第8話神獣に懐かれた

「ふー、一仕事したなぁ」


 一日で動き過ぎたな。

 それでも大して疲れてないのはSTRバグのおかげであろう。

 なんかもう、STRだけでいいんじゃないかなという気すらしてくる。


「さーて、腹も減ったしメシでも食べるかぁ」


 と、大きく伸びをしてふと気づく。

 あれ、食べる物なくね?

 そうだった。作業にかまけて食事の用意をするのを完全に忘れていた。

 時刻は昼を回ったあたりだろうか。

 むぅ、食べられないと思ったら本格的に腹が減ってきた。


「だがアイテムボックスに今すぐ食べられるものは……」


 アイテムボックスを探してみると、一つだけあった。

 先日倒して手に入れた魔物の肉である。

 うっ……これかぁ……

 正直なんなのか分からない魔物の肉なんて食べる気が起こらないよなぁ。

 変な毒とかあるかもしれないし。

 ゲームでは食べれたけど、現代人としては成分不明の謎食材は流石に抵抗がある。

 とはいえ腹は減ったしどうしたものか……とりあえず炙ってみるか。

 焚き火にかざして様子を見ていると、普通にいい匂いがし始めた。

 だが何だろうこの匂い、牛でも豚でも鳥でもない色だ。

 俺の中で食欲と倫理観が鬩ぎ合っている。

 どうする?どうしよう?どうすべき?


「くぅーん」


 悩んでいると、物陰から痩せた子犬がこちらに寄って来た。


「ん? 何だお前」


 子犬の毛は泥に塗れ、そこかしこに傷があり、全身汚れきっている。

 魔物の肉を焼いた匂いに釣られたのだろうか。

 ヨダレを垂らし息を荒らげている。

 ったく意地汚いな。追い払うか。


「……いや、ちょっと待てよ」


 俺は追い払おうとして、考え直す。

 この犬、毒味役に丁度いいかもしれないな。

 まずこの犬に魔物の肉を食わせ、安全を確認してから俺も食べればいいのだ。

 そうすれば俺としても少しは安心して食べられるというものである。

 そうと決まれば……俺は焼けた肉を犬に向かって投げる。


「ほぉーら、食べてもいいんだぞー」

「ゥゥゥ……」


 犬は警戒したように唸り声を上げていたが、空腹には勝てなかったのかすぐに肉にかぶり付いた。

 ふっ、所詮は獣よ。

 ガツガツと一心不乱に食べる犬の様子を、注意深く観察する。

 あっという間に食べ終えると、犬は元気よく尻尾を振り始めた。

 とりあえず即効性の毒があるわけでは無さそうだが、ある程度時間の経過を見ねばんからないか。


「となるとこの犬は保護して、しばらく様子は見た方がいいだろうな」


 そうすれば魔物の肉も少しずつ食べていけるだろうし。

 あ、結局今日は食べられないじゃないか。

 うぐぐぐぐ、そう考えたら腹が減ってきた。

 きゅるるると鳴る腹を押さえ、どうしたものかと考えていると。


「己も空腹に関わらず、腹を空かせた子犬に食事を与えるとは……何という心優しき者よ」


 いきなり声が聞こえてきた。

 うおっ!? 何だ!? またイズナか?

 だがその割にしわがれているような……喋り方に引っ張られて声までババア化したとか?

 キョロキョロしていると、また声が聞こえてくる。


「我は神獣ジルベール。人の子よ、我はそなたのような心優しき者を待っておった。見せよう、我が真の姿を」


 自らをジルベールと名乗ると、薄汚れた犬が眩い光を放ち始める。

 光は大きくなっていき、銀色の巨大な狼へと姿を変えた。


「な……!? こいつはカイザーウルフ……?」

「如何にも、ずいぶん老いさらばえてしまったがな」


 ジルベールは顔をしわしわにしてククッと笑う。

 神獣とは、世界に同種一体しか存在しない魔物だ。

 非常に高い知性を誇り、その神々しい姿から神獣を崇める者たちもいるほどだ。

 その中でもカイザーウルフは最強種として君臨し、一度暴れると国ひとつ丸ごと滅ぼす程……という設定である。

 そんな神獣カイザーウルフが何故、こんな小汚い犬に化けていたのだろうか。

 疑問に思っていると、ジルベールは語り始める。


「我にはかつて忠誠を誓った主がいた。その男は強く、逞しく、我と共に世界を駆け抜けた日々はとても楽しかった。だが旅はいつか終わり、男は国を作り王となった。しかし民にとっては良き王ではなかった。その国は力が全てを支配する修羅の国。弱者は虐げられ、強き者が全てを得る……それが男の理想郷だったのだ。我はそれを許せず男と対立し……国は滅びた。我が滅ぼしたのだ」


 それってもしかして、例の設定の話だろうか。

 どうでもいいけどいきなり語ってくるなー。

 距離の詰め方がおかしいだろ。コミュ障か?

 自分で勝手に主と認めた者が気に食わない行動を取ったからといって、暴れて国ごと滅ぼすとは。

 少しは話し合えっての。折角喋れるんだからよ。


「放浪の旅に出た我は、また新たな主を探し始めた。次は同じ失敗をせぬよう、優しき心を持つ者をな。みすぼらしい子犬の姿で歩き回ってみたが、どいつもこいつも我の姿を見るや足をぶつけたり追い払ったりするばかり。空腹にも関わらず、己の食事を分け与えてくれたのはそなたが初めてだ」


 ……何を勘違いしているのか、ジルベールはすごく感動しているようだ。

 どうでもいいが人を試そうとするのは良くないぞ。コミュ障だけでなくメンヘラの気もあるのかもしれない。

 毒味をさせようとしていただけなんて、知られたら刺されるかもしれないな。


「故にそなたを我が主とすることにした。光栄に思うがよい」

「はあっ!?」


 思わず変な声が出る。

 いやいやいや、そんなこと言われても困るから。

 気分を損ねて国を滅ぼすようなコミュ障メンヘラ狼の主なんかになったら、俺の身が危ないだけである。

 すれ違いからまともな会話もせずに突如離反、そして俺は刺される。……そんな未来が今見えた。

 これは断固拒否しなければならない。


「……あーその、悪いがジルベール。俺はお前の主になれるような男じゃない。他を当たってくれないか」

「……何という謙虚さ。ますます気に入ったぞ。やはりそなたこそ我が主に相応しい」


 何故かますます気に入られてしまった。

 違う。そうじゃない。本当に迷惑なんだよ。

 コミュ障メンヘラ特有の思い込みの強さも持っているようである。

 ……しかしストレートに迷惑だと言うわけにもな。

 こいつの性格からして、裏切られたとか言って暴れそうだ。

 俺は考えた末、大きくため息を吐いた。


「……わかったよ。ジルベール。お前の主になってやる」

「おおっ! 本当か!?」


 めちゃくちゃ嬉しそうに尻尾をブンブン振るジルベール。

 こうなれば下手に暴走されないよう、俺が上手くコントロールするしかあるまい。

 一応主従関係は結んでいるみたいだし、大丈夫だろう。……多分。

「そうと決まれば、お前の家を作ってやるよ。ほら、ついてきな」

「なんと、我が家を作ってくれるというのか!?」


 そりゃ、お前みたいにでっかい狼にその辺ウロウロされたら危ないからな。

 俺の家に居られても困る。


「よし、じゃあちょっと待ってろ」


 DIYスキルで、ジルベールが入れるくらい大きな犬小屋を建てる。

 うん、いい出来栄えだ。ジルベールも嬉しそうにしている。


「ここが我が家か……良いな、気に入ったぞ!」

「そりゃよかった」

「だがそなたの家とずいぶん離れているな。我としては主の家の隣が良かったのだが……しかし寝心地はとても良い! 気に入ったぞ主よ!」

「……そりゃよかった」


 犬小屋の中で嬉しそうにはしゃぐジルベール。

 ちなみに犬小屋は社の向こうに建てておいた。

 こんなデカい狼に家の周りをウロウロされたら心臓に悪いしな。

 ここは人外同士、仲良くしてもらうとしよう。


「む、そやつは神獣か? 随分仲良くしておるようだが……」


 そうこうしていると、社からひょっこりとイズナが出てきた。

 一応挨拶しておいた方がいいか。


「あぁ、ジルベールという。ここで飼うことにしたから仲良くしてやってくれ」

「ふむ、わらわは構わんが……」


 口ごもりながら、イズナは俺の後ろに視線を送る。

 ん、何だろう。視線の先に目を向けてみると、俺の後ろにジルベールが隠れていた。


「何やってんの、お前」

「……我は誇り高き神獣。主以外の者に心は許さぬ」


 いや、挨拶くらいしろよ。

 というか俺の背中に隠れるのは何なんだ。尻尾もシュンとしてるしよ。

 もしかして見知らぬ人間を見て恥ずかしくなったのだろうか。

 この狼、コミュ障すぎる。

 危険かと思っていたが、思った程気にしなくてもいいかもな。


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