第11話商人が見ていた

 小屋に帰る頃には外は薄暗くなっていた。

 羊の柵を作ろうかと思ったが、明日でいいか。


「お疲れジルベール。それじゃあ腹も減ったしメシにするか」


 だがジルベールは茂みを睨みつけたまま、動こうとしない。

 一体どうしたのだろうか。

 不思議がっていると、ジルベールは物陰に向かって吠えた。


「何者だ! 姿を見せよ!」

「にゃあっ!?」


 すると物陰から悲鳴が上がった。

 おわっ! びっくりした。なんだなんだ? 何かいるのか?

 おっかなびっくりで草むらを覗き込むと、小さな人影がゆっくりと身体を起こす。


「あたたたた……」


 そこにいたのは獣耳と尻尾を生やした少女。

 これは……獣人だ。

 獣人とはこのゲームに存在する種族の一つで、高い身体能力を持つが粗暴で思慮の浅い者が多く、戦士や武道家など、前衛職に向いている種族である。

 なのだが……何故こんな所に?


「まさか、山賊か!?」


 この大陸に出てくる敵の中で、確か獣人の山賊がいた気がする。

 しまったな。NPCがいなかったから全く警戒してなかったが、こんな形で人と遭遇するとは思わなかった。


「山賊だと……? よかろう。主が手を下すまでもない。我がバラバラに引き裂いてくれよう」

「わーっ! ま、待ってください! 私山賊じゃありませんっ!」


 少女は慌てて手を振ると、ぺたっと座り込み深々と頭を下げてきた。


「誤解を招くようなことをし、誠に申し訳ありませんでした。どうぞお許し下さいませーっ」


 ……やけに腰が低いな。逆に怪しいぞ。

 このゲームでの山賊は謝って反省したフリをして不意打ちを仕掛けてくる油断も隙も無い存在なのだ。

 この少女もそれを狙っているのかもしれない。


「……まさか油断させて騙し討ちでもしようとしてるんじゃないだろうな」

「やはり人間は油断ならぬ。八つ裂きにしてくれるわ!」


 唸り声を上げるジルベール。

 やたらと八つ裂きにしようとするなこいつは。距離感調整しろコミュ障。

 鋭い歯をむき出しにするジルベールに凄まれ、少女は更に慌てた。


「わーっ! 違います違います! 私はキャロというしがない商人でございます! ほら、ここに冒険者カードもあるから確認してください!」


 キャロと名乗った少女が手のひら大のカードを差し出してきた。

 俺は油断なく受け取ると、それを読み上げる。


「なになに……キャロ=レーベンバッハ。我が国の商人としてこれを認める……か」


 白いプラスチックのようなカードにはそう刻まれていた。

 一体どんな材質で書かれているのだろう。

 印刷でもペンで書いたものでもなさそうだ。


「ほらほらっ! ここ見てください! 真ん中に刻まれているのは王都ローベルクの印章です。偽造は不可能、これで信じていただけましたでしょう?」


 と言われても俺にはその真偽を見分ける手段はないわけだしな。

 着ている服も商人とは思えないボロ着だし、こんなグラフィックの山賊がいたような気もしてきた。

 俺が変わらず白い目を向けていると、キャロは涙目になっていた。


「ああもうどうすれば信じてくれるんですか!? 武器なんか持ってないですよ!? ほらほらっ!」


 仕舞いには服をバサバサし、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

 ちゃりんちゃりんと小銭の音が鳴るくらいだ。

 なんかカツアゲしてるみたいになってきたな。

 警戒心よりも可哀そうな気持ちが出てきたぞ。


「確かに武器の類は持ってなさそうだな。山賊ではなさそうだ。多分」

「だからそう言ってるじゃないですかー!」


 仕方がないだろう。こちとら剣も魔法もない世界の一般人なんだから。

 ヤバい化け物の闊歩する異世界人相手に警戒するなという方が無理である。


「うぅ……まだ何か疑われているっぽい……」

「悪いけどそう簡単に信じるわけにもいかなくてね。えーと、それでキャロちゃんだっけ? 俺に何か用?」

「! は、はい! 実は大賢者様に是非ともお願いしたいことが!」


 ぶっ! と思わず吹き出す。

 なんでこの子まで俺を大賢者扱いしてるんだよ。


「もしかしてさっきの、見たのか?」

「あの凶暴なギガントを失われた大地魔法で一撃の元に倒してしまわれたのを、しかとこの目で!」


 キラキラした目を向けてくるキャロ。

 まさかあれを他にも見ている者がいたとは……っていうか大地魔法って大賢者とやらの魔法としては割とポピュラーなのか?


「ふむ、小娘よ。よくぞ我が主を大賢者と見抜いた。中々の慧眼だな」

「おおっ! やはりそうだったのですね!」


 っておいジルベール。お前、さっき秘密にするって言ったばかりだぞ。

 口が軽すぎるだろ。コミュ障狼。

 俺が脱力していると、キャロは意気揚々と言葉を続ける。


「実は私、魔王を討伐するべく結成された勇者パーティの一員なのですが、商人である私は戦闘面ではずっと皆の足手まといでした。ですがここから魔王のいる大陸に行くには船が必要。勇者様は私にこの地で船を造るよう言われたのです。ようやく商人として勇者様のお役に立てる時がきた! と張り切ってはみたものの……物資もなく、それを集める力もなく、ただ敵から隠れ逃げ惑うのみ。自らの無力さを噛み締めていたのです。……ですがその途中、貴方様の姿をお見かけしました! これも神のお導き。どうか、どうか大賢者様、私に力をお貸しくださいませっ!」


 キャロはもう一度、深々と頭を垂れる。

 あー、そういえばそんなのあった気がするなぁ。

 このゲームでは船を造って魔王城へ突入するというイベントがある。

 何もない大陸に商人を置き去りにすることでそこに街が出来ていき、それによって船が完成、晴れて勇者たちは魔王の大陸へ行けるというものだ。

 それを知っているということはキャロの言葉は本当なのだろうが、全面的に信用していいかは別問題だ。

 俺はキャロとは何でもない赤の他人、何か盗まれたり、暴力を振るわれる可能性もあるわけだしな。

 そもそも現代人の感覚からすると、見知らぬ他人を近くに住まわせるのは抵抗がある。

 可愛い女の子が無防備に……ってのもまた警戒心を煽られるものだ。


 ただ、メリットもある。

 一つは勇者からの支援。街の発展には当然資材が必要だ。

 ゲームでは商人をここに配置した後、都度都度大量の資材や金を渡さねばならない。

 もう一つは商人の持つ流通経路。商人同士の販路を使い、衣類や調度品など通常では手に入らない品物を手に入れることも出来るのだ。


「うーん……」


 考え込んでいると、キャロが目を潤ませて俺を見上げてくる。


「私一人ではこの使命、到底果たせられません。賢者様のお力添えを、何卒お願いします!」


 捨てられた猫みたいな目だ。

 なんかこのまま見捨てるのはちょっと可哀想かもしれない。

 それに俺の快適な生活の為にも、商人であるキャロの存在は必要か。

 俺はしばらく考えて、頷いた。


「……まぁ、いいか。うん、いいよ。協力しよう」

「本当ですかっ!?」


 ぱあっと目を輝かせるキャロ。

 俺もまた笑顔で返し、右手を差し出す。

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