第5話 アンダーカバー

 教室でかばんを引き取り校庭に出て来ても、まだ多くの生徒が殺気だったまま待ち構えていた。


 こいつはヤバい、と思うや否や、オレの手を取ったままのレイラが


「私、レイラ・モルヴァリッド・オルドゥーズは、瀧本航平くんと清く正しく交際することを、ここに宣言いたします!」


 と、その場の全員に届く澄み渡る声できっぱり言い放った。


 は?


 いや、そんなん聞いてないんですけど?

 いやいや、承知した覚えもないんですけど?

 いやいやいや、受け入れるってそんなこっちゃないですよね?

 パイロットのバディ契約だったはずですよねー。レイラさーん!?


 そして航平オレに悪意を抱くことはレイラわたしに悪意を抱くことと同じと言い切った。


「なぜならば、私と航平は一心同体! なのだから、です!」


 オレを含めてその場の一同、全員の頭が真っ白になった。


 まだ一団に混じってた宮野テンタが頭から湯気立てながら色気づきおってばかものー! とかなんとか叫びながら近づいて来たが、


「素晴らしきかな青春! 男女交際大いに結構! 結構! ただし節度は守ってください、ね。先ほどの潔い宣言どおり、清く正しくでお願いしますね」


 と再びどこかしらから現れた永嶺校長の言によりあっさり学校公認になった。


 って校長こんなキャラでしたっけ?

 ってオレの承諾とかそんなん無視ですかそうですか。


 オレは心で泣いた。ちょっとだけ。


 怒涛の急展開にあっけに取られてるうちにレイラに手を曳かれて校門を出ると、さっき去って行ったはずの国産リムジンがそこで待っていた。


 レイラの送迎車だから待ってて当たり前っちゃ当たり前なんだけど、なんだか行ったり来たり忙しいな。

 黒ずくめの英語のおねえさんは、今は運転席と助手席の2人だけだった。


 オレはまたレイラに後部座席に押し込まれ、そのままリムジンは丘の上に走りだした。


 あのー、オレのウチ反対なんですけど……。


 助手席のサングラスのおねえさんが日本語で話しかけてきた。

  

「瀧本航平くん。君は今日からレイラと一緒に暮らしてもらうわ」


 なんだよもう、レイラ並みに日本語流暢じゃん。はじめから日本語で話してくれよ。

 と思ったのが先で、遅れて言葉の意味を理解する。


 はい?


 なんですとー!?


「意味わかんないんですけど!?」


「えーと、日本語に翻訳されてるはずね。壊れたわけじゃないよね?」


「いや、日本語はちゃんと聞こえてますが、言ってる意味が分からないっす!」


「ああよかった。じゃ、言ったとおりの意味よ。これから先『ロテル』に住んでもらうから」


 すぐにホテルみたいなレイラの屋敷に着き、黒ずくめのおねえさんの残りの2人が玄関で待ちかまえていた。


 オレは待っていたおねえさんの一人に付き添われ、というかほとんど拉致されるようにして屋敷の一室に通された。


 デカイ円卓のある部屋だった。料亭?


 おねえさんはすぐ出ていき、オレは一人で取り残された。扉は鍵を掛けられていた。半ば途方に暮れつつ椅子に座ってくるくる回ったり、剣道の素振りをしたりしてみた。


 じっとしてたら不安だった。なんだよこれ。


 しばらくすると、リムジンの中で日本語で話しかけてきたサングラスのおねえさんが入ってきた。


「瀧本航平くん、わたしは作戦名コードネームソフィア。UCへようこそ。歓迎するわ」


 お姉さんはサングラスを取って日本語で名乗った。

 目付きはきつめだが、かなりの美人さんだった。おおお。

 スーツの胸もパツパツだ。デカイぞこれは。


 いや、今気にすべきはそこじゃない。


 コードネーム?


 UCってなんだよ?


 そういえばレイラもそんなこと言ってたな……。


「これを着けて。そのほうが早い」


 オレはブルートゥースの片耳レシーバーのような小さな装置を渡された。


 耳につけると、いきなり知識と経験が流れ込んできた。


 あ、これはイ・ヴァンダーとリンクした時と同じ感覚だ。

 ただあの時よりも繋がりの感触は細く、知識の範囲もかなり狭い感じだけど。


『これはレイラたち異星の科学技術、OTオルドゥーズテクノロジーを利用してUCが作ったガジェットのひとつ。LRリンクレシーバー。装着者同士の思考を共有化したり、UCのメインサーバーともダイレクトリンクできるわ。アクセス権限設定はあるけれど』


 ソフィアさんの思考が直接脳に入ってくる。テレパシー?


 ソフィアさんはどうやらフランス語で考えているようだが、オレには日本語に変換されて意味が伝わっていた。


 翻訳というより、思考や概念が直で届く感じだ。


 レイラとイ・ドゥガンが外宇宙からやってきた、異星オルドゥーズの生まれであることを知っても、オレは全く驚かなかった。


 当然のことのように素直に理解出来た。


 そりゃそうだ。

 今日の体験は鮮烈だった。


 空を割って出現し、変形する巨大ロボなんて、現代科学で造り出せるわけがない。

 敵も虹色のプラズマが形になった巨大ロボで、その実体は卵型の機械。


 そんなの、どこかの国が開発した秘密兵器でした、なんていわれるより宇宙人がもたらしたオーバーテクノロジー、の方がまだ素直に受け入れられるよな。


 そりゃ最先端の軍事技術は秘密にされているとはいえ、どう考えたって現代の地球の科学技術の延長線にはない。ぶっ飛びすぎてる。


 そっかあ、レイラは宇宙人かあ。


 それでもどこかばかげているような気もするが、オレがやけに素直に納得出来たのは、LRでソフィアさんと思考を共有しているせいなのかも知れなかった。


 情報は、止むことなく次々にオレに流れ込んで来た。ソフィアさんだけじゃなく、一部はもっと上位の権限からも送られて来ているようだった。

 メインサーバーの知識ストレージかな?


 UCアンダーカバー


 それは、日本を含む先進主要諸国と世界的大企業が協力して結成した、裏の国際組織。


 より正確には、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、インド、日本の各政府と、世界財団ストーンヒューラー、並びに国際IT企業メトロン・インダストリアルの出資により結成された超法規的秘密結社である。


 OTの平和的利用により紛争や飢餓をなくし、世界に更なる繁栄をもたらすことを表向きの目的にしている。


 それは大義名分であり公式見解であるのはさすがにオレでもわかった。秘密結社の公式見解というのもアレだが、裏社会にも仁義は必要だ。


 OTがテロリストや悪意のある組織の手に落ちたら、行く末は明らかだ。

 イ・ドゥガンやイ・ヴァンダーが敵になったら、間違いなくこの世は終わる。人類最終兵器である戦略核を束にしても絶対に勝てない。


 LRによって、英語やフランス語はもちろん、オルドゥーズ語さえ難なく今のオレには理解出来る。

 ソフィアさんがフランス語で思考しているのが認識出来ていて、けれどまるで日本語のようにすらすら頭に入ってくる。


 思考しただけでいちいち喋らなくても理解出来るというのは凄い。教育の劇的革命だ。

 識字率の劇的向上。言語の壁を超えた異文化交流の劇的推進。これは世界平和の最短ルートでもある。


 LR以外の、人工知能とか斥力制御とかモーフィング装甲とかエネルギー変換炉とか自律型ロボットとか自己修復とかプラズマ実体化とか空間跳躍とか超電磁バリアとか。


 あれやこれやのOTが拡散すれば世界は根底から革命される。

 あまりに劇的すぎて、古い価値観の人々はついてこれないかもしれない。


 最悪は既得権益の旧世代社会と、新世代の間で争いが起きてしまうかもしれない。第三次世界大戦の勃発だ。そうならないように適切に表の社会に新技術を緩やかに届ける。


 UC本部はインド洋のオルドゥーズ都市王国とされている島にあり、そこで基礎的な研究を行い、得られたサンプルやデータを技術顧問機関である国際ITコングロマリット、メトロン・インダストリアル社の特殊研究本部に送り徐々に製品化している。


 とはいえ、UCは恒久平和の実現を楽観的に期待しているわけではない。

 人間はどこまでいっても所詮俗物だ。

 それを承知した上の秘密組織なのだ。

 大義名分とはそういうことだ。


 UCは理想主義から生まれたものではない。もっと現実的だ。

 OTは儲かる。OTによって今の経済・社会システムは全て旧世代の遺物になり、全く新しい秩序が生まれる。

 その新しい世界のリーダーたるのが、UCのポジションだ。


 とりわけ、変換炉マルチリアクターは、油田や原子力を無価値にする。

 OTが広まれば、産油国の位置づけや電源開発を主たる業域にしている国際的企業は、存在理由の転換を余儀なくされる。


 そのため、既に水面下では反UCの動きが中東、ロシア、東欧、中国、オセアニア、南米、アフリカなどの地域で活発化していた。


 蛇の道は蛇。

 こんなデカい話はいくら隠蔽しても洩れる。UCの存在はとうに国際社会にバレているのだ。


 レイラが転校してくる以前から、ロテルと学園は反UC勢力にマークされていた。

 というか、実際もう何度もUCと反UCの小競り合いはこの街を舞台に起きていた。


 そのたびに記憶操作が行われている。


 記憶操作といってもいわゆる薬物を使った洗脳ではない。

 OTの一つ、失認技術アムネジアで認識をずらす、つまり勘違いさせている。


 校庭に降りた空飛ぶリムジンに誰も気がつかなかったのも、失認技術アムネジアによるものだった。


 OTは世界を根底から革命する。それは間違いない。

 だが、緩やかにかつ計画的にOTを浸透させていかなければ、大混乱に陥り、ひいては戦争が勃発しかねないのもまた事実だ。


 情報のコントロールのため、UCのような組織が必要なのは航平にもわかった。

 現代史とか政治経済は苦手なのに、すらすら理解できる。


 LRさまさまだ。

 これで社会の赤点はなしだね! やったねオレ!


『航平くん、君はイ・ヴァンダーの適合者に選ばれた。UCわれわれは必要としていたのだ、真なる騎士ヴァンダーの力を』


 なるほど。


 ソフィアさんがこれまでの経緯を強く意識したので、オレにもその辺りの事情が伝わった。


 地球落着後、幾度となくイ・ドゥガンはあの幻甲人グルバタンの攻撃を受けた。

 レイラの敵がドゥガン共々レイラを地球に落とした際、あの卵状のカプセルも数多くこの太陽系にバラまかれていたのだ。


 つまりあれもOTだ。宇宙の彼方からレイラを追いかけてきた敵だ。


 卵に書き込まれているのいるのは今のところ機甲兵アミールのコピーにすぎず、イにダメージを与えるような敵ではない。


 レイラは呪いと称したが、の悪い嫌がらせという程度の意味だった。

 いじめっ子かよ……。メンドクサそうなやっちゃなあ。


 プラズマの固定化にはリミットがあるので30分程度で勝手に消える。

 が、UC……、というか地球人にとっては恐るべき脅威であった。


 反UC勢力どころじゃない。本物のエイリアンメカだもんね。


 今のところはなぜか1体ずつ孵化して来るが、世界各地で一斉に幻甲人グルバタンが出現でもしたらいかなイ・ドゥガンといえど対応しきれない。


 こちらの重機甲兵アル・アミールは1体のみ。そしてイなしの現有兵器で幻甲人グルバタン相手に30分持ちこたえることなど不可能。


 UCは、幻甲人グルバタンの脅威を根絶したかった。


 そのためには、イの真なる姿であるヴァンダーモードを起動するのが最善にして唯一の手段であるとレイラが提案した。


 イ・ヴァンダーは、操縦者のスペックを取り込み進化する。

 そして最強状態となったイ・ヴァンダーは瞬間移動すら可能とする。マルチロックで無数の敵を同時殲滅しうる決戦兵器でもある。地球のどこに幻甲人グルバタンが何体現れようが対応可能だ。


 しかし、ヴァンダーモードはドゥガンモードとは違い、レイラ一人では起動しない。

 もう一人の適合者が必要であった。


 イ・ヴァンダーの顕現には、操縦者が二人揃わなければならない。


 そして、地球人にヴァンダーモードの適合者が潜在していることは、イ・ドゥガンが外宇宙速度で惑星間を飛んでいた頃の走査スウィープで明らかになっていた。


 後は現時点での適合者を探すだけであった。


UCわれわれはイ・ドゥガンから得られた事前調査結果から7カ月前に君を見つけた。その後は今日を迎える準備をずっと進めていた』


 あ、オレの隣が1学期から空いてたのはそのせいか。

 学園もグルだったのね。


 その頃学園理事にUCの息の掛かった財団が就任したのか……。


 そら永嶺校長も逆らえんな。

 昨日体育館をあっさり借りられたのもそのせいか。


 裏社会、怖っ。


 LRで大人の事情を垣間知る航平であった。


 今更だけどソフィアさんLR着けてないよね? なんで?


『LRをしばらく装着していると、リンク回路が脳神経内に形成されて、ガジェット自体は要らなくなるのよ。あくまでもサポートメカだから』


 そういうことか。


『航平くん、君は選ばれた。そしてもう後戻りはできない。UCの一員として期待しているわ』


 うーん、なんかちょっと胡散臭いけどなあ。


『あ、胡散臭いと思ってるな』


 いかん、バレバレだ。

 でも、ソフィアさん自身の本心は読めないなあ……。なんで?


『わたしは軍人として精神の鍛錬をしているからね。そうやすやすと女の本音をわかられてたまるもんですか』


 ソフィアはニッと笑った。ああ、この人笑うと可愛いんだ。冷たい系の美人だと思っていたけど……。


 突然ソフィアさんが顔を赤らめた。


 その瞬間、オレの脳内に何か淡いピンク色の思い出がちらっと覗いたが、すぐに掻き消えた。


 今の何?


追求しないJe ne vais pas le poursuivre!」


 ソフィアさんがぴしりと言った。口で。フランス語で。


『ともあれ、君はレイラやわたしたちと運命をともにするしかないのよ。これは決定事項』


「嫌だと言ったらどうなるの?」


 今度はソフィアさんは冷たい笑いを浮かべた。


 薬物……拷問……洗脳……家族友人の生命の危機……反社会的勢力のレッテル……情報操作……逃亡者……どこまでも追い続ける国家権力……死に至るまで……。


「わかりました協力します」


 否も応もなかった。ガチ怖いわ秘密結社。


『ありがとう。歓迎するわ。コードネーム・コーヘイ』


 そのまんまやんと思いつつも、オレはソフィアさんと握手した。

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