第17話 無血開城

「すまない。レイラを護るのが最優先事項だったのに」


 ソフィアさんが頭を下げるけど、むしろモーフィング装甲を持ち斥力制御で空を飛ぶOTの塊のリムジン相手によく逃げ切れたと思う。


「・・・・」


 イライザさんはこんな時でも変わらず無表情だ。


「仕方ないぞ。リムジンを物理的に奪取されるとは思わなかったぞ」


 オレもそう思ってたよレオノラさん。


「ソフィア、反UC勢力にとってもレイラは貴重な存在っす。それに、もしレイラになにかあったらイ・ドゥガンやオルドゥーズ人が黙ってないっす。相手もよく分かってるっすよ」


 クリスチーネさんさすがににゃーはやめるんだ。


「それに、どっちが脅されてるのかよくわからないぞ。奴ら、ジョーカーババを引いたことに気がついてないんだぞ」


 確かに。オルドゥーズ人がその気になれば反UC勢力などあっという間に殲滅してしまうだろう。


「でも困ったわね。これじゃご飯も食べられないし、寝るところもないわ。あのお風呂がなくなっちゃうなんて、何を楽しみにしたらいいのかしら」


 かあさんが無残な姿になったロテルを見ながらため息をつく。いや問題はそこじゃないから。


「かあさん、ロテルの心配よりレイラを助けに行かなきゃ!」


「まあ待て、コーヘイ。OTが回復しないとこちらに打ち手がない」


 手持ちの光剣ビームスパッドのほかは、ロテルのOTは奪取されたか動かないかだし、他に周りにあるものといえば爆発で大破した戦闘装甲車の残骸、ローターが折れて横倒しになったヘリ。バイクは2、3台は使えそうだが、確かにこれでは救いに行くも何もない。


 ソフィアさんのスマホが鳴った。


はい……Yes ... それで対応は? so what's the response? はい、そうですかYes, sir.


 ソフィアさんが英語で話している。


再起動Reboot?? カウントダウンですねCountdown.了解しましたCopy that.


「みんな、カウントダウン後にUCデータベースが再起動する。念のため目と耳をふさげ!」


 ソフィアさんのスマホからカウントが聞こえてきた。


『Five、four、three、two、one……』


 カーンという軽い衝撃が脳内に響き、リンクが回復したのが分かった。


『脳内回路はどうだ。問題ないか』


 ソフィアさんに全員が問題なしと返す。


『まずはロテルの復旧だ。ドロイドも再起動している。周辺に失認アムネジアを展開、情報漏洩に備える』


『もうハッキングは大丈夫なんですか』


 オレはソフィアさんに尋ねた。


『基幹プログラムがアップデートされた。ネットワークもプライマリに切り替わった。奪取されたリムジンとトレーラーは古いネットワークごと切り離した。セキュリティパッチでバックドアも潰した。当面は大丈夫だろう』


『プライマリに切り替えたってことは、地下設備が使えるってことにゃ?』


 にゃ、早くも復活。


『ああ、レイラの進言どおり、上がネットワークを二重構成にしてくれていて助かった。プライマリ切り替えと同時にロテル地下設備の使用許可が下りた』


『どういうこと? ソフィアさん』


『敵がハッキングしたのは漏れてもいい方のデータベースだったってことだよ。人間、お宝を見つけたら、その奥に本当のお宝があるとはなかなか思わないもんさ。に勝ったってことだよ』


 光剣ビームスパッドやパーソナルバリアが無効化されなかったのはそのせいか。プライマリ側にネットワークされたOTなんだ。


 がごん、とロテル(の残骸)が震動した。

 その途端、ロテルの周囲の地面が大きくスライドする。壊れたロテルが地下に収容され、新しいロテルが地下からせり上がってきた。


 はあ!?


『学園のスペアがあるんだ。ロテルのスペアも当然ある。それだけじゃなくて……』


 地面が元のとおりスライドすると、作業ドロイドが玄関前の隠しエレベータからわらわらと出てきた。ええ、何体あるんだよ……。ざっと50体ぐらい?

 ヘリや装甲戦闘車の残骸をバラして回収すると同時に、燃えた林やえぐれた地面などを復旧していく。樹木までストックがあるんかい。


『ま、この林の半分くらいはプラスティック製のダミーなんだがね』


 知らんかったよ……。


『まだある』


 作業を終え、作業ドロイドたちが地下に戻るのと入れ替わりに、スポーツカーが3台出てきた。


 オレ、これネットで見たことある!

 イギリス製の公道レーシングカー。1台1億円以上するすげえ車!

 最高速度340キロ、4リッターV8ミッドシップだ。

 超カッコいい!


 てか、こんなのあったらさっさと使えばよかったんじゃ。


『プライマリネットワークの使用承認が出るまで失認アムネジアで忘れていたからな。敵を騙すにはまず味方から、だよ』


 UCの隠蔽体質、ホンマにおそるべし。


「あっという間に元通りになったわね! よかったわ。で何あの車、高そうね」


 かあさんが相変わらず呑気な感想をつぶやいている。いや、1台1億円だから。高そうなんてもんじゃないから。


「全員パワードブレス、アサルト装備!」


 ソフィアさんが左手を上に伸ばす。


 あれやるんすか……。


「あたし、それ貰ってないけど」


「美智子さんは戦闘員じゃないのでありません!」


 そう。忘れがちになるがソフィアさんの言うとおり、かあさんはUCの戦闘員じゃない。戦闘員より戦闘員だけど。


「えー、航平だって付けてるのに……」


「コーヘイは戦闘員です! そして美智子さんはお留守番です! 本来、護られる立場なんですから!」


「レイラちゃん助けに行くんでしょ。あたしだって行きたいわ」


 いや、たしかに頼りになるけど。オレなんかよりうんと強いけど。

 でも。


「かあさん。オレが行く。絶対にレイラを助けて戻る。だから、任せてくれ」


「航平……」


 かあさんは俺の顔を正面から見た。

 オレもかあさんを見る。

 かあさんが、にっこり笑った。


「もやもやが晴れたようね。わかったわ、これを持っていきなさい。光剣ビームスパッドと合わせて二刀流よ」


 かあさんから愛用の木刀を受け取った。つかに『虎』と筆書きしてある。

 元はじいちゃんのだ。

 折ったりなくしたりしたら怒られる程度では済まないな。

 無傷で持ってかえれってことか。


「ありがとう、かあさん!」


「えー、コホン。ではあらためて、全員パワードブレス、アサルト装備!」


 オレとアンダーガールズ全員が左手を高く上げる。


「装着!」


 オレたちの着ている服がジャンプで消える。目くらましで発光するので裸は見えない、念のため。

 同時にパワードブレスに認証されたパーソナルコンバットスーツが全身に装着される。


 パワードブレスのマニュアルで知ってたけど、この装備、どう見ても……。


 特撮戦隊ヒーローだよ! ゼッタイUCのデザイナーにジャパンおたくがいるだろ!

 ご丁寧に装着完了直後、各部のスリットが光るんだぜ。ヘルメットの目の部分も!


「装着完了! 搭乗!」


 いや、変なブロックサインみたいな動きしながら搭乗ってなんだよソフィアさん。普通に乗車でいいだろ。日本語おかしいよ。


 スーパーカーは二人乗りクーペだ。ソフィアさんとオレ、クリスチーネさんとレオノラさん、3台目はイライザさんだけ。

 帰りはレイラを乗せるから、座席数でもかあさんは連れていけない。

 車高が低いのでちゃんと乗れるのか心配だったけど、ガルウィングドアががばっと天井まで開くし、前後左右はかなり余裕がある。インテリアに施されたオレンジのアクセントラインがいやがうえにもレーシング感を醸し出す。

 かっこよすぎだろこれ! すごいぜUC!


「発進!」


 ソフィアさんがオーバーアクション気味に腕を振り下ろす。


「晩御飯までには帰るのよ~」


 友だちんに遊びに行くんじゃないよ! かあさん!

 で発進じゃなくて出発でいいだろ、ソフィアさん!

 もしかしてこのコンバットスーツ、ソフィアさんがデザインしたのでは!?


 スーパーカーは縦一列で走り出す。銃撃や爆発で穴だらけになった道路だが、ドロイドたちがすでに平坦に仕上げたのでスムーズだ。


 加速すると同時にモーフィング変形が始まる。失認が解除され、プライマリネットワークにアクセス出来ているのでオレにもこの知識がある。ので驚かない。

 変形完了と同時に離陸する。スーパーフライトカーだ。


『かなり離れているな。連続ジャンプを使ったようだ』


 レイラの位置は分かっている。日本の領海を越えた海上だ。ニュースで見た艦隊かな?


 それにしても、ナズィ・ニルファールの動きがない。イ・ドゥガンも動かないから、レイラの危機とは認識していないのだろうか。


 ナズィ・ニルファールはレイラの保護と、今後も超光速通信で連絡を取るため、人工知能AIのバックアップをUC本部にダウンロードしている。

 UCから物資補給した見返りでもある。釣り合っていないように思うが、オルドゥーズ人はあまり気にしていないようだ。イ・ドゥガン同様、『啓蒙』の一種と考えているのかもしれない。

 地球技術でメンテの必要があるため、量子コンピュータを並列に繋いだサーバにデータを落としているのだが、まだ終わらない。

 それで動けない、ということもある。


 まあ、実際危機とは言えないしな。

 もう繋がっているからわかる。

 レイラは、反UC勢力がどういうものか、自分の目で確かめたかったんだ。

 反UC勢力のことは、UC側から聞いてるだけだからな。


 あれだ。公平な評価のために両方から意見を聞くってやつだ。

 オルドゥーズ人にしたら、惑星ひとつが200もの国に分かれてること自体、理解しがたいようだからな。


 まあ、オレもなんでそんなに分かれているのと聞かれても答えられんけど。

 地理的なこととか、思想とか、宗教とか、文化とか、民族とか、歴史とかのせいかな?

 知らんけど。


失認アムネジア処理の後、転移ジャンプする。到着即戦闘になる可能性が高い。各自準備』


 オレは光剣と木刀を両手に握りしめた。



 洋上に軍艦が浮かんでいる。端に建っている艦橋。大きく平たい上甲板には滑走路が描いてあり、先端がジャンプ台のように上に曲がっている。

 空母だ。

 甲板にリムジン4台とトレーラーがある。艦上戦闘機に混じって自動車が飛行甲板に停車しているのは違和感バリバリな光景だ。


 オレたちは空母後方約1キロメートル、高度約500メートルのポイントにジャンプアウトした。


 特段の反応はない。失認アムネジアはステルス機能を含んでいるので、レーダーにも探知されない。


 強硬策で空母に着艦しようとしたとき、レイラからオープンチャンネルで脳内に思考が届いた。


『迎えに来てくれたのね。じゃあ帰ります』


 は?


『航平、こっちのお話は済んだよ』


 え?


 レイラが空母の甲板に出てきた。手を振っている。枷は外れているようだ。チョーカーも着けていない。そして他の乗員は出てこない。どういうこっちゃ?


『みんな寝てるから大丈夫よ』


 オレたちはすみやかに着艦し、レイラをイライザさんのスーパーカーに乗せた。

 リムジンとトレーラーをプライマリネットワークに切り替える。

 UC本部に連絡し、古いネットワークを停止してもらった。もう偽装する必要がないからね。


 えらいあっさり奪還出来たな。肩透かしとはこのことか。

 でもまあ、戦争は怖い。パーソナルコンバットスーツを着たとはいえ、生身で銃と戦うのはこりごりだ。

 無血開城なら、それでよし。


 リムジンはモーフィングでコンパクト化し、4台ともトレーラーに収納する。

 トレーラーにクリスチーネさんが乗り、飛行形態に変形して全車ロテルへの帰路についた。


『何がどうなったんだよ?』


『航平。空母に作戦の責任者がいたわ。複数国の連合組織だったけど、主に主導権を握っていたのはの国。責任者もの国の人だったわ。オルドゥーズに対してどのような考え方をしているのか興味があったので、話をしてみたの』


『反UC勢力の主張の確認か』


『まあね、ソフィア。UCは私を反UC勢力に会わせようとはしないから、いい機会だと思ったのよ』


『そりゃそうだろ。SSSS機密だ。約束どおりOTの情報は各国に提供するが、レイラ自身は我々が護る』


『それは感謝しているわ。なのにだますようなことをしてごめんなさい。航平にも心配かけたわね』


 わざと捕まったってことか。


『で、どうだったんだ?』


『序列秩序が厳格な一つの組織が統治する覇権思想は、オルドゥーズ星王家せいおうけに似ているわ。形式主義こそが本質で、蛮族を礼で染めて人とするという考え方も、オルドゥーズ人と同じかもしれない。権力争奪型でも権力独占型でもなく、礼によって協力し合うのが政治制度であるという思想も、本当にそのとおり実践出来れば一つの理想だわ。でも、の国の実態は全然違ってた。本音は自分の利益のためで他人は蹴落とすもの。全体に奉仕するなんてただの建前。矛盾と不満だらけの国。だから仮想敵を作ることでその矛盾や不満を抑え込んでる。いつも誰かに怒っていないと成り立たない国ね』


『どの国も多かれ少なかれその傾向はあると思うぞ』


『でも異文化は敵だから認めないってことはないでしょ? 逆に航平の国はその点すごいよね。なんでも吸収して、いつの間にかおかしなカルチャーを創り出しちゃう』


 宇宙人からも驚かれる日本文化の多様性!

 まあ、アニメや漫画に限っても世界に誇るHENTAIだからなあ。

 日本文化=変態文化といわれても否定出来ん。


『この世界が多くの国に分かれている理由が分かったような気がするわ。それだけが収穫かな』


『そうか。でも、あんまり無茶しないでくれ。心臓に悪い』


『あら、持病があったの? ソフィア』


『茶化すな』


 レイラによれば、圧縮爆弾のチョーカーは、着けられたときに中身をジャンプでバラして捨てたそうだ。そしてレイラのジャンプを警戒しなかったのは、UCネットワークを完全掌握したのでレイラのを含め全てのOTを無効化出来たと思い込んだからだ。

 古いネットワークに偽のレスポンス情報を返させたのだ。

 失認アムネジアについても同様に無効化出来てると勘違いしていたため、責任者以下空母の乗組員は警戒しておらず、強めのオルドゥーズバージョンにより全員意識を喪失したそうだ。


 それ、寝てるんじゃなくて気絶では!?


 連続ジャンプでロテル上空まで戻るや否や、緊急通信が割り込んだ。UC本部からだ。ソフィアさん宛てのクローズド通信なので、ソフィアさん以外の脳内回線が一旦切れる。


「ナズィ・ニルファールがどこかに空間転移していなくなった! UCのセンサーでは追跡出来ないとのことだ」


 本部からの通信を受けたソフィアさんが口で通話する。脳内回線が切れているので、スマートスピーカーを使って車間会話している。


「ダウンロードは?」


「終わったそうだ。終了した途端にナズィ・ニルファールがジャンプした。彼ら、約束は守ったということのようなんだが。……レイラ!」


「わかってるわ。来い、イ・ドゥガン!」


 ロテル上空が割れる。亜空間からイ・ドゥガンが出現する。


「航平、ジャンプよ!」


 レイラと違う車に乗っているオレは、パワードブレスで単身イ・ドゥガンのコクピットに跳んだ。

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