第12話 幻甲艦出現す

 土曜日の授業は午前で終わりだ。あっという間だ。半分寝ていたせいもあるが。


 食堂で昼ご飯を食べたら、教室を明日のメイドカフェ仕様に飾る作業だ。これはもっぱら男子の役割で、女子は材料の買い出しに行く。


 夕方には業務用の冷蔵庫やポータブルシンク、食器類がレンタル業者から届く。これは自治会が全出店分まとめて発注しており、教室まで運んでくれる。

 頼んだ什器と合ってるかチェックして受け取れば完了だ。返す時は食器類は水洗いしてコンテナに、そのほかはそのまま置いておけば勝手に持って行ってくれる。レンタル業者のシールが貼ってあるから、学校の備品と間違えることはない。


 教壇やロッカーの目隠しにベニヤ板を立てかけ、窓にカフェカーテンを取り付けるとそれなりに喫茶っぽくなってきた。教壇側は厨房兼メイド待機場所になる。机は2個一にして対面テーブルに。テーブルクロスを掛け手描きメニューを立てれば、うむ、カフェだ。


 段ボールで作った天井扇を強力両面テープで取り付ける。回らないけど、雰囲気雰囲気。


 作業中、伊藤がタブレットで完成した『姫騎士と7人の魔王』をリピートで流しっぱなしにしている。

 自分でいうのもなんだが、あの短期間で作ったにしてはよく出来てる。

 半分くらいは主役のレイラのおかげだが。

 アクションも演技もうまい。大団円の後はレイラの情感たっぷりの歌でエンディング。オレも編集しながら涙した感動作だ。15分の超大作。


 作業しているみんなも時々手を止めて見入ってる。リピート再生だから何回か見たら空気になるもんだが、バトルシーンとエンディングはつい引き込まれる。


「カフェのBGMどうするんだっけ?」


「ネットスピーカーで『萌チャンネル』流しっぱにする予定」


「映画をカフェここでも映写出来うつせないかな」


「さすがにリピートだとくどくね?」


「音消して映像だけは? カフェの環境映像っぽくない?」


「でもタブレットじゃ小さいだろ」


「うち、モバイルプロジェクターあるよ」


影山かげやま、それすぐ持ってこれる?」


「うちまで往復だから1時間ぐらい掛かるよ」


「十分間に合う、頼む」


「わかった」


「レイラのセリフにも字幕入れれば、音なしでもストーリーが分かるだろ。最後の歌はちょっともったいないけど、そこは講堂で見てもらうとして、その宣伝フリップも足そう」


 自治会プログラムはもう配られている。オレたちの映画は15時45分から。映像作品最後のプログラムだった。


「伊藤、そんなのすぐ出来るのか」


「大丈夫だよ航平。このタブレットにも編集アプリが入ってる」


 プロジェクターが来るまでの間、伊藤は編集作業を始めた。


 そんな現場合わせ作業もありながら、什器が届いたので厨房をセッティング。


 買い出し部隊の女子が戻る。衛生上の問題で、フルーツは生ではなくて缶詰とドライだ。クリームも既製品。ジュースも。


「ほんとは手作りしたいんだけどねー」


「クレープはちゃんと焼くからねー」


 影山がプロジェクターを持ってきた。編集の終わった字幕版を近接WiFiでタブレットから飛ばして映す。


「ベニヤ板でも結構映るもんだな」


「この明るさなら、暗くしないでも大丈夫みたいだ」


「音出してよ。あたしら初めて見るんだしー」


 女子も交えて特別上映会だ。みんな作業の手を止めて、ベニヤ板スクリーンを見る。


「すっご……」


「エモい……」


「これ、賞取れるよ! ゼッタイ!」


「レイラがいてくれて良かったわ、ほんと」


「あれ、そういえば本人まだ試着中?」


「みたいね。他の子も戻ってない」


 当日のホール係は別の部屋で喫茶用の衣装合わせをしている。レイラと大峰はその中の一人だ。


「あ、戻ってきた」


 レイラたちが衣装を着たまま教室に入ってきた。


 おおおおお!



 文化祭前日は、終わってほしくないぐらい楽しかった。

 そんな映画が昔あったな、そういえば。



◇◇◇◇


 エンドレスに文化祭前日を繰り返すなどということはなく、明ければ日曜日。


 文化祭当日だ。


 校門には自治会作成のゲートが取り付けられている。校庭には屋台が、教室にはクラスやクラブの出し物が。

 体育館では吹奏楽や軽音、演劇などのライブパフォーマンスが。

 講堂では映像系の上映会が。


 他校の生徒や父兄も多数来場するイベントである。

 さらには、屋台には風船すくいや輪投げ、射的など小さい子供も楽しめる出し物があるので、街の人々が家族連れで来ている。

 秋祭りみたいだ。


 われらが2年4組の『映える! メイドフルーツカフェ』は開店から大忙しだ。

 満員御礼の理由はもちろんレイラの人気だ。


 昨日じっくり見せてもらったが、レイラのメイド服姿はフリルいっぱいのエプロンスカートにフレンチスリーブ、ニーハイソックスにパンプス、それにカチューシャというオーソドックスなスタイルだ。

 しかし、リボンでキュッと絞ったウエストはどこまでも細く、上のダイナマイトなロケットおっぱい、下のキュートな尻神様をいやがうえにも強調する。

 そして本物の(宇宙の)お姫さまの本気。上品な物腰、気品あふれる美貌。


 転校後2か月経って学園の生徒たちは多少慣れて来ていたが、改めてその超絶美少女ぶりにハートを持っていかれる者多数。

 同時に彼氏であるオレに対するヘイトも上昇する。

 初期の殺人的な威圧や憎悪の比ではないが……。

 失認アムネジアもっと仕事しろ。


 レイラをよく見知ってる学園の生徒ですらこの有様だ。外部から来た生徒や父兄、街の人は非現実的存在に遭遇した衝撃で瞬時に意識を刈られていた。

 カップルで遊びに来てた男子がレイラを凝視したまま固まって、彼女にひっぱたかれることのなんと多いことか。いいぞリア充爆発しろ!


 ってオレもか。でも充実してるんかな? オレ……。


 クラスのクール系女子、三木は黒ベストジレに黒パンツトラウザー、白シャツに蝶ネクタイボウタイという執事スタイルで給仕している。

 男装の麗人。

 こちらも女子人気がなかなか凄い。昨日の試着では本人やけに照れてたけど、さすが本番はキリリと決めて接客している。口調も、


「お帰りなさいませ、お嬢様方。本日のボクのおすすめを囁いてもよろしいでしょうか」


 などとイケメンっぽい。三木、やる時はやる。根が真面目なやつだ。


 大峰もメイド服が似合ってる。レイラと比べられるとちょっとかわいそうだが、こうしてみると大峰もなかなかカワイイな。


 そして男子の福森と田中。どっちも運動部でガタイがいいのだが、なぜかメイド服だ。


「おっす、ご主人様! ごっつぁんです!」


 とか言いながら注文取ってる。出オチ担当?

 木村と横山は三木と同じ執事スタイルで接客しているのに。女子に弱みでも握られてるのか、福森と田中は?


「壁に移ってるビデオ、なにかの特撮番組と思ってたら、アクションしてるのあのめっちゃキレイなメイドの子じゃない?」


「ええ? あー、ほんとだ」


「告知があるよ。3時45分から講堂で音アリ版を上映するって」


「後でこれ見に行こうよ!」


「楽しみー」


 伊藤の環境ビデオ宣伝作戦もいい感じだ。


 お昼過ぎに、とうさんかあさんがメイドカフェにやってきた。


「やっと入れた」


 オレは二人の整理券を確認する。そう、もう整理券を配らないとさばききれなくなってきたのだ。午前は厨房にいたオレも入り口で入店誘導係になってる。


『何分待った?』


『整理券貰ったのが1時間前。並んでからが30分』


『お昼前の時間はどこも普通にピークだよ』


『だよなあ。屋台もどこも混んでた。けどここほどじゃなかったぞ』


『お母さま、お父さま!』


『おー、レイラちゃん』


『メイド服が可愛いわ~。さすがレイラちゃんね。自慢の娘よ』


『かあさんその呼び方はまだ早いだろ』


『何いってんの航平こういうことは素早い攻めが定石よ』


『何と戦ってんだよ。そこの12番テーブルね』


『はいはい』


「おかえりなさいませ、ご主人様、奥様」


 一瞬の脳内会話の後、レイラが45度のお辞儀をし、椅子を引いて二人を座らせる。うん、スムーズだ。


『とうさんかあさんが来たということは、アンダーガールズはどこだ……』


 意識を広げると、ソフィアさんたちの居場所がわかった。ソフィアさんは体育館、クリスチーネさんは屋台、イライザさんは教室を巡っている。


『一度に集まると目立つからバラバラで、と言ってたぞ』


『わかったとうさん。ありがと』


 アンダーガールズも日本の高校の文化祭は初体験だろう。これも異文化交流だよね。楽しんでくれるといいな。


 午後3時を回った。


 メイドカフェに来たアンダーガールズはイライザさんだけだった。いつもの黒スーツにサングラスではなく、ラベンダー色のフェミニンなワイドパンツだった。なんか新鮮。


「お帰りなさい、お嬢様。今日は一段と秋らしい素敵なお召し物でございますね。ボクがお席までご案内いたします」


「・・・・」


「美味しくなる魔法を一緒にねー。はい、指を曲げて、二人が繋がれば、愛のハートの出来上がり。美味しくなーれ、美味しくなーれ、ラブラブ、ハーーート・イン!」


「・・・・」


『楽しんでる?』


『……楽しい』


『ならいいや』


 脳内回路のおかげで無口なイライザさんとも意思疎通が多少出来るようになった。

 三木と大峰は無反応ぶりにちょっと困ってたようだけど。


 さて、カフェもそろそろ店仕舞いだ。整理券はとうに配り終わって消化済みだし、食材がもうほとんど残っていない。


 キッチンもホールも案内も、全員で頑張りました!


 ちなみに売り上げは自治会に上納する。レンタル什器やらプログラムやらで結構なお金が掛かっている。来年の文化祭のための準備金になるのだ。

 だからどんなに頑張っても自分たちにお金が入るわけじゃないが、そんなことはどうでもいい。クラスみんなで一所懸命楽しむこと。それ自体に価値がある。


 オレなんかカッコいいこと言った!


 でも本音だよ。


 最後のお楽しみ、講堂での上映会。カフェを片付けて見に行きますか!


 その時、脳内に警報が鳴った。

 幻甲人グルバタン

 このタイミングかよ!


『航平!』


『レイラ、行くぞ! 文化祭もあと少しなんだ。邪魔されてたまるか!』


『そのとおりね! 失認アムネジアフィールド展開!』


 レイラが教室に失認アムネジアを張った。もちろんデチューンした弱いバージョンだ。レイラと二人手を繋いでカフェを出ていくが、咎める者は誰もいない。周りの認識がもうずれているのだ。

 今日は一時能力付与を受けていないので、レイラと接触してないとオレにも失認アムネジアが適用される。廊下も手を繋いで走るが、失認アムネジアフィールドを走りながら周囲に広げているので誰にも気づかれない。

 メイド服のレイラはレアものなのに、残念だな諸君。


 とうさんとかあさんは講堂にいる。アンダーガールズは駐車場のリムジンに乗り込んでいる。さすが素早い。


 リムジンがこっちに近づいてくる。変形して空を飛んでいるようだ。

 走っている廊下の窓にぬっと姿を現す。


『乗って』


 白いふんわりしたタートルニットを着たソフィアさんが窓越しに見えた。可愛いな。


『……! そんな感想はいい。早く!』


『ソフィアが照れてる』


『黙れクリスチーネ!』


『喋ってませーん。考えてるだけでーす』


 子どもか!


 オレとレイラは窓を乗り越えてリムジンに滑り込んだ。よく考えたら3階だった。こういうアクションが出来るのも、美智子かあさんズブートキャンプで体が軽くなったおかげだな。


 そういうクリスチーネさんはピンクニットのセットアップだった。大人コーデだった。

 アンダーガールズ、案外ファッションセンスがある。


幻甲人グルバタンの反応、10』


『10!? ついに複数で攻めてきたのか』


『コーヘイ、ヴァンダーモードを使用する可能性が高い。いけるか』


『もちろん』


『よし、上昇! 幻甲人グルバタンを殲滅する!』


『特定対象を補足。重力震GQレベル2。特定対象が出現する』


10個のプラズマの渦が学園上空に同時に出現した。まだ卵状態のようだ。


『あれ、孵化しない?』


『過去にない複数同時出現だ。異常行動に注意』


『特定対象出現地点から半径3キロ圏を戦闘領域ホットゾーンと認定』


重機甲兵アル・アミール全火器使用解禁。内閣総理大臣の承認期限は40分間。作戦終了時刻は16時15分』


『レイラ、自分のタイミングで』


「召喚! イ・ドゥガン!」


 ビキビキビキッと空が割れ、怪獣のようなシルエットの巨大ロボ、『竜騎士』イ・ドゥガンが出現する。

 空中を歩いて移動する姿にも慣れた。宇宙科学だもんな。


『航平、短距離瞬間移動ジャンプするわよ』


『いつでも』


 オレはメイド服のレイラに抱きかかえられ、イ・ドゥガンのコクピットに転移した。

 前後のシートに着く。オレの目の前にはメイド服のエプロンスカートに包まれたお尻が揺れている。新鮮な眺めだ。眼福眼福。


「レイラ、卵を押し上げろ、これじゃ低すぎて学園に近い!」


 オレは口で言った。コクピット内では言葉で叫ばないと雰囲気が出ない。

 それに、考えているだけだとあらぬ妄想を垂れ流してしまいそうだ。

 気合いだ!


「わかってるわ!」


 戦闘フィールドを展開し、フィールドごと空高く上昇する。プラズマを放出している10個の卵も相対位置を保って一緒に上昇する。


 突然、卵が一か所に集まってきた。


「なんだ?」


幻甲人グルバタンが合体?」


 今までに見たことがない大きさに虹のプラズマが拡がる。


 それはいつもの大の字……。人型ではなく、コッペパンのように細長い形にまとまっていった。


 急にプラズマが消え、空中に出現したもの。

 それは巨大な空飛ぶ船だった。


「これは! 宇宙船?」


 甲板の砲塔らしきものが旋回する。


「宇宙戦艦かよ!」


「ナズィ・ニルファールを真似るなんて」


『あれは何だ!』


 ソフィアさんから脳内通信が入る。


『あれは、幻甲艦グルバノーツ。私の母艦、ナズィ・ニルファールの模倣体よ。でも、一体どこでデータをコピーしたのかしら』


『なにっ! 大丈夫なのか?』


『もちろん。私と航平なら勝てる!』


 レイラが後ろを振り返り、オレの目を見た。


「だよね、航平」


「もちろんだ!」


 オレは久々にびょーんと後ろに跳んだ。

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