第14話まともな食事が手に入った

「さて、ぼけっとしている暇はない。俺は俺でやることは沢山あるぞ」


 ジルベールをキャロに任せ、俺は田んぼに向かう。

 どうやら先日植えた苗がもう結構伸びているようだ。

 おお、すごいな。もうこんなに成長したのか。

 たった一日でもうここまで育つとはイズナの豊作モードのおかげだろうか。

 これならもう次の作業に入っても構わないだろう。


「それじゃあ田んぼの水を抜くとするか」


 ある程度稲が伸びたら、水を抜いておく。

 そうすることで地中の水を求めて根をしっかり地面に根を下ろし、強い稲になるのだ。

 水路を開けてしばらく待っていると田んぼの水は空になった。

 この状態で肥料を撒けば、水と共に土中の栄養もぐんぐん吸い取ってくれるというわけである。


「そしてアイテムボックスから木屑や食材の余りを取り出して、DIYスキルでたい肥を作る」


 土と生ゴミを、超かき混ぜる。

 本来ならそれなりに時間もかかるが、その分パワーでゴリ押しだ。

 高速でかき混ぜることにより熱を発し、発酵速度が上がるのである。

 ゴリゴリと高速で混ぜ合わせ、たい肥の完成。

 うーん、田舎の香水の匂い。

 出来立てのたい肥を、スコップでパッパッと撒いていく。

 大きく育てよー。


「ふー、終わった終わった」


 一通り撒き終えると、太陽は真上まで登っていた。

 もう昼のようだ。ぐぅぅ、と腹が鳴る。

 そういえばまたメシの準備を忘れていたな。

 ジルベールの取ってきてくれた果物があるにはあるが……たまには違うものも食べたいものだ。


「ヒトシ様ーっ!」


 と、そんなことを考えているとキャロの声が聞こえた。


「畑仕事をしていたのですね。お疲れ様です」

「ああ、そろそろ昼飯にしようとしていたところだが」

「それはよかった。あの、よかったらお昼をご一緒しませんか?」


 ダメですか? と言わんばかりに上目遣いで俺を見るキャロ。

 この目……夜の街の客引きや、保険のお姉さんが獲物を狙う時のものとよく似ている。

 何か企んでいるのだろうか……訝しんでいると、キャロは手にしていたバスケットをおずおずと開いた。


「さっき作ってきたのです。あの、お口に合えばいいのですが……」


 そう言って差し出されたバスケットの中には、肉とレタスの挟まれた分厚いサンドイッチがみっちりと入っている。

 お、おおおおお……! 久しぶりに見るまともな食事だ。何とも美味そうな匂いに俺は思わず手を伸ばす。


「食べても、いいのか?」

「はい、ぜひ召し上がって下さいませ」

「じゃあさっそく……」


 言われるがまま、俺はサンドイッチを口にする。

 しっかりと噛みしめながらパンの甘味、肉のジューシーさ、レタスのシャキシャキ感、中にはマヨネーズとコショウまで入っている。

 んー、幸せな味だ。


「うん、すごく美味しいよ。キャロ」

「本当ですかっ!? ありがとうございます!」


 キャロは嬉しそうに頭を下げるが、礼を言うのはこっちである。


「それにしても何処でパンや香辛料を手に入れたんだ? この辺りにそんなものが手に入る場所があったか?」

「ここへ来る際、私のアイテムボックスに携帯食料を入れておいたのですよ。このサンドイッチはその中に入れてあったパンとハムとレタスをふやかして作りました。他にもいろんな食材を備蓄しているのでしばらくは安心ですよ!」

「あぁ、そりゃそうだよな」


 よく考えたら何も持たずにこんな荒野に来るわけがないか。

 一年分もあるなら、しばらく美味い飯には困らなさそうだ。

 そんなことを考えていると、キャロはモジモジしながら言葉を続ける。


「……あの、よろしければ毎日作ってきましょうか?」

「それは願ってもない話だけど……いいのか?」

「えぇ、もちろんですとも」


 パッと顔を輝かせるキャロを見て、俺はさっきから感じていた違和感の正体に気づく。

 ……はっ、そうか。キャロは俺に毎日昼飯を作ってくる代わりに、自身の給料を上げさせようとしているのだな。

 なるほど、そのための試食だったというわけか。これは一本取られたぜ。

 だが、これは間違いなく美味い。ほぼ現代食……というか俺が普段食べていたものよりも美味いくらいだ。

 この誘惑に抗うことに、俺はは出来ない。

 ふぅとため息を吐き、俺はキャロに言った。


「じゃあお願いしてもいいかな。……そのできれば三食」

「はいっ! 三食承りました!」


 とても嬉しそうに返事するキャロ。

 毎度あり、とでも思っているんだろうなぁ。我ながらちょろい。


「もぐもぐ……そういやキャロ、羊の様子はどうだ?」


 食事をしながら俺はキャロに仕事の進展を問う。


「みんないい子たちばかりですよ。まだ柵で囲えていませんが、脱走する子もいません。ジルベールさんも手伝ってくれてますし」


 キャロが視線をやると、草を食べる羊をジルベールがじっと監視していた。

 よく見れば何処からか狩ってきたのか、小動物を食べている。

 あんなものを見せられたら羊たちも逃げようとは思わないだろうな。

 そこまで考えてやっているなら大したものである。意外と役に立つじゃないか。


「問題なさそうでよかったよ。……ところで布団を作ろうと思ってな。羊の毛を刈ってほしいんだが、どうだろうか?」


 羊を飼い始めた最大の理由はふかふかの布団を作ることだ。

 田んぼに水も引いたし、次は寝床を作らないとな。

 しかしキャロは難しい顔をしている。


「うーん……今の時期はまだ夜も寒いですし、今、毛を刈ってしまうと羊が体調を崩してしまうかもしれませんね」

「あぁ、そりゃそうか」


 動物だって生き物だ。必要だから毛も生えてるわけだしな。

 いや、しかし羊は十頭もいるのだ。

 一頭くらい潰してもいいのではないか。

 そうなれば一頭分の羊毛も手に入るし、肉を食料として備蓄出来る。

 大体その為に捕まえたのだから、そうすべきだろう。

 だが俺はグロいのは苦手なんだよなぁ。

 羊を〆るのも解体するのもやりたくない。


「……なぁキャロ、悪いが羊を一頭潰して欲しいのだが、頼めるか? 俺はこういうの苦手でな」


 女の子にこんなことを頼むのは気が引けるが、仕方あるまい。

 俺はこういうの苦手で、スプラッタ系のホラームービーを見ただけで、気分が悪くなるのである。

 情けないと言うなら言えばいいさ。

 あーあ自己嫌悪。キャロもさぞ嫌な顔をしているだろなぁ。

 恐る恐る顔をチラ見すると……何故かキャロは目をキラキラさせていた。


「大賢者であるヒトシ様ならば、解体魔法くらいは使えるはず。ですがそうはなさらず、あえて私に任せることで居場所を与えて下さっているのですね。客人ではなく仲間だ、と……!」


 ……いや、全然そんなつもりはなかったのだが。

 何だよ解体魔法って。そんなのゲームでもなかったぞ。

 何でも魔法って付ければいいと思ってないだろうな。

 まぁいいか。任せたいのは本当だしな。やる気に水を差すこともないだろう。

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