第19話蚊には噛まれたくない
「おおっ! 流石は我が主! あの吸血女を一撃で倒すとは!」
興奮した様子で駆け寄ってくるジルベール。
……こいつ、まだ余裕あったのにわざと倒れてたな。
全然元気じゃないか。
俺がジト目を向けているのに気づいたのか、ジルベールはサッと目を逸らしてフラフラし始めた。
「ぐ、ぐおおぅ……さっきの攻撃で右脚がぁぁぁ……」
どうでもいいが攻撃を喰らってたのは左脚だぞ。
やれやれとため息を吐きながらも、俺はジルベールの頭に手を乗せる。
「あーその……よくやってくれたな。ジルベール。お前が時間を稼いでくれたから、あいつを倒せたよ」
それでもこいつが頑張ってくれたから、俺がバグ技を使う隙があったんだ。
ブラック会社じゃあるまいし、死ぬまで戦えなんて言えるはずがないもんな。
最後まで戦わなかったジルベールを責めるわけにはいかない。
「う、おおおおお……! 主よ……!」
だが何故かジルベールは涙をボロボロ流していた。
えっと……すまん、状況が掴めないんだが。
「支援魔法を受けたにもかかわらず無様を晒した我にそのような言葉をかけてくれるとは……主はなんと優しいのだ……! おおんおんおん!」
どうやらまた何か勘違いしているのか、ジルベールは号泣している。
いや、支援魔法はかかっていなかったのだが……なんかその、すまん。
「ふっ、ずいぶんとお優しいことね」
いきなりの声にビクッと背筋が伸びる。
恐る恐る振り向くと、そこにいたのはボロボロになったカミーラだった。
「貴様! まだ生きていたのか!?」
「慌てないでよワンコロ。もはや私に戦う力は残されてないわ」
……ふぅ、あまりビビらせるなよ。心臓止まりかけただろ。
カミーラは降参だとでも言わんばかりに両手を上げている。
「今の一撃、完璧に入ったと思ったけれど、やられていたのは私の方。まるで時間を止めた後に思いっきりぶん殴られたようだったわ。完敗よ、流石は大賢者サマね」
「は、はは……」
あまりに言った通りなので、思わず乾いた笑いが漏れる。
それだけカンがいいのに何故俺を大賢者と勘違いしてるのやら。
呆れているとカミーラはいきなり膝を突き、恭しく頭を下げてきた。
「大賢者サマ。先刻までの無礼な振る舞い、誠に申し訳なく思うわ。どうか許して下さいませ」
「……は?」
カミーラの変貌ぶりに俺は思わず目を丸くする。
何だ何だ、いったいどうした。
「惚れ惚れするほどの圧倒的魔力。大賢者の真髄を思い知ったわ。是非とも私を配下に加えて貰えないかしら」
はぁ? 配下にしろ、だって!?
さっきまであんなに好戦的だったのに、何がどうしてこうなった。
「ふむ、魔物というのは強者に従う性質を持つ。力の差を思い知ったことで、主に服従を誓うことにしたのかもな」
したり顔で頷くジルベール。
確かにこのゲームでは倒した魔物を仲間に入れるシステムがあったっけ。
ただこの手のボスは仲間に出来なかったはずだが……
「しかし主よ、相手は魔物だ。そう易々と信用しない方がいいのではないか?」
「あら、自分のポジションを追われようとして危機感感じてるのかしら、可愛らしいワンコロねぇ」
「何ィ!? 羽虫女が何をほざくか!」
煽るカミーラに、牙を剥き出しにして怒るジルベール。
俺はそれを見てふむと頷いた。
「わかった。いいだろうカミーラ。今日からお前は俺の配下だ」
「本当っ!?」
カミーラは俺の方を向き、ぱっと顔を明るくした。
反対にジルベールは信じられないと言った顔である。
「あ、主よ……一体どうして……」
「嬉しいわ大賢者サマ! 一生懸命働くから、なんなりと命令してね」
ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねるカミーラ。
「ふふふ、ここは大賢者の配下となって恩を売っておけば、いざ私が魔王になる時に力となってくれるはず……んー、これからの魔族は力だけでなく、頭も使わないとねぇ」
なんてブツブツ言ってるが、独り言ならもう少し小声で言った方がいいと思うぞ。
とはいえカミーラが魔王になろうが知ったことではないし、こっちとしても利用価値があるから配下にしたのだ。
「おほん、それではカミーラ、お前に最初の命令を下す」
「はいはい、何でもいたしますよ。大賢者サマ」
意気揚々と返事をするカミーラに、俺は咳払いを一つして言葉を続ける。
「――お前、この洞窟から一歩も外へ出るな」
「……へ?」
俺の言葉にカミーラは目を丸くする。
「もちろん、お前の眷属もだぞ。万が一にも俺を噛むようなことはさせてくれるなよ」
俺がカミーラをは以下にした理由は、蚊に噛まれたくないからだ。
蚊の親分であるカミーラを部下にすれば、蚊が俺を襲うことはなくなる。
一生蚊に噛まれないとなればこいつを部下にする以外の選択肢はあるまい。
ただこいつを近くに置くのは当然危険なので、洞窟に封印しておくのが妥当である。
洞窟から一歩も出さず、俺も蚊に噛まれない。これが最善の手だろう。
「は、はぁ……それはもちろんですが、他には何かないのかしら?」
「んー、とくにないかな。じゃあそういうことで。何か用があればまた来るから」
「そ、そんな! 大賢者サマぁーっ!」
カミーラに手を振りながら、俺は洞窟を後にする。
「ふふん♪ ふふふん♪」
帰る途中、ジルベールは嬉しそうに鼻歌を唄っている。
「どうした? ずいぶんご機嫌だなジルベール」
「あぁ、主があのような者を配下に加えなかったからな。主の配下は我一人で十分だ」
なるほど、それで嬉しそうなのか。
ていうかなんかセリフがメンヘラっぽいぞ。
もしかして俺が配下を増やそうとするたびにこんなことを言い出すんじゃないだろうな……いや、配下なんか増える予定はないけどさ。
……それでもここまで慕ってくれてるのは悪い気分はしない。
今までそんなことを言ってくれる奴もいなかったしな。……うん。
「あー、その。今日は色々助かった。これからもよろしくな。ジルベール」
「うむっ! これからもずっと共に行こう! 主よ!」
なんかまた重いセリフが出たぞ。これだからコミュ障狼は。
……ま、それなりに付き合っていこうぜ。
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