第15話 4525歳
会談は終わった。
クリスチーネさんが
UCとしては概ね満足のいく結果であった。別の星に落とされた卵がすべて消失したのは残念であったが、遥かに有益な情報を得た。
ナズィ・ニルファールのオルドゥーズへの帰還は、今後の管理対象を絞るという意味でも、絶対的な脅威の排除という意味でも、適切な対応である。
という旨の返信が、すぐにソフィアさんの元に届いた。
かくて、UCのプランNZーB、状況終了。
オレにもその情報は共有され、同時にレイラたちが第一艦橋に戻ってきた。
「航平! マムルーク!」
レイラは優しい笑顔だ。だが、オレは憮然としていた。
「どうしたの? 航平?」
脳内ブロックを強化する。こんな気持ちを垂れ流すことは出来ない。
「ナズィ・ニルファールの艦内を視察する。コーヘイも付き合え。勉強になるぞ」
ソフィアさんが口で言った。
「じゃ私が案内するわ」
「それには及ばんよ、レイラ。技術的な話が聞きたいので、ロズダム艦長、誰か適切な人物をお願いできるか」
「ヤルダーをつけよう。航海士兼技術長だ。ヤルダー、案内を頼む」
「了解です、艦長」
レイラを艦橋に残し、ヤルダー航海士が先頭に立ちソフィアさん、クリスチーネさん、オレは艦内を巡視しはじめた。
『マムルークという青年を気にしているようだな』
ソフィアさんがクローズドチャットで脳内通信してきた。
いきなり核心に触れてくるのかよ。マジ容赦ねえ人だな。
『心配するな、コーヘイが考えているような関係ではないよ。レイラとマムルークは』
『はあ、そうなんですか? でもラブラブでハグしてましたやん……』
『あれは家族愛だ。血縁だからな』
『……でも血縁でもいとこ同士なら結婚出来ますやん。ソフィアさん』
『日本はそうなのか。世界には兄弟でも結婚出来る国があるぞ。逆にいとこの結婚は認められない国もあるがな。オルドゥーズの法律がどうなっているかは知らないが、レイラとマムルークは極めて近い血縁だ。結婚は無理だろう』
『……? でも家が違うって……?』
『マムルークはレイラの息子だ。父親がエフテラム家の家督だそうだ』
は?
息子?
なんですとーーーーーー!!!!!!
『心で叫ぶなうるさい。レイラとエフテラム家当主の間に生まれたのがマムルーク。イ・ドゥガンの適合者データベースにも、ナズィ・ニルファールの乗員データベースにも同じ内容の記載がある。コーヘイにも確認できるぞ。ヴァンダー・ドライバーとして登録されたので上位権限が解放されてる。個人情報にアクセス出来る』
マジだ。
マムルークはレイラの子どもとして登録されている。
じゃあレイラっていくつなんだよ!
17歳であんなデカい息子いる……はずはないよな!?
ナズィ・ニルファールのデータベースを
は?
4525歳!?
『それはオルドゥーズ暦だから、地球人換算ではおよそ6千歳だ』
『マムルークも1518歳! 地球人換算で2千歳!』
『そういうことだ。レイラがマムルークを産んだのはジーザスが生誕した頃だ。そんな昔の話だ、気にするな』
気にするなって……。
二千年前からおかあさん……。
二千年前にはもう経験済み……。
「経験済み言うな! ばか!」
ソフィアさんがなぜか顔を赤らめながら口で怒鳴った。
『……こほん。レイラたちは
『不老不死!』
『この情報は
『そんなこと、オレに話していいんですか』
『コーヘイはとっくに知っている。ことになっている。イやレイラと直接繋がっただろ』
『そうか、ヴァンダーモードの時に……。リンクが切れて忘れただけ……?』
『忘れていようがどうが、情報に接触した以上SSSS
「地球人の感覚はわからないけど、僕らにとっては実年齢ってあんまり意味がないことですよ」
と、ヤルダー航海士が割り込む。クローズドチャットでもオルドゥーズ人には傍受されるようだ。
逆にヤルダー航海士の思考はオレたちにはわからないので、口で話している。
「それよりも、そんな短い寿命で不安にならないんですか? よく生きてられますよね」
「不安になるも何も、それが当たり前だから。でもあなたたちオルドゥーズ人から見たら、あたしたちの一生なんて、ウスバカゲロウのようにはかないんだろうね」
クリスチーネさんがつぶやいた。
何千年を生きる不死に近いオルドゥーズ人。100年足らずで死ぬ地球人。
オレは、レイラが、真に、全く異なる世界から来た存在だということを、ようやく本当に理解した。
急激にレイラが遠ざかる。手が届かない。
遥かな星、悠久の時間の彼方にレイラはいる。
オレには
艦内視察は思いのほか時間がかかった。
内部の空間を折り曲げているので見かけの軽く3倍以上の広さがあった。
さらに各船室ごとにも個別に空間拡張しているので、実際には十数倍の容積を持つ。
工場セクションはちょっとしたプラント並みの広さだし、格納庫はドゥガンタイプが4、5体収容できる余裕があった。
食糧エリアでは動植物が育てられていた。
「
生物学者が見たら驚喜するか発狂するか、目がある植物(なのか?)や4本足で歩くタコ頭とか不可思議な形態の生物が多い。
地球とかけ離れたこれらの生物群の進化の先に、地球と同じような人間が知的生命体として生まれるのは謎だ。
レイラとそんな話をしたのはいつのことだっけ。
艦橋に戻り、ナズィの地球離脱プログラムについての検討が始まった。
ロズダム艦長、レイラ、ソフィアさん、クリスチーネさんは艦長室にこもる。
「これを渡しておく」
その直前に、ソフィアさんからスマートウォッチのようなものを渡された。
「新装備パワードブレスだ。
地球離脱プログラムについての検討はUC本部とのやり取りもあるため長くなる。
先にロテルに戻るようソフィアさんに言われ、オレはさっそくパワードブレスで
おお、すげえ。ホントにオレ一人でジャンプ出来たよ。
腹がすいたので、食堂に行くとかあさんがロボメイドに和食を教えていた。
伊庭家伝統のレシピ。おふくろの味だ。
味見がてら、つまみ食いした。
レイラたちがロテルに帰ってきたのは深夜近くだった。食事はナズィ・ニルファールで食べたらしく、そのまま皆自室に戻っていった。
長い日曜日だった。
そして俺のテンションは深海に潜っていた。圧壊だ。
昼間の文化祭まではあんなに楽しかったのに。
また、夢を見た。
長い夢だった。
高校から大学へ、そして就職。
レイラと結婚する。
子どもが次々生まれる。
成長する子どもたち。幸せな家庭の日々。
壮年から中年に、そして子どもたちも小、中、高、大学と進みやがて就職。
子どもたちが結婚したくさんの孫ができる。
やがて、年老い、枯れるように永遠の眠りにつくオレ。
その傍らには、いつまでも若々しく変わらないレイラが。
目が覚めた。
冷や汗をかいていた。
◇◇◇◇
それからしばらく、オレはレイラの前では心理ブロックを最大強化して生活した。
レイラもなにか察したようで、それについて文句は言わず、積極的にオレに接触してくることも控えていた。
「なんか日本の近くに海外の艦隊が集結してるらしいな」
「北朝鮮がミサイルもどきを射ち込んできてるからだろ?」
「なんかそれだけじゃないみたいよ。NATOとかインド海軍とかも遠征してきてるって。ネットじゃ公海上に海底資源が見つかって争奪戦が始まってるとか」
「なんだよ海底資源って。軍艦でそんなの回収出来るんか?」
「知らないわよ。資源採掘船も一緒に来てるんじゃないの? ネットにはそれ以上書いてなかったけど」
ナズィ・ニルファールを狙ってるんだ。
UCはテクノロジーの解析が主要
が、反UC勢力は国の威信を掛けているから逆に危ない。手に入ればよし、手に入らなければ他国にとられる前に破壊しろ。
そんな気配がプンプンだ。
マジで核ミサイルでも射ち込みかねん。
でも、ナズィも数日後には管制
リンクを繋いだオレはニュースのコメンテーターよろしく、世界情勢すら評論出来るのだ。
下校時間。
リムジンでロテルに向かうオレとレイラは後部座席に二人で座っているが、間は見えない壁で仕切られていた。
真ん中を大きく開けて、お互いそっぽを向いて車の外を眺めていた。
運転席のイライザさんも、助手席のソフィアさんも
突然銃撃を受け、タイヤがバーストした。リムジンが傾く。
マルチセンサーに反応はなかった。そして敵が目視出来ない。
「撃たれた!? こっちの
ソフィアさんは口で話した。日本語で。
リンクが急に消えたからだ。
同時にレイラが
前後左右を6台のバイクで囲まれていた。フルボディアーマーな兵士が乗っている軍用バイクだ。
イライザさんがリムジンがスピンするのにカウンターを当てながら、変形シークエンスを起動させるが、飛行モードに移行しない。
「脳内リンクも、モーフィングも妨害されてる!」
「・・・・」
「パワードブレスも動作しないか。
「どういうこと、ソフィアさん!?」
「UCデータベースがハッキングされた。それしか考えられない。そうか、先日の学園テロはこちらの端末と物理接触するのが目的だったんだ。鹵獲した武器等は念入りに調べたが、見落としがあったのか。いや、そもそも検査したのはドロイドだ。検査する前にワームが侵入されていた。あるいは負傷者の中に敵が紛れ込んでいて、医療ドロイドにマルウェアを仕込まれた。いずれにしてもやられた。まんまとOTを奪われた!」
ソフィアさんが己の失態を恥じるのが伝わる。ソフィアさんのせいじゃないと思うけど。
「目標はレイラだ。必ず護るぞ!」
「・・・・」
すぐに気持ちを切り替える。今まさに敵に囲まれているのだ。
さすが職業軍人。すげえメンタル。
リムジンを路肩に停めオレたちは外に出た。
6台のバイクは行き過ぎた後、Uターンして戻ってくる。
ソフィアさんとイライザさんがトランクから細長いスティックを取り出した。
ソフィアさんがスティックのスイッチをスライドさせると、先端から光が伸びた。
「これは使えるんだな」
オレとレイラにも
敵のバイクはもうすぐそこだ。
「わたしたちで食い止める! レイラ、コーヘイを連れてロテルまで跳べ! いざとなればイ・ドゥガンを使っても構わん!」
ソフィアさんが敵へダッシュした。イライザさんが続く。
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