貰っている。


 初日に寝てたでかいベッドのあった部屋はレイラの寝室だった。

 今の部屋は普通のベッドだ。


 不思議な夢を見た。


 宇宙に大きな木が浮かんでいる。

 とてつもない大きさだ。


 ひとつの枝の中に海に覆われた大陸が浮かんでいる。河があり、山があり、国があった。一つの枝に一つの世界があるのだ。


 その世界の中で多くの生物、そして人間が生まれ、育ち、子を産み、死んでいく。

 人間たちは争い、国を作り、文明を作り、科学を進歩させ、核戦争で何もかも破壊される。

 荒野になった世界からまた生物が生まれ、人間が誕生し、文明が進む。


 多くの枝の世界は、多少の違いはあるが似たような歴史を繰り返している。物凄い速さで時間が流れている。


 あ、あの枝世界、完全に死んだ。


 灰色の廃墟となった世界。その枝は、枯れて砕けた。

 その後に新しい枝が芽吹く。


 ひとつだけ、異質な枝世界があった。

 その世界だけは、時間が停まったように変化がない。


 人がいないわけではない。

 けれど、何も起きない。


 他の枝世界から隔絶されているかのように。


 他の枝世界をただ眺めているだけのように。


 まるで神が住まう世界のように。


『なにゆえに、永遠を誓った禁忌を犯すか』


『この不動不変なる世界に死をもたらすゆえ』


『心層までも汚染されたか。それは破門すら辞さぬ覚悟か』


『むろん』


『ではこれよりそなたは破門候だ。この完全世界の敵とみなす』


『望むところである』


 何も起きない世界が動き出した。神々の兵器が現れた。


 巨大ロボットが戦っている。あれは、イ・ドゥガン……。


『だましあいに勝ったのがどっちだったのか、教えてあげるわ!』


 レイラだ。甲冑のような、宇宙服のような、戦闘服姿だ。


 空に穴が開き、宇宙に繋がった。


 再び宇宙に浮かぶ巨大な木を見た。急激にズームアウトする。


 唐突に夢は終わった。


 翌朝、オレはこの夢のことをほとんど覚えていなかった。



◇◇◇◇


 文化祭前々日。


 放課後、オレを含めた男子数名は伊藤の家に集まった。

 ポスプロの追い込みだ。

 明日の朝7時が締め切りだ。それまでに自治会に映像データを送信しないと上映してもらえない。


 徹夜だ!


 とうさんかあさんには伊藤の家に泊まる許可を得ている。スマホ持っているし、万一UCがらみの不測の事態が起きても脳内リンクで連絡が取れる。

 レイラがディナーをお弁当にして持って行こうかと言ってくれたが、断った。

 伊藤の家にレイラが来たら大騒ぎ必死だ。編集どころじゃない。

 けれど、伊藤のおばさんに気を使わせるのも心苦しいし、マジ時間ないのでコンビニでおにぎりやサンドイッチを買い込んだ。コーラやジュースもね。

 どうせ食いながらの作業になる。


 伊藤の両親に挨拶して部屋に入る。伊藤の家族も事情は分かっているので頑張ってねとだけ声を掛けられ、後は放置だ。かえって助かる。


 オレが最後だった。部屋には伊藤はもちろん、吹屋、等々力とどろきがもう作業を始めていた。ノートパソコンを持ち込んで、ファイル共有していた。


 今日までの撮影素材はドライブに全部入っている。念のため撮影しながらバックアップも取ってある。既に伊藤がオーケーテイクをオフライン編集してラッシュを作っている。VFXや音効も週末に作った分が貼り付けてある。が、未調整だ。

 オレも一緒にラッシュを頭から見て、テンポやつながりがおかしいところを修正する。


「タイミングはこれでいいけど、色がなあ……」


「現場合わせだったからな。カットごとに青かったり赤かったり。ちょっとひどいな。自動トーン調整じゃダメか?」


「最終エンコード時に一発勝負でやる?」


「それは怖すぎだよ。あまりに違い過ぎるカットだけ先に手で調整してくれ。頼む吹屋」


「わかった」


 伊藤が映像担当の吹屋に直すべきいくつかのカットナンバーを示す。


「セリフもぼけてたり割れてたりしてるのがあるぞ。特に7魔王はマスクかぶって喋らせたから聞こえにくい」


「ラッシュ見て思ったが、これ、魔王に字幕入れた方がらしくね」


「航平ナイスアイデア! レイラの声は明瞭に撮れてるから、一気に異世界っぽくなるな。等々力、レイラ以外のセリフ書き出してスーパー頼む」


「フォントは」


「決まってる、魔王は『しねまてきすとB』、それ以外は『シネマ明朝』で」


「りょ」


 などと、最初のうちは元気だったのだが……。


 零時を回ると眠気との対決だ。連日撮影とポスプロをこなし、カフェの準備も進めている。疲れがたまったこの時間、眠気が半端ない。いまごろ女子の衣装班も徹夜だろうが、大丈夫なのかな……。


『航平、眠気に襲われてない? 頑張って!』


『レイラ!』


『そっちには行けないけど、ロテルここで応援してるからね!』


『寝ろよ! オレは今夜で任務完了だけど、レイラは当日一日カフェで頑張るんだろ』


『あっそうだった。じゃあ、エネルギー注入だけ』


 チュッと頬にキスされた。本当にされたわけじゃなくて、レイラがその感覚を送ってきたんだ。


『えへへ。じゃ、お休みっ! ビデオの仕上がり期待してるね』


 レイラとのリンクが切れた。オレは頬を撫でた。眠気はもうどこかに行っていた。


 2時を回る。アドレナリンだかドーパミンだかで、みんなテンションがちょっと変だ。


「こ、このシーン、コマ送りにしちゃだ、ダメかな。レイラのふ、太腿はっきりゆっくり見せたい」


「音声どうすんだよ! てかそんなの後でいくらでも見れるだろ! 吹屋」


「見るんかい! 伊藤!」


「インアウト決めるのにフレームをコマ送りするだろ!」


「マスターアップしたら素材は廃棄! 廃棄!!」


「滝本が暴言吐いとります」


「ざーんねん、クラウドにもあるんだよ念のため。スマホでもタブレットでも見れるんだぜくくく」


「お巡りさんこの人です」


「用意周到と言ってくれ。それより航平」


「なんだよ、手止まってるぞ伊藤」


「お前、レイラとやったの?」


「んなわけあるかー!」


 裸は見たけどな。半ば事故みたいなもんだったけど。


「なんで? 彼女だろ?」


「いや、まだ、そういうのは、ちょっと……。早いっていうか……」


「あははは! まああの超絶美少女だ。手を出すにも覚悟がいるよな! わかるわかる!」


「滝本らしいな。このへたれめ! わはは」


 等々力のおかげで話はそれで終わった。


 レイラの本心がよくわからんからとは言えなかった。


 ようやくマスターアップして自治会に送信したのは6時55分だった。

 オレたちは30分だけ仮眠して、遅刻気味に学校に向かった。


 途中、レイラが乗ったリムジンがやってきて、俺たちをピックアップしてくれたので間に合った。

 運転手はソフィアさんだった。


 伊藤、吹屋、等々力は密室で一緒になったレイラとソフィアさんにガチガチになっていたが、校門に着く頃には眠気に負けて寝ていた。


 オレも寝た。

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