第13話雑用は任せよう
――翌日、メェーメェーと羊のうるさい鳴き声で目を覚ます。
しまった、そういえば先日は色々あって羊を木に繋ぎっぱなしにしてたのを忘れてた。
腹が減って鳴いているのだろうか。
やれやれ、家畜の世話も大変だな。
牛や豚などの家畜を飼っている農家では、人は動物の奴隷とまで揶揄されることもあるらしい。
確かに、水や食料、散歩に掃除とあれこれと世話を焼いてやらねばならないもんなぁ。
生きていく上で、家畜は必須とはいえ、面倒臭いな。
誰かに世話を任せられないだろうか……そんなことを思いながらも起き上がり、戸を開ける。
「あっ、おはようございます! ヒトシ様!」
家から出ると、元気の良い声に迎えられた。
キャロだ。羊を引き連れ、そこらの草を食べさせていた。
「僭越ながら羊のお世話をさせていただきました。お腹が空いたとメェメェ鳴くものでして、つい……出過ぎたことをしてしまったかもしれませんが」
「いや、ありがたいよ。すごいな、見事に懐いてる」
羊たちはリラックスした様子で、キャロの周りで草を食んでいる。
口笛と手にした棒切れで羊を操っているようだ。
俺ではこうはいかない。先日は縄で引っ張っていたが、STRがバグってなければ簡単に逃げられていたと思う。
「えへへ、実家では羊を飼っていましたから、私が小さい頃は羊の世話は私の仕事だったんですよ」
「へぇ、道理で手慣れているわけだ」
小さい頃から家の手伝いをしていたなんて、偉いじゃないか。
商家の娘っていうと幼い頃から蝶よ花よと育てられ、世界平和の為だとか浮ついた気持ちで勇者パーティに参加したはいいものの、お嬢様すぎて役に立たずにここへ置いていかれた……なーんて想像を勝手にしていた。
まぁ商人は戦力になり辛いからな。特に問題はなくてもリストラは喰らうだろう。
そんなことを考えていると、キャロがじっと見ているのに気づく。
「……あの、ヒトシ様。よろしければ私に羊の世話をさせていただけませんでしょうか?」
キャロは真剣な面持ちで言葉を続ける。
「ヒトシ様には身に余る歓迎をして頂きました。それに全力で応えるのもまた商人の流儀。もちろんこの程度で恩を返せるとは思っておりませんが、まずは気持ちということでどうか……」
深々と頭を下げるキャロ。
正直言ってありがたい話だが……俺は少し考えて答える。
「だが俺は金を持ってないから、給料は払えないぞ?」
「構いません。それ以上の大恩を既に頂いております」
「食料もまだまだ安定してないし……」
「自分の食べる分くらいは自分で手に入れて参ります」
俺が家を建てたのを余程恩に着ているのか、キャロの意思は固いようだ。
ふーむ、どうしたものかな。
ゲームで街作りをすると住民が移住してきて、プレイヤーは彼らに仕事を課すことも出来る。
しかし当然仕事には相応の対価が必要だ。
特に金はいらない、なんて調子の良いことを言ってる奴ほどその傾向がある。
とはいえ家畜の面倒なんか見てたら一日が終わってしまうので、仕事はして欲しい。……そうだ。
「わかった。ではキャロには羊の世話をお願いするとしよう。給料は一日6000ゴルドだ」
「そ、そんなにいただけません!」
「いいや、受け取ってもらう。ただし、それで家を建てた分の金を払って欲しい。金額は……そうだな、150万ゴルドでどうかな? もちろん利子や担保は取らない。地道に返してくれればいいよ」
ちなみにこの値段はゲーム内で家を建てる際にかかる最少金額、ぼったくりではない……はず。
これなら半年以上働かせても暴動は起きないだろうし、こちらで今すぐ報酬を用意する必要もない。
うん、完璧な作戦だ。
……ただ、これって要はこちらの都合で家を建てて借金を背負わせ、それを変えさせる為に働かせる、というヤクザまがいのことなんだよな。
倫理的にどうかと思うが……
「私が気にするからと契約体制にして下さったのですね。ですがこんな立派な家をたったの150万ゴルドで、しかも無利子無担保で金を貸していただけるとは……なんとお優しいのでしょうか。いたく感動いたしました」
キャロは目を潤ませながらブツブツ言っている。
……ま、いいか。本人が気にしてないみたいだし。
とりあえず気が変わって暴動を起こされないように注意しておこう。
「それじゃあ羊の世話は任せるとして……他に何か必要なものはあるか? 捕まえてきたはいいんだけど、あまり羊に詳しくなくてね」
「ご謙遜をなさらないで下さいませ。ですが、そうですね。今の時期、まだ夜は寒いので小屋を建ててあげると喜ぶかと存じます。あとは柵があればよりよいかと」
「ふむ、小屋と柵ね」
それならDIYスキルでいくらでも作れるな。
木材もあるし、早速作るか。
トントントン、ギコギコギコ、トントントン。
ノコギリとカナヅチで羊小屋と大量の柵を作り出す。
「あ、相変わらずすごい速さ……流石は大賢者様の建築魔法です!」
建築魔法ってなんだよ。そういえばジルベールもそんなこと言ってたっけ。
大賢者とやらの古代魔法って、変なのばかりだな。
「わ、この小屋押すだけで動きますよ!」
「車輪をつけているんだ。好きな所に置くといい」
家畜を放牧で育てる場合、草を食べ尽くさないよう小屋を移動させて色々な場所で育てると聞いたことがある。
その為に小屋に車輪を付けてみたのだ。
これならキャロの力でも押せるようだし、好きな場所に置けるだろう。
「ありがとうございます。では早速作業に入らせて頂きます」
キャロはペコリとお辞儀すると、小屋を押し始めた。
すると羊たちもそれに続き、小屋はずるずると動いていく。
おいおい、すごく懐いているぞ。そっちの方が魔法じゃね?
だがあれだけの数、キャロ一人で面倒を見るのは難しいだろうな。
逃げられたら追いつけないだろうし。
「おーいジルベール、キャロを手伝ってやってくれ」
「む……うむぅ……」
難しい顔をするジルベール。
ウロウロを俺の周りを歩き、キャロに近づこうとしない。
昨日はあれだけ吠えてたくせに、なんでそこでコミュ障発揮しているんだよ。
「敵なら即座に八つ裂きにすればいいのだがな……主の知り合い相手にどう接していいかわからんのだ」
「友達と話すみたいに適当でいいだろ」
「我にそのようなものはおらぬ」
……すまんジルベール、コミュ障にはつらいことを聞いてしまった。
俺はキャロに駆け寄り、こっそりと耳打ちをした。
「ジルベールは適当に使ってやってくれ。ちょっと難しい性格だから、持ち上げる感じでよろしく」
「は、はぁ……」
困惑しているが、キャロは割と下から行くタイプだし、上手く煽てればジルベールも気分よく働いてくれるだろう。
仕事を通じて仲良くなれば、こいつのコミュ障も少しは治るはずだ。うん。
キャロは早速ジルベールに丁寧に頭を下げる。
「あの、ジルベールさん。若輩者ですがよろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げるキャロを見て、ジルベールはふむと頷いた。
「うむ、よかろう。光栄に思えよ小娘」
めちゃくちゃ偉そうだ。そういうとこだぞジルベール。
だがキャロは全く気にする様子もなく、満面の笑みを返す。
「はいっ! お願いしますね! ジルベールさん」
「……む」
どこか嬉しそうに耳を伏せるジルベール。
へぇ、満更でもなさそうじゃないか。
なんだかんだで、意外といいコンビになるかもしれないな。
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