気がつけば異世界~ゲーム知識とDIYスキルで辺境スローライフを送っていたら、いつの間にか伝説の大賢者と勘違いされていた件

謙虚なサークル

第1話気が付けば異世界

「くはぁー……今日も疲れたなぁー……」


 パキパキと首を鳴らしながら靴を脱いで部屋へと入る。

 手洗いうがいの後にシャワーを浴び、くつろげる格好になった俺は冷凍庫に入れていた野菜と肉を皿に盛り、適当に味付けしてレンジにかける。

 レンジで解凍しながら混ぜてやると、簡単手軽にそこそこ美味しい料理が出来上がるのだ。

 食べ終えた皿を軽く洗い、食洗機に入れてスイッチオン。

 しばらくするとぐぉんぐぉんと音が聞こえ始めた。


「よし、昨日の仕事はこれで終わり。お疲れ、俺。今日も一日よくがんばった」


 時計を見ると午後八時、大体いつもの時間である。

 以前働いていた会社はいわゆるブラック企業で、帰ってくるのは午前0時を回るのが日常だったが、身体を壊して退職し、今は工場で働いている。

 給料は下がったしブルーワークとか言って馬鹿にされる時もあるが、鉄やらアルミやらを削って色々な物を作るのは意外とやり甲斐もあるし、基本決まった時間に帰れるのは最高だ。

 今の電気製品は非常に優秀で、しっかり働いて家事をこなしてもまだ十分遊ぶ時間がある。

 人間、しっかり寝て、食べて、働いて、遊ばないとな。これも文明の利器様々だ。


「そして寝るまでは遊ぶターンだ。ゲームやるぞー」


 何せ今日は絶賛やり込み中のゲーム、『ワールドクラフト』の大型アップデートの日である。

 このゲームは一見普通のRPGだが、ゲーム中で非常にリアルなスローライフが送れるのがウリのSL《スローライフ》RPGというものだ。

 ゲーム内では釣りやペットを飼ったり家を建てたりも出来るわけだが、リアルに存在する動植物が相当数登場し、例えばDIYで何かを作る際に材料をヒノキやスギなどから選んだり、ペットとしてシマウマやフクロウなんかを飼育したりすることなんかも可能。

 動物を集めてサファリパークを作ることも出来るし、家畜を集めて牧場を作ったり、魚を集めて水族館を開いたりも思いのまま。

 その病的なまでの作り込みが評価され、そっち目的で購入する女子も結構いるとか。

 ただ変にリアルなこだわりがあってなぁ……ちょいちょいグロいのが玉に瑕だ。それを差し引いても神ゲーなのだが。

 そんな『ワールドクラフト』だが、本日でかいパッチが当たっているらしく、仕事中にこっそりSNSを眺めてはずっとワクワクしていた。

 さーて、やるぞー。テーブルに置きっぱなしにしていたゲーム機の電源を入れ、『ワールドクラフト』を起動する。

 と同時に目の前が真っ暗になっていく。


 ◇◇◇


 目の前に広がるのは見渡す限りの地平線。

 荒野に草原、遠くには森と山、海が広がっていた。

 人っ子一人どころか建物やその跡地すら見当たらない。


「……なんだここ?」


 そう呟きながら記憶を整理する。

 確か家事を終えて寝る前にゲームをやろうとして、気づいたらここにいた。

 しかし見知らぬはずの風景なのに、どこか見覚えがあるんだよな。


「そうか、ここは『ワールドクラフト』で俺が中断した場所だ」


 道理で見覚えがあると思ったよ。

 ってことは俺は既に『ワールドクラフト』をプレイしているのだろうか。

 大型アップデートってまさかこれか?

 確かに昨今ではVR技術も進歩して、現実と殆ど見分けがつかないようなゲームもあるらしいが……あれって何か専用の機械が必要なんじゃなかったっけ? うーん、あの手のゲームはやった事が無いからよく分からん。


「思わぬVRデビューになったけど、見知った世界だし、なんとかなるだろ。えーと、確か昨日は素材集めをしてたんだったな」


 どうやってアイテムボックスを見ればいいんだろう。

 そう思った瞬間、手元に透明なウインドウが浮き出てきた。

 うおっ、びっくりした。考えただけで出てくるとは……いやーVRってすごいな。


「……でもおかしいな。何も持ってないぞ」


 アイテムボックスをよく見てみるが、俺は現在何も所持していないようだ。

 妙だな。昨日は頑張ってかなり集めたはずなのに。

 不思議に思った俺は、今度はステータスと頭の中で呟いてみる。

 するとまた透明なウインドウが浮き出てきた。


 イトウヒトシ

 レベル1

 STR1

 VIT1

 AGI1

 INT1

 DEX1

 LUK1

 ステータスポイント9


「うそっ!? なんでレベル1なんだ!?」


 確か50だったはずなのに。アイテムも持ってないし、まさかバグったか?

 これだけの大型アップデートだ。どこに影響が出てもおかしくはない、か。

 それにしても街も何もないフィールドのど真ん中だぜ。

 しかもゲーム中盤くらいだし、レベル1で勝てる敵なんかいないぞ。


「くそぉー、どうせなら場所もスタート地点まで戻しておけよなぁー」


 アイテムもなし、レベルも1じゃあどうしようもない。

 ……仕方ない、死に戻るか。

 このゲームでは死ねばセーブポイントに戻ることができる。

 どこでセーブされてるのかは不明だが基本的にセーブポイントは街中にあるし、少なくともここよりは安全だろう。

 この辺りに現れるのは砂の塊をした魔物、サンドマン。

 あいつのレベルは30だし、レベル1の俺ならワンパンで倒してもらえるはずだ。

 適当に歩けばすぐに出会うだろう。一歩踏み出そうとして、ふと思い立つ。


「……死んだら痛みとか、あるのかな」


 VRゲームの中にはダメージを受けた際にリアルでも痛みが生じるものもあると聞いた事がある。

 ゲームでそこまでリアリティを追求しなくてもとは思うが、このリアルさだ。

 痛みを感じるシステムなんかを採用されていても不思議ではない。

 おもむろに手の甲をつねり上げると、チクリとした痛みがした。

 ……っておい、採用されてるじゃないか。しかもかなりリアルな痛みだったぞ。


「いや、これはクソゲー化でしょ。どう考えても」


 実際痛みを感じるゲームとか誰得だよ。

 クリエイターってのは変なリアリティにこだわるから困る。

 特に『ワールドクラフト』は病的だからなぁ。死の痛みの再現とかやりかねない。

 そういうリアリティはいらないんだよなぁ。


「しかし困ったな。どうしたもんか……ここでこうしてても始まらないが、ゲームの中で痛い思いなんかしたくないぞ」


 どうしたものかと考えていると、目の前が暗くなる。

 影だ。雲かな? そう思って空を見上げてみると――


「オロロロロロ……」


 何か、いた。

 おどろおどろしい顔をした巨大な砂の塊。

 それは俺の身体程もある巨大な腕を、俺に向かって伸ばしていた。


「ぎゃーーーーーーーっ!!」


 瞬間、思考がぶっ飛び全力で走り出す。

 なんだ、なんだ、なんだあれは。あ、サンドマンか。

 ていうかリアルすぎる。怖すぎる。キモすぎる。

 アレに殴られるなんて無理無理無理。

 前からこのゲームのグラフィックはリアルすぎるとは思ってたけど、実際目にするとグロすぎだろ。

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。


「ォォォ……」

「……? 声が遠ざかっていく……?」


 サンドマンの声が遠くなっていくのに気づき、足を止めた。

 振り返ってみると大分距離が離れている。どうやら諦めたようだ。


「そ、そうか。サンドマンは足が遅かったんだ」


 ふー助かった。魔物は一定範囲から出ると見失い、プレイヤーを追うことはなくなる。

 次からはもっと周囲に気を配らないとな。

 ともあれ、サンドマンの姿を見て死に戻りをする気は完全になくなった。

 あんなものに殴られたらめちゃくちゃ痛そうだ。

 嫌だ。嫌すぎる。あんなのに殴られたら精神的に死ぬわ。大体なんでゲームで痛い思いをしなけりゃならんのだ。

 しかし身を守る手段がないとおちおち移動も出来ないし……そうだ。


「DIYスキルを使おう」


 このゲームでは最初から使えるDIYというスキルがあり、石や木材など手に入れた物を利用して新しい道具を作り出すことが可能である。

 そう、これで武器を作ればいいのだ。

 足の遅いサンドマンは弓を使えば一方的に攻撃できる。

 というわけで弓の材料である枝を拾い、DIYスキル発動。

 すると脳内に弓矢の設計図と作業手順が浮かびあがり、両手にノコギリとカナヅチが生まれた。

 ……なるほど、ゲーム内のスキルを使うとこんな感じになるのか。

 俺はスキルに身体を任せ、導かれるままに手を動かしていく。

 トン、トントン、ギコギコ、ギコ、トントントン……トン、トントン、ギコ、ギコギコ、トン、トントン……


「ぐっ……こ、こりゃ疲れるぞ……」


 しまったな。そういえばDIYスキルはステータス依存でそれによって作業速度や出来映えが大きく変わってくる。

 全ステータス1ではこんなに時間がかかるのか。

 魔物に見つかりませんように……祈ること数分、ようやく弓矢が完成した。


「うーん、見た目は微妙だけど使えないことはない、はず……?」


 ステータスが初期値だからか、出来もあまりよくはない。

 いや、見た目で判断するのは駄目だよな。

 このゲームはダメージを与えた際に敵を一定距離吹き飛ばす性質がある。

 そのシステムを利用し、弓を使えば敵を近づかせず攻撃することも可能だ。

 上手くいけば今の俺でもレベルを上げられるかもしれない。

 丁度川向こうに一体のサンドマンが見える。

 サンドマンは水中を移動できないから、川越しなら一方的に攻撃できるのだ。

 慣れたプレイヤーは弓を作って高レベル狩場へ行き、移動しない敵を倒しパワーレベリングを行うのである。


「ふっ!」


 というわけで弓をつがえ、サンドマンに向けて放つ。

 木の矢とはいえそこそこの威力は出るはず――なんて俺の期待はあっさり裏切られ、ぺちっと音がして弾かれ飛んでいった。


「刺さりすらしないのかよっ!」


 思わず突っ込んでしまう。

 やはりステータス1では作れる武器もショボいのか。

 何度かやってみたが矢は一度も刺さらず、川向こうのサンドマンは唸り声を上げながら近づこうとするのみだった。

 せめて1ダメージでも与えられれば倒せるかもしれないのに……肩を落とす俺の脳裏に、ふとある考えが浮かんだ。


「……そうだ、あれが使えるかもしれない」


 というかあれを使えば現状の問題は全てクリアできる。

 ただ、あまり気は進まないのだが。んー……しばしうんうん唸った後、俺は諦めてため息を吐いた。


「仕方ない。背に腹は代えられないもんな」


 俺はそう呟くと、足元に落ちていた石を拾い上げ――すぐに捨てた。

 そしてまた新たに石を拾い、捨てる。

 拾う、拾う、拾う、捨てる、拾う、捨てる、捨てる、拾う、捨てる、拾う、拾う、捨てる、拾う、捨てる、拾う、捨てる、捨てる。

 そして最後の石を拾ったところで、俺は自身のステータスを表示させた。


 イトウヒトシ

 レベル1

 STR{}+{{L+S+=A=`I"#‘GA+Z*+SA{=

 VIT1

 AGI1

 INT1

 DEX1

 LUK1


 目の前に浮き出た俺のステータスは攻撃力の値がバグっていた。

 これはいわゆる裏ワザというやつで、同じアイテムを特定の手順で行き来させることでステータスをバグらせるというものだ。

 使うのは何でもいいが、どこでもいくらでも拾える石がおすすめである。

 これでお手軽に攻撃力を最高値を超えオーバーフローさせることができるのだ。

 ただしゲーム的に面白くなくなるので全くお勧めは出来ない。

 仕様の穴を突いた小技ならともかくバグ技を使うのは気乗りしないが、今は非常時だから仕方ないだろう。だって痛いのは嫌だ。


「ただこのバグ技が実際に作用しているかは不明だよな。ちょっと試してみよう」


 ステータス表示だけバグってて、中身は正常なんてよくあることだ。

 というわけで弓矢を装備し直し、サンドマンに向けて射る。

 ごぉうと風切り音を響かせながら飛んでいく矢。

 空気を切り裂きながら飛んでいった矢は、そのままサンドマンの頭部を貫いた。

 ぱぁん! と爆ぜるサンドマンの頭。うわっグロっ。近くで見たら吐いてたかもな。

 やっぱ無駄にリアルなのはいけないと再確認した。

 その後、何度もバウンドしながらぶっ飛んでいくサンドマン。

 ノックバックも半端ない。そして弓矢も一発撃っただけで壊れてしまった。うーむ、STRバグ恐るべし。

 ドン引きしながら消滅していくサンドマンを眺めていると、ぱぱぱーん! と頭の中でファンファーレが鳴り響く。レベルアップの音だ。

 俺は頭の中でステータスと念じ、ウインドウを表示する。


 イトウヒトシ

 レベル9

 STR{}+{{L+S+=A=`I"#‘GA+Z*+SA{=

 VIT1

 AGI1

 INT1

 DEX1

 LUK1

 ステータスポイント86


 ちなみにこのゲームはレベルが上がるごとにステータスポイントを得られ、自分で好きなように振れるのだ。

 バグらせたステータスは変動すると正常な値に戻ってしまうので上げないとして、不意打ちによる即死を避ける為、VITにある程度振っておいた方がいいか。あとは温存だな。何が起こるかわからないし。


「でもすごいなVRってのは。これはすごく楽しめそうだぞ」


 バトルシステムに難はあれど、総合的に見て神アップデートと言えるだろう。

 みんなすごく楽しんでいるに違いない。


「まとめサイトとかでも話題になってそうだよな。ちょっと見てみるか」


 そう思い、ゲームを中断しようとしてふと気づく。

 あれ、これってどうやってプレイを中断すればいいんだ?

 いつもなら本体の電源を切ればいいのだが、この状況でどうやってそれをすればいいのだろうか。

 いやいや、何かコマンドが追加されているのかもしれないぞ。確かめてみよう。


「システムウィンドウ」


 そう呟くが、出てくるのはステータス画面のみだ。

 スキルウインドウ、アイテムボックスと開いていくも、それらしいコマンドは出てこない。

 えっ、どうやって終わればいいんだこれ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る