第23話決壊を防ごう

「ヒトシよ! 大変じゃ!」


 そんなことをしていると、イズナが慌てた様子で戻ってきた。


「川が溢れそうになっておる! 上流からの水の勢いが止まらぬぞ!」


 マジか。かなり高く土手を積んだのに、想定を越えられてしまったか。

 外を見るとまだまだ雨は降りそうだし、これ以上ここにいるのは危険だろう。


「如何に大賢者であるおぬしでもどうしようもあるまい! 今すぐ高所に逃げるのじゃ!」

「そうしましょうヒトシ様、命あっての物種です!」


 逃げるべきだと言う二人に、俺は首を振って返す、


「いや、まだ出来ることはあるはずだ。俺は土手に向かう」


 ここで逃げると、折角育った田んぼが流されてしまう。

 そうなれば後々食料不足になるのは明白。

 しかもこれから夏のクソ暑い時期に、折角整えた家や水路をまた再築しなければならない。

 近くに街があれば避難すればいいのだが、そんなものもないのだ。

 ここで決壊を防がねば、炎天下の中やらなければいけないことは多く、食料も手に入らない……長く苦しんだ後に干からびて餓死、なんて可能性もある。

 俺にとってはその方が余程恐ろしい。台風の中、土手を見守る方がマシである。


「何と……これだけの大雨の中を行くか。大賢者とて無事で済む保証はないというのに……おぬしは勇気があるのう」

「ヒトシ様お一人ならどうとでも逃げられるはず。それをしないのは私たちを助ける為、なのですね。何とお優しい……」


 何を勘違いしているのか二人は感動しているようだ。

 まぁ変に引き止められるよりいいか。


「ふっ、主ならそう言うと思っていたぞ。我も共に行こうではないか」


 そう言いながらもジルベールは足をプルプル震わせている。

 大丈夫かこいつ。こんな調子じゃ足を滑らせ俺を振り落としそうである。


「……ジルベールはキャロに付いてやってくれ。キャロは羊たちを高い所へ移動させてほしい」

「わかりました!」

「よかろう。任せておくのだ、主よ」


 ジルベールが心底ほっとしているのは置いといて……ここは俺一人で何とか頑張ってみるか。


「それじゃあ気をつけて下さい! ヒトシ様ーっ!


 キャロたちに手を振って俺は家を出る。

 ざあざあ降りで少し前が見えないくらいだ。

 草で作った雨合羽もあるが、必要なさそうだな。着ても無駄って意味で。


「こっちじゃ。ついてまいれ」


 イズナの案内に従って土手に辿り着く。

 登ってみると、確かにもう溢れそうになっていた。

 うへぇ、恐ろしい程の濁流だ。見ているだけで吸い込まれそうである。

 落ちたら確実に死ぬな。くわばらくわばら。

 水が溢れるまであと一メートルと言ったところだろうか。

 土手自体もぬかるんでおり、このままだと決壊の恐れもありそうだ。


「どうするつもりじゃ? 土を重ねるか?」

「……いや、このまま土を乗せたら重みで土手が崩れる気がする」


 即席で作った土手だし、大量の土の重みには耐え切れず土砂崩れを起こす可能性がある。

 山などの工事現場とかでは、そういうことがよくあった。

 安易に土を積むのは危険だ。

 現代日本だったらダムがあるおかげで水量を調整出来るんだけど、この文明レベルではなぁ……いや、待てよ?

 俺はしばし考え込んだ後、ふむと頷いた。


「うん、やる価値はあるかもしれない」

「おおっ! 何か手があるのか!?」

「上手くいくかはわからないけどな。とにかく走るぞ」


 俺は土手を上流に向かって走る。

 思った通り、上流に行くにつれ川の水位は下がっている。

 この辺りでいいだろうか。俺は立ち止まり、DIYスキルを発動させる。

 トントントン、ギコギコギコ、トントントン。

 作り上げたのは、巨大な板だ。

 川の向こうまで届くほどの大きく分厚い板を見て、イズナは目を丸くしている。


「なんじゃそれは? それで一体何をするつもりなのじゃ?」

「まぁ見てな……よっと」


 板を持ち上げ、川へと降ろす。

 板で莫大な水量を受け止めているにも関わらず、持っている俺は全く重さを感じていない。

 どどどどど! と爆音が鳴り響く中、俺は板の位置を調整していく……よし、この辺りか。


「むっ!? 向こうに流れていく水の量が減りおったぞ!?」

「この板である程度水を堰き止めているんだよ」


 板の横幅は約五メートル、止めた分だけ下流に流れる量は減るというわけだ。


「し、しかしその板、この濁流に耐えられるのか……?」


 心配そうに俺を見上げるイズナ。

 濁流には流木や泥、石などが混じ、板を激しく打ち付けている。

 みしみしと軋み音が上がっており、今にも壊れそうだ。

 DIYで作った物には耐久値が設定されており、今もゴリゴリ削られている。

 これがゼロになったら壊れてしまうわけだが、もちろん対策は考えてある。


「まさかおぬし、壊れた瞬間に修理をしようとしておるのか!? し、しかしそれは……」


 こんな濁流の中、修理など出来るはずがない。

 そう思っているのだろう。だが問題はない。


「まぁ見てな」


 3.2.1……今だ。

 トントントン、ギコギコギコ、トントントン。

 と、エフェクト音のみが聞こえる。

 俺自身は全く動くことなく、材料が消費され板の耐久値が回復した。


「な、なんと……おぬし今、何をしたのじゃ!?」


 イズナが驚き目を丸くしている。

 今、俺がやったのは修理キャンセルという技だ。

 DIYスキルで作った物は修理で直すことが出来るわけだが、それには当然動作を伴う。

 しかし行使した瞬間に座りコマンドを押すことで動作がキャンセルされて結果のみが残る。

 すなわち、材料が消費されて新品の板が残ったというわけだ。


「む、ぅ……よくはわからんが、『力』を使ったわけではなさそうじゃの。ならば別によいのじゃが……」


 ちなみにこれは仕様の範疇、バグ技ではないのでイズナには『力』扱いされないと思っていたが、やはりそうだったな。

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