第14話 異なる星の出来事

 日本の周囲では緊張が高まっていた。

 ロシア、中国、アメリカをはじめ、続々と各国の艦隊が集結しつつあった。

 インド軍やイギリス、フランス、スペイン海軍にも極東シフトの動きがみられた。

 アルゼンチン艦隊も太平洋を横断してきているという。


 報道では北朝鮮が核ミサイルの発射テストを繰り返し、同時に尖閣諸島に中国艦隊が接近しているためのけん制であろうと解説されていたが、それにしては規模が大きすぎた。


 日本で何かが起ころうとしている。

 日本に何かがある。


 世界の人々が、漠たる不安をかかえていた。

 当の日本人は、呑気にいつもの日常を暮らしていて、世界から不思議に思われているのだが、それはまた別のお話。



 ナズィ・ニルファールの出現で、一気にバランスが崩れた。


 そもそもOTオルドゥーズ・テクノロジーを独占しているUCアンダーカバーに対しUC参加以外の国家で反UC同盟とでも呼ぶべき動きがあった。


 が、イ・ドゥガンは巨大ロボットという、いわば荒唐無稽、ジャパニメーションや子供向けのカートゥーンに属するような存在で、正直各国とも本気でなにか政治的な介入をするにはやや腰が引けていた面があった。

 個々の要素技術はともかく、あんなふざけた代物に、真面目にかかわったら恥さらしになる。下手をすれば政治生命が終わる。


 そう考える政府首脳が大半だった。

 だから、反UC勢力は自分の手を汚さぬよう、テロ組織をトンネルに使ったりしていたのだ。


 UC側が公表しないのは無益な混乱を避けるためだったが、世界の裏で大衆に知られることなくという点においてUCも反UCも思惑が表面上一致していた。


 どの国も表立っては動かない。


 それに対し、ナズィ・ニルファールは宇宙船……、UCの定義によれば『外宇宙航行型全領域万能格闘戦闘艦Outer Space Fighting Ship with All-Region Combat』であった。

 イ・ドゥガンとは根本的に異なる。誰の目にも明らかな武力。

 見方によっては異星からの侵攻。

 人類史上最大の脅威ともいえる。


 ここに至り、UCも、反UCも、争いの場を表舞台に移した。

 いよいよ本気ファイナルステージに入ったのであった。



◇◇◇◇


 少し時を戻そう。

 文化祭当日。


 永嶺学園高校上空に出現した宇宙戦艦ナズィ・ニルファールは、その後やや山側に移動し、ロテル上空2500メートルに浮かんでいた。


 延長が認められた戦闘フィールドにより、周囲からは失認アムネジア処理されている。


 ナズィには、ロズダム艦長以下ナズィ乗組員クルーは当然として、レイラ、オレ、アンダーガールズからソフィアさん、クリスチーネさんがいた。レイラはメイド服のままだが、二人は一度ロテルに戻って黒スーツに着替えていた。


 とうさん、かあさんとレオノラさん、イライザさんはロテルに戻っている。


 政人とうさん美智子かあさんは講堂で上映された『姫騎士と7人の魔王』の余韻に浸っていたところをリムジンで連れ戻された。


 レオノラさんからレイラの母艦、ナズィ・ニルファールが地球に来た旨を聞くと、美智子がそれはご挨拶に行かなきゃ! とか言い出したが、高度に政治的な状況になってるからちょっと待つのだぞと止められた。


 レオノラさんによる必死の脳内パワーポイントプレゼンで説明して。


 かあさんの暴走はアンダーガールズといえど命がけじゃないと止められないのだった。



 UCのプランNZ-B。


 レイラの母艦ナズィ・ニルファールが出現した場合の想定対応プランは当然複数作成されていた。

 そのうちのソリューションBプランである。


 艦橋下部にある艦長室で、ロズダム艦長、レイラ、ソフィアさん、クリスチーネさんの会談が始まった。


 オレは第一艦橋で待機だ。

 同じく待機の爽やかイケメン、レイラにマイハニーと呼ばれたマムルークが話しかけてきた。


「君がこの星のヴァンダー・ドライバーだってね。レイラを護ってくれてありがとう」


「ああ、うん……」


 オレは歯切れが悪い生返事しか返せない。

 こんなイケメンがオレの恋のライバルなのか。

 逆立ちしたって勝目がないよ。


 マイハニーとか言って抱き合った後もすごく親しげに話していたし。

 オレには見せない心底からの屈託のない笑顔だった。


 ま、まあいたずらっぽい笑顔はオレだけのだけどな! ちくしょー!


「僕はマムルーク・エフテラム・オルドゥーズ。君と同じヴァンダー・ドライバーだ。よろしくね」


 ヴァンダー・ドライバー!


 オレと同じ適合者ってことか。

 ということは、オレはこいつの代わりってことか。地球には適合者が他にいないから、レイラはこいつへの想いをオレにすり替えていた。


 ……だけってこと?


 本当のマイハニーが現れた。だったらオレはもう不要?

 そうなのか? いらないのか?


「オルドゥーズ? そうか、レイラと同じ……」


「そうだよ。オルドゥーズ王家の血筋だ。モルヴァリッド本家ではなく、エフテラム家なので王位継承権では12位だけどね。一応王子」


 あー、王子様か。なるほど王室内での交際ってわけか。

 やんごとなき御方たちだな。

 オレとは住む世界自体が違うんだ


 なんだよちくしょう。はじめっからそういうことだったのか。


「そういえば、回復したとか洗脳がどうとか言ってたけど……?」


「いやあ、あれね、破門候の罠に引っかかってね、ずいぶん迷惑かけちゃったみたいで……。全く覚えてないんだけど」


 マムルークに嘘がないのはわかる。マムルークもオルドゥーズ人なのでナチュラルボーンリンク阻害状態だが、ナズィ・ニルファールのファイルサーバが教えてくれた。


 レイラがいつか話してくれた、破門候に地球に落とされた時の話だ。

 マムルークが今しがた目覚める前の最後の記憶は破門侯の本拠地ザルリンにあと僅かに迫ったところだった。


 イ・ドゥガンに乗り込む少し前に失認アムネジアで意識を乗っ取られたのだ。

 本家失認アムネジアは自我の上書きさえ出来る。


「君……。航平くんは無口だね。同じ適合者ドライバー同士なんだし、もっと親しくなりたいな。レイラもきっと喜ぶよ」


 くそっ、このイケメンめ。

 爽やかすぎておいそれと突っ込めん。

 王子だし。適合者だし。

 これが人間の格の違いというものか。

 なんか言い返したいが、卑屈なことを言ってしまいそうだ。


 オレはいろいろ思い知った。

 結局、オレとレイラは釣り合わないということだ。


 ああ、オレはクソだ。

 どうしようもない、クソだ。


 心で悪態をつくだけ。

 リアルでは何も出来ない。


 オレは心を何重にもブロックした。

 こんなドロドロした自虐的な気持ちを誰にも悟られたくなかった。


 みじめすぎる。



 オレはこの時大事なことに気がついていなかった。

 レイラは、80年近く眠っていた。

 なのに、マムルークはレイラやオレと同じような年齢に見えた。

 よく考えればおかしい。というかありえない。


 が、オレはそれどころではなく、疑問を持つことさえなかった。



◇◇◇◇


 艦長室では、ロズダムが今日までの経緯をレイラに説明していた。口頭で。


 ソフィアとクリスチーネが地球側の立会人として聞いているからだ。

 オルドゥーズ人同士の脳内会話は地球人には傍受出来ない。


 ロズダムによると、破門候により地球ここから2万光年ほど離れた恒星系に飛ばされ、その2番惑星に不時着したという。

 オルドゥーズへの帰還を当然もくろんだが、そのためにはナズィ・ニルファールの大改修が必要だった。


 ナズィ・ニルファールは空中戦艦であって宇宙戦艦ではない。超光速航行用の機関も備えていない。


地球ここ同様、われわれと同じ人間ヒトタイプの原住民が棲んでいたが、漸く鉄の精錬が出来るようになった程度の原始文明レベルだった」


 量子幾何学の萌芽すらまだなかった。もちろんΠ粒子や超弦励起、32次元多重折紙時空、虚空域誘導などには理解がはるかに及ばぬ、ロズダムらにすれば低レベルの未開の民だった。


 だが、ナズィ・ニルファールを宇宙船へ改修するには資材の確保と一定数の技術者が不可欠だ。ロズダムたちは原住民の街のいくつかに教育機関を作り、手分けして見込みがありそうな者にオルドゥーズ技術を教え、文明の進歩を加速した。


 およそ5百公転周期の時間がかかったが、それでも予想よりは早く資源採掘、調達物流、生産加工の技術サイクルが組み上がり、技術者メカニックマン等人的資源も必要数が確保出来、ナズィ・ニルファールの改修にとりかかった。


「ナズィ・ニルファールを外宇宙航行可能な宇宙船に改造する一方、イ・ドゥガンの固有波の超光速スキャナーを開発し、レイラの4次元時空座標を特定することが出来たのがつい先日だ」


「さすが艦長。現地調達は得意ね。でも、その2番惑星とやらは今どうなっているの?」


「2番惑星……。原住民はエクスアーカディアと呼んでいたが、経済が大幅に発展する一方環境破壊が進み、また軍拡と古典的帝国主義がはびこり紛争が絶えなくなった」


「ありがちな。やっぱり技術と思想のレベルに致命的な齟齬が生じたのね。だから他文明への干渉は禁忌になってるのに」


「仕方なかろう。われわれが歴史を加速させてしまったのは緊急措置だ。だからリンクをおまけで付与したのだ。原住民同士分かり合えれば争いは収まると思ったが、むしろ本音がむき出しになって状況が悪化した。解せぬ」


「対応は?」


幻甲人グルバタンを12体ほど作って置いて来た。彼ら同士の戦争を阻むとともに、彼らの共通の敵となるよう邪悪なイメージも流布した。敵の敵は味方で、より強大な敵が現れれば、彼ら同士の覇権戦争などやってる場合じゃなくなる。いずれ彼らが一つにまとまれば幻甲人グルバタンは自動的に消滅するようプログラムしておいた」


「さすが艦長。ブラックな対応ね」


「姫、そんなに褒められても」


「いや、褒めてないわよ。あきれているの」


「ああ、そういえばエクスアーカディアではもともと魔法、精神ナノチューブとΠ粒子の相互干渉という原理自体は知らないが、が発達していた。異時空間とのホールもΠ粒子で生成できるほどに。地球ここともホールがつながっていて、そのおかげでレイラを早く見つけられたんだが、もしかしたらこの星からエクスアーカディアに肉体的か精神的かに跳んだ人間ヒトがいるのかもしれないな」


「その話を含めてだけど、ちょっと変よね。どうしてそんなに都合よく人型の知的生命がいる星の近くにお互い落とされたのかしら? でたらめってわけではなさそう。破門候の思惑を感じるわ」


「それはワシも思っていたところだ。破門候はオルドゥーズのながい午後、『百億の昼と千億の夜』を終わらせようとしてるのかもな。若い、天然ナチュラル人間ヒトに我々には理解できない何かを期待しているのかもしれない」


地球ここやエクスアーカディアなど、宇宙に点在する原始知性体の進歩の加速なのかもしれないわね。だとしたら、私たちはまんまと乗せられたということかしら? 結局だましあいに勝ったのは破門候なのかしら?」


「だとして、姫はどうする? そっちの嬢ちゃん方も聞きたがっているが、今のナズィならオルドゥーズまでひとっとびだぞ」


「ひとっとびって……。体感ではそうだけど、実際には時間遡行だから。1万光年の距離は光速で1万年かかる。けれど、同時に1万年の時をさかのぼれば瞬間移動しているのと同じ。だけど、神の目の視点での絶対時間はそもそもの1万年に時空を遡行するマイナス1万年の絶対値の合計、つまり実は2万年かかる亜光速飛行。紙に書いた線を折り曲げて起点と終点をあわせるだけのまやかし。本来は短距離跳躍ジャンプで使う折紙フォールド航法を無理やり長距離移動に使ったのよね」


「オルドゥーズでは真の超光速航法がご法度タブーだから、疑似超光速である折紙フォールド航法機関しか建造出来なかったんだ。さすがに非公開技術の再現は無理だ」


「ナズィのデータベースに登録されてないものは、でしょう? 相変わらず無茶するわね」


 折紙フォールド機関はイにも積んでいる。ヴァンダーモード時しか使えないが。

 レイラの短距離跳躍ジャンプも原理は同じだ。生身ゆえ跳躍距離は限られる。


「レイラ、オルドゥーズに戻るのか?」


 それまで黙って聞いていたソフィアが口を開いた。


「いいえ、今は戻らないわ」


は?」


「ロズダム艦長たちがエクスアーカディアで行ったことと同様、私とイはこの星に強く干渉してしまった。その責任があるわ」


「それはありがたいな。帰ると言われると、ソリューションAプログラムに移行することになっていた」


「……ソリューションAプログラムの詳細は聞かないことにするわ」


「姫、破門候はどうする?」


「破門候が破門王に即位すれば、彼の方からやってくるわ。ここの座標は破門候は既知なのだから。それが来ていないということは」


「決着がついていないか、我らが破門候に勝ったかのいずれか、ということだな」


「艦長、あなた方はナズィ・ニルファールでオルドゥーズへ帰還して。私たちの干渉は、この星を不幸にする可能性が高いわ。破門候の策略にこれ以上関わるのは危険よ」


「イ・ドゥガンはどうするんだ? 起動キィは姫に固定されているからなあ。持って帰っても使えんが」


「イは残して。流石に丸腰では不安」


「航平とイ・ヴァンダーになれないしな」


 レイラが真っ赤になった。


「どどどどうしてここで航平なのななな何言ってるのかかか艦長そそそそんなことこれっぽっちも考えてなかったわ!」

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