第6話神に注意された

 金の冠に巫女のような着物と袴、真っ白な髪を腰まで伸ばした少女の姿は俺は見覚えがあった。


「豊穣神、イズナ……?」


 彼女はこのゲームに存在する神の一人だ。

 正式名称は豊穣神イズナ、大地と生命を司る神で地系統の大魔法を使う際にちらっと姿を見せるくらいの存在だが……何故こんな所にいるのだろうか。


「む、わらわの名を知っておるとは驚いたのう。まぁ古い文献にはわらわの姿が描かれた物もあるようじゃし、知っておってもおかしくはないか。……おほん、如何にもわらわは豊穣神イズナ。ちとおぬしに用があってな、こうして声をかけさせてもらった」


 イズナわざとらしく咳払いをして、俺をじっと見る。

 まるで心を見透かすような鋭い視線。少女の姿だからと内心侮って考えていたが、これが神というやつか。

 俺の背筋を冷たい汗が伝っているのが分かる。

 確か設定ではどんな嘘偽りも見破る目を持っているんだったな。

 しかし神か。まさか俺に声をかけてきた理由というのは……嫌な予感がする。


「どうも先日からこの辺りで次元の歪みを感知してのう。気になって見ておればおぬしが何やら妙なことをしておったのじゃよ。妙な儀式で人の領分を超えた力を得るだけに留まらず、自然の恵みである作物までも増やしてしまうとは……どんな術を使ったかはわからんが、豊穣の神としては見過ごせんのう……!」


 うぐっ、嫌な予感が当たったか。俺がバグ技をやっているのを見られていたようだ。

 起きた時にSTRが正常値になっていたのはイズナの仕業だったんだな。

 口ぶりからして稲を増やしたのが特に地雷だったようだ。

 イズナのあの表情、俺に何らかの制裁を与えるつもりだろうか。

 豊穣神としての制裁……ゲームでも作物に関するペナルティはいくつかある。

 例えば冷害とか台風とか、ただでさえギリギリの状況だ。そんなことをされたら非常にマズい。

 ……仕方ない、ここはどうにかして切り抜けるしかないか。

 俺は動揺を深呼吸で無理やり押さえつけ、憮然とした笑みを浮かべてイズナを見返す。


「それが何か問題でも?」

「む……」


 反論は予想外だったのか、イズナは目を丸くする。


「俺はこことは違う世界から来た。故にイズナ、神であるあんたが知らない技も使うことができる。それが何か問題でもあるのか?」

「こことは違う世界から来た、じゃと……?」


 よし、乗ってきたな。

 俺は話を続ける。


「あぁ、俺がいたのはここよりもずっと進んだ世界でね、さっきのような『力』は俺の世界では日常茶飯事で使われていて、それを使えば新たな世界を生み出すも破壊するも自由自在なのさ」

「むぅ……確かにあの技、神であるわらわですら皆目見当のつかぬものであった……! しかも嘘ではないようじゃのう」


 俺の言葉にイズナはゴクリと息を飲む。

 ……嘘は言っていない。神は嘘を見破るからな。

 だが社畜経験も長ければ、嘘を言わずに意見を通すなんてことはそう難しいことではない。

 童神であるイズナは神としての役目よりも自身の興味を優先し、祭事などでも子供の姿に扮して屋台などを楽しんで回っていることもある――と設定資料集に書いてあった。

 そんな子供を丸め込むなんて簡単だ。

 完全に俺のペースにはまっているな。あと一押しだ。


「安心してくれ。この世界をどうこうしようというつもりは全くない。俺はただこの世界でゆっくり過ごしたいだけなんだ。だからイズナ、あんたには俺のことを見て見ぬフリしてほしい」

「し、しかし神としてはおぬしのような存在を見逃すわけには……」

「もちろんただとは言わない。俺のスキルであんたの社を建ててやる」


 ぴくん、とイズナの耳が跳ねる。

 よし、反応したな。

 豊穣神イズナはこの大陸の神として祀られていたが、魔族が台頭してきてからはここには人が住みつかなくなり、かつてはたくさんあった社もなくなったのだ。

 そうして力を失ったイズナの為に社を建て、信仰を集めればその力を得られる――というイベントがこのゲームにはある。

 イズナにとってこの交換条件は魅力的に映るはずだ。


「ほ、本当に社を建ててくれるのか……?」

「二言はない」

「む、むぅぅぅぅ……わかった。よかろう。おぬしの事は目を瞑ろうではないか」


 腕組みをしながらふんすと鼻息を鳴らすイズナ。

 渋々と言いたげではあるが、めちゃくちゃ嬉しそうである。

 ふっ、ちょろい。


「それじゃあ早速作業に取り掛かるとしよう。何かオーダーはあるか? 大きさとか形とか」

「形も大きさも好きにしてくれて構わぬ。こういうのは気持ちの問題じゃからな。神を祀る気持ちが込められてれば形は問わぬのじゃ」


 何でもいいって……そこまで信仰に飢えていたのだろうか。

 逆に可哀そうになってきたな。

 ともあれDIYスキルでノコギリを出し、木材を細かく切っていく。

 作り出すのは俺の記憶に残る神社の形。

 おぼろげな記憶にもかかわらず不思議と完成図面が頭の中に出来ており、それに従って作るだけでどんどん社が組み上がっていく。


「ふぅ、完成だ」


 小一時間経っただろうか。一軒家ほどの大きさの社が出来上がった。

 子供の頃に遊んだ神社の半分くらいの大きさだが、このくらいで十分だろう。


「おお、なんという出来栄え……! すごい、すばらしいぞ!」


 イズナは俺の作った社にいたく感動した様子である。

 どうやら喜んでくれたようでよかったよかった。


「しかし何故おぬしの家とこんなに離れておるのじゃ? 近くの方が都合がよいのではないか?」

「あー、その辺は地盤の関係でな……」


 誰が好き好んで自分の家の隣にイズナみたいなお化けっぽいのが住む社を建てるかよ。

 俺は幽霊が苦手なのだ。

 夜に出てこられたら気絶する自信がある。

 それにいつも見張られてそうで安心して眠れなさそうだ。


「むぅ、そこまでわらわのことを考えてくれているとは……なんと優しい人間じゃ。どうやらおぬしのことを勘違いしておったようじゃのう。許してほしい」


 だがイズナは何を勘違いしたのか、恭しく頭を下げてきた。

 適当言っただけなんだが……まぁいいか。


「お、おう。気にするな」

「いや、そうはいかぬ。神として受けた恩には報いねばなるまい。母なる大地の恵みよ、豊穣神の名において汝に力を与えたまえ……! はあああっ!」


 イズナの言葉と共に、俺の足元に強い光が生まれる。

 見れば畑が金色に輝いている。


「うむうむ、これでこの地には豊作が約束されたであろう」


 満足げに頷くイズナ。

 おおっ、これは豊作モードだ。

 この状態の畑に種を蒔けば、確実に豊作になる状態である。

 豊穣神の加護の中でもかなり熱いイベントだ。


「ありがとう。助かるよ」

「おぬしの建ててくれた社に比べればこの程度の礼、大したことではない。だがおぬしの『力』、くれぐれも乱用はいかんぞ? あまりに度が過ぎるようであれば、わらわとて見過ごすわけにはいかぬでな」

「わかってるよ」


 俺だってやりたくてやってるわけじゃないからな。

 下手にバグったら俺までヤバいし。


「うむ、ならばよい。ではわらわもそろそろ行くとしよう。さらばじゃ!」


 そう言ってイズナはさっさと社の中に入っていった。

 ともあれ豊作モードはありがたい。これで食糧には困らなそうだな。

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