第9話 美智子最強伝説

 その時、校庭から兵士たちの背後へ疾風のように黒い物体が飛び込んできた。


 警備ドロイドの1体だ。


 伊藤に銃を向けていた兵士に飛び蹴りを食らわせ、くるんとバック転して別の兵士を回し蹴りで床に叩き伏せた。


 警備ドロイドは人間サイズだが、ロボメイドと違ってブロックを積み上げたような武骨でシンプルなデザインだ。

 頭もただの立方体だ。人間のような顔は作られてない。


 普段はコンパクトに間接をたたみ、箱型になって屋上や植え込みなど校内各所に設置されている。その状態だと、ぱっと見ハト小屋かキュービクルのようだ。

 その上で、失認技術アムネジアにより記憶に残りにくくしている。


 機動状態では手足は人間よりもやや長く、リーチを活かした格闘戦が得意だ。

 手だけはロボメイド同様人間と同じように動く5本指で、銃や剣など人用の武器を使うことが出来る。


 さらに。


 警備ドロイドは背中に格納されていたもう一対の腕を出した。

 これで4人といっぺんに戦える。

 脚も入れれば同時6人。

 そしてテロ兵士もあと6人。


 テロ兵士が警備ドロイドに一斉に狙いをつける。

 警備ドロイドが短機関銃を構える兵士に向かって駆けだした。

 周りに動けない負傷者が多数。

 流れ弾や跳弾でこれ以上傷つけてはならない。


 作戦目的:銃を撃たれる前に敵を全員無力化する。


 AIがそう判断し、ドロイドは流れるような動きで作戦を開始した。


 伊藤は目の前で起きていることが理解できず、ただ目を丸くしていた。



◇◇◇◇


「広域瞬間移動?」


「レイラのジャンプの拡大版だぞ。ジャンプはコーヘイもイ・ドゥガンへの出入りで体験したぞ」


「あれって、レイラと手を繋いでないとダメなんじゃないの?」


「だから、ソフィア、イライザ、クリスチーネも行ったぞ」


「どいうこと?」


「ボクらは脳内回路を通じて一時的にレイラの能力を借り受けることが出来るんだぞ」


 何でもというわけではないし、レイラ本人より能力は劣化するが、とレオノラさんは注釈をつけた。


 いやそこじゃない。


「あれってOTじゃなかったの!? レイラの能力!? 超能力ってこと!?」


「おいおい、コーヘイ。いまさらだぞ」


 まあ宇宙人だから、超能力ぐらいあってフツーかな。

 って納得していいことなのか!?

 レイラについてはLR経由でも詳しい情報がわからないんだよなあ。ナチュラルボーンブロックだから。


「診療所の開設が完了したようだぞ。あの子も連れて体育館に行くぞ。どうやるかは見た方が早いぞ」


 煙の向こう、リムジンの傍に大峰が寝かされていた。ヨガマットみたいなのを校庭に敷いたその上だ。

 制服が焦げ、髪の毛も燃え顔が煤けている。腕や脚の肌が焼けて、赤く爆ぜていた。

 制服の左胸が四角く切り取られ、超小型人工心肺から伸びた二本の人工血管が肌に刺さっていた。


「こりゃひどい……」


「さっきよりはだいぶましになったぞ。ジャンプするぞ」


 レオノラさんがしゃがんでオレの足とヨガマットに触れる。

 瞬時に体育館に移動した。

 ヨガマットとその上に寝ている大峰と人工心肺装置も一緒だ。


 なるほど、こんな使い方が出来るのか。

 そういえば服も一緒にジャンプするもんな。裸にはならない。

 校庭の土がついて来ないのは、ジャンプする必要なしと判断されるんだろうか。

 座ってた車のシートはジャンプしないしな。超能力の対象外ってことかな。

 あ、でもレイラはジャンプで着替えるって言ってたな。

 なんかコツがあるんだろうな。


 体育館の中は多数のベッドがシートで仕切られ多数の医療ドロイド、看護ドロイドが忙しく働いていた。


 すでに治療が始まっている。

 OTナノマシンによる再生だ。細胞自体を高速増殖させ、損傷箇所を復元する。

 骨折程度なら1時間もかからず再生する。

 大峰の体も、痕跡も残さず元の通りに復元されるそうだ。

 よかった。

 大峰だって女の子だもんな。痕が残ったら大変だ。


「おまたせー!」


 いきなりオレのすぐ隣にレイラが現れた。ちょっとびっくりした。

 続いてソフィアさん、クリスチーネさん、イライザさんも。

 けが人を大勢乗せたブルーシートと共に。


 広域瞬間移動って、こういうことかい。

 すげえ物理的……だな。

 全体化魔法みたいなのをイメージしてたよ。


「これで最後。軽症者や無傷な人は講堂に集めた」


「ここと同時にロテルが襲われたにゃ。そっちは美智子ミッチーの協力もあってすぐ鎮圧出来たけどにゃー」


「・・・・」


 オレはかあさんと戦う羽目になったテロリストたちが哀れに思った。

 やすらかに眠れ……。

 でクリスチーネさんなんでにゃー?


 看護ドロイドがてきぱきと被害者たちをベッドに連れていく。

 大峰もすでにベッドだ。


「学校に侵入したテロリストたちは?」


「そっちも終わった」


 ソフィアさんがにやりとした。


 警備ドロイドたちが一人残らず武装解除して拘束したとのことだ。敵が使った銃や車両等は回収した。車には弾薬や爆弾が多数残っていたらしい。

 もちろん、トラップの類は警備ドロイドが解析して無効化した。回収した武器は今後警備ドロイドが使うことになるらしい。


「敵の武器奪って強化するの、超イイネ!」


 ソフィアさん悪い顔になってるよ……。



◇◇◇◇


~正午過ぎ・ロテル~


 ランチにパスタをレオノラと食べた後、美智子は朝食後に続きまた一人屋上露天風呂でゆったりとした時間を過ごしていた。


 食事も後片付けも、それどころか掃除も洗濯もロボメイドがやってくれるので、専業主婦の出番はない。


 街に降りるには車が必要な距離だ。ロテルの中で時間を潰せるのは部屋のテレビかこの温泉ぐらいである。


 たまにはコンビニに行きたいから、原付が欲しいわね。

 頼めば用意してくれるかしら?

 それと、今度航平にゲーム機の使い方教えてもらおうっと。

 スーパー土管ブラザーズ以来だけど。


 そんなことを思いつつ、のんびり湯に浸かる。

 誰に見られているわけでもないので、バスタオルなんか巻いてない。真っ裸だ。


 この解放感!

 ヌーディストの気持ちがちょっとわかるー。


 ぐっと大の字に伸びたら、温泉の中で体が浮いた。

 歳の割に張りのある二つのふくらみがぽかっと水面に浮かぶ。


 航平は若干失礼な感想だったが、レイラと比べたからだ。武術で鍛えた美智子の体は確かに20代に見間違う。


 貸し切り、気持ちいいー。


 ロテルは基本洋風の造りだが、この露天風呂だけは岩づくりに日本式の庭と純和風になってる。

 裏山を借景にして、モミジやヤマボウシが植えられた庭園には石灯篭があるし、吐水口はヒノキ製だ。

 山道から見える正門側には目隠しのため竹矢来の垣根があるが、屋根はない。

 9月の日差しはそれほど強くなく、山から心地よい風が吹き降りてくる。

 美智子は屋上にこの露天風呂を設計した人に感謝した。


 一人なのは、ロテルに残ったレオノラを朝食後の時にも誘ったのだが、


「ボクはシャワー派で、温泉の習慣はないぞ。それに昼間から風呂に入るのは遠慮するぞ」


 と断られたからだ。


 こんなにいいお風呂なのに、もったいない。


 ソフィア、イライザ、クリスチーネは出ていったまま帰ってこない。外でランチを食べているのだろう。


 まあいいわ。今晩は飲み過ぎないようにしてレイラちゃんと一緒に入ろ。


「あー、いいお湯」


 ちなみに美智子はまだ知らないが、実は電動式の幌が隠されている。

 雨でも露天風呂に入れるのだ。


 バリバリバリバリとヘリコプターの音が聞こえてきた。


 無粋ねえ、と思っていたら音が近づいてくる。


 大型ヘリが峰から現れ、上空に停止すると、開きっぱなしの横のドアからザイルが落ちてきた。降下用のラぺリングロープだ。先端のおもりがロテルの屋上にごんとぶつかる。

 と同時に人がロープを滑るようにして次々降りてきた。戦闘服にヘルメット、短機関銃で武装している。テロリストの兵士だ。


 美智子は、風呂に入るため全裸で、もちろんLRも着けてないが、ヘリが空中停止した時すでに行動を開始していた。


 敵か味方かは殺気でわかる。剣士の習いだ。


 さっと胸と腰にタオルを巻き、風呂掃除用のデッキブラシを2本両手に持つとブラシ部分を床でへし折り、柄だけにした。


 兵士らが着地する前に撃退する。兵士は降下を始めているので、下で待ち構えていれば勝手にやってくる。重力には逆らえない。


「はああああっ!」


 一閃。

 また一閃。


 優雅に舞うような動きで兵士たちをなぎ倒していく。

 デッキブラシの二刀流だ。


 顎やこめかみ、股間など、防弾服で防ぎきれない急所を正確に打ち据えている。美智子の本気だと相手を殺しかねないが、そこは加減していた。


 降下した兵士たちは、カラビナを外すことさえ出来ず一方的にやられていく。


 先に降下した5人が裸の女に次々倒されるのを空中から見た後半の5人は、すぐにロープを外して飛び降りようとしたり、短機関銃で狙い撃とうとした。

 それは悪手だった。

 不安定な空中でそのようなことをすれば、隙だらけになる。

 そして既に屋上までの距離はさほどなかった。


 美智子はロープを足場に駆け上がり、弾丸のように跳んだ。


「せいっ!」


 カラビナを外そうとしていた後半先頭の顔面へドロップキックを決め意識を刈る。

 そのまま顔を踏み台にしバク宙。次の一人の延髄を後ろ回し蹴り。

 気を失った二人目の後頭部を踏み台にしてさらに高く宙に舞い、短機関銃を構えている男の手首を下から打ち込んで銃を落とさせる。

 と同時にするっと体を上下入れ替え首に足を掛けたフランケンシュタイナー状態で喉を絞め失神させる。そのまま首をぐるっと半回転し勢いをつけてまたまた空中に飛び出す。


 あと二人。


「はっ!」


 空中を旋回するように二刀を二人に叩き込み仕留める。意識を失った兵士たちはロープを滑り落ちていき、屋上に積み重なる。なんだか目刺しみたいだ。


 そのままロープを駆け上がり、ヘリに飛び込んだ。


 コ・パイロットが何か叫びながら拳銃を構えるが、飛び込んだ瞬間に美智子はデッキブラシ2本を投擲していた。コ・パイ、パイロット共々頭部にクリーンヒット。串刺しにならなかったのは手加減だ。二人とも脳震盪を起こし悶絶する。


 美智子はパイロットをどかせ操縦席に座ると、ゆっくりとヘリを屋上の隅に着地させた。

 一時趣味で各種免許を取得していた美智子であった。


 46歳専業主婦、滝本美智子。

 UC最強の戦士かもしれない。


 レオノラが警備ドロイドを連れて屋上に上がってきた時には、テロリスト12人が気絶したまま鹵獲したヘリから伸びたロープにまとめて縛られていた。


 そして美智子は全裸で温泉に浸かっていた。


「ちょっと汗かいちゃったからね」



◇◇◇◇


 ようやくLR経由でそれらの情報が伝わった。

 展開が迅速すぎて、脳内回路がまだ出来てないオレには情報が若干遅れ気味になるようだ。


 しかし、爆発から10分経っていないよ。すげえな。


 テロリストを含め、死んだ人はいなかった。

 校舎棟がほぼ壊滅してるのに、奇跡だな。


 治療と平行して全員の記憶を操作していた。

 もちろん講堂組もだ。


 今日のテロ事件は、なかったことにされる。

 全校挙げての防災訓練ということに記憶をすりかえるようだ。

 昨日も避難してたのにな……。


 あれ? もしかしてウチ防災訓練が頻繁にあるのって……。


 爆破された校舎も、明日の朝までには修理完了する。

 学園の地下に、学園全部を建て替えられるだけの予備資材が隠されているそうだ。

 修理用ドロイド群と共に。


 直るまでは失認技術アムネジアで外部から隠蔽する。


「捕まったテロリストたちはどうするの?」


「テロ行為自体がなかったことになるので、日本の警察に引き渡すことは出来ない。記憶を改竄して本国へ強制送還。テロ行為をやめてくれればいいんだけど、本国に戻ったら戻ったでまた彼らの機関で再教育マインドコントロールされる。まるでゾンビだ」


 ソフィアさんの本音は敵の殲滅なんだろうな。

 でもそれだと、レイラたちが離れていく。

 反UC勢力と同じになってしまうから。


「しかし、すまなかったコーヘイ。やつらの攻撃を未然に防げなかった。これはUCのミスだ。ここまで思い切った手段に出るのは想定外だった」


 ソフィアさんが頭を下げた。


 レイラが転校し、ヴァンダーの起動に成功してUC側の状況が大きく動いた。

 反UC勢力も作戦フェイズを変えてきたのかもしれない。とソフィアさんは言った。


 敵が焦っている、ということなんだろうか。


 UCは、OTについては世界秩序が混乱しないよう小出しにしているが、異星人レイラの情報そのものは隠していない。むしろ情報を逐次各国に提供している。むろん一般人には秘密だが。

 それはレイラの安全を考えてのことだ。各国のトップにまんべんなく知っておいてもらった方が、結局は世界のパワーバランスに準じてどの国もレイラに手を出さない。

 今回のように考えなしで攻めてくる愚か者は想定外ということだ。 


「ショック緩衝フィールドを学内に展開しておいてよかった。爆発はしたが、人体に与える破壊力は減衰できた」


 あれで!


「そのなんちゃらフィールド無かったらみんな死んでたん?」


「まあな。教室にいた者は確実に爆死してたろうな」


「教室に人いたの!?」


「当たり前だ。けど、緩衝フィールドは強いショックに対してより強く働くから、爆心地にいた者はむしろ軽傷だった。重傷だったのは離れた場所にいた者だ」


「どういうこと?」


「ん……。緩衝フィールドが働いた状態で地雷を踏んだとする」


「何そのたとえ!?」


「踏んだ足はフィールドが強く作用するので無傷だが、かけらが飛んできて頭を怪我したりはする。対人地雷程度なら下半身にしかフィールドの効果が及ばないからな」


 言葉ではいまいちピンとこなかったが、ソフィアさんが具体的なイメージを浮かべたのでよく、よくよーくわかった。

 グロいよソフィアさん! あんた一体どこの戦場にいたんよ!


「それに、あらかじめ伝えると無茶しそうだから言わなかったが、ロテル関係者はパーソナルバリアも付与されている」


 オレが吹き飛ばされても無事だったのはそれか。

 主人公補正かと思ってたわ……。


 治療が終わり、診療所が撤去され講堂組も体育館に集合した。


 ここまでは全員意識が朦朧としていたが、永嶺校長が用意された演台に立つと皆起立した。

 意識を誘導されているのだ。


 校長がUCの協力者なのは昨日聞いた。

 こんなことがあったらしい。



◇◇◇◇


~春、永嶺学園高校理事長室~


 永嶺英一朗は驚いた。

 あのストーンヒューラー財団傘下のパンパシフィックアカデミーファウンデーション社が多額の寄付を申し出てきたのだ。

 さらに理事2名、評議員5名の候補者も推薦してきた。乗っ取りか? とも思ったが、正直経営の芳しくない永嶺学園である。

 世界の著名大学を実質的に経営しているPAF社がこんな地方の学校法人を買ってくれるなら、むしろありがたい。


「いや、校長兼理事長はこれまでどおり貴方に務めていただきたいし、経営に口を出すつもりもない。ただ、お願いがある」


「お願い?」


「まず、2年4組の瀧本航平の隣の席をある時まで空けておくこと。これは大変重要なミッションだ」


「は? はあ……?」


「2学期に某国の王女が転校してくる。なに、日本語は堪能だから心配はいらない。その子を2年4組に編入させ、席を先ほどの瀧本航平の隣とすること」


「なるほど……???」


「最後に、その王女が申し出ることは、すべて認めること。以上だ」



◇◇◇◇


「……ということで、訓練大変ご苦労さまでした。本日はこれにて解散! 各自の荷物は体育館後方に届けてあるので担任から受け取って帰るように!」


 生徒のかばんの大半は爆散したが、カメラが捉えていた映像から似たようなものをストックから調達した。多少の誤差は失認技術アムネジアの調整範囲である。

 ほんと、隠蔽に関してはすげえな、UC。


 みんなの脳内では、昼休みの後5時間目に避難訓練を行い、6時間目はないことになってる。

 真実は教室が壊れたままなので授業が出来ないからだが、それに疑問を持つものは教師にも生徒にもいない。


「航平、帰ろっ」


 大峰と伊藤とオレは駅に向かう。

 大峰の態度からは、朝からのトゲトゲしさが消えていた。


「大峰、放課後大事な話があるって言ってなかったか?」


「はあ? あたしが? なにそれ航平誘ってんの? 冗談きっつ!」


 笑いながら背中をバシバシと叩かれた。

 伊藤もくすくす笑っている。


 失認技術アムネジアで爆発前のことも忘れた?


 なんか理不尽。というか、なんかちょっと怖いな。失認には副作用は少ないって言ってたけど……。


 まあ、やけども治ったし、トラウマにもならないし、問題ないか。

 だが、本当にこのままでいいのか。

 レイラとオレが学園にいれば、またこんな事件が起きるんじゃ?


 おっと、くせで自宅に戻ってしまった。


 家の前にリムジンが停まっていた。


「みんな無事でよかったね」


 レイラがそう言った。

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