常夏の都へ その4

皇紀835年刈月21日 拓洋市


 30時間の空の旅を終え、帝国新領の首都『拓洋』に降り立って先ず面食らったのはその暑さだ。

 気温摂氏30度、分屯所の気温がすれば60度の気温差。風呂なら火傷してる。

 行李の中の軍服はどれもみんな羅紗で、この暑さじゃ着れたもんじゃないがこれしか無いので着るしかない。

 おまけに一年間の極寒地暮しで、俺の腹には分厚い脂肪が纏わりついていた。これすべて海獣の肉のせい也。

 濃緑色の軍袴に腹を押し込め軍衣の前をムリから締める。そう言えば黒い長靴も暑苦しい。大汗かいて身支度を整え司令部からやって来た18式小型乗用車に乗り込み空港を離れる。

 黒塗りの高級車を期待したが、乗合自動車とか辻待自動車に乗れとか言われるよりましか・・・・・・。


 海岸沿いの通りを走り拓洋市街地へ、港には大中小無数の商船が着岸し、ふんどし一丁の冲仲仕達が尻尾を揺らしながらそれらの船に群がり荷を積み下ろす。

 港の風景が一瞬途切れ現れたのは、その辺から拾って来たか流れ着いて来た様な木材やら廃船やらを、適当に積み上げでっち上げた小汚い街。これが拓洋二大貧民窟の一つ『浪洗街』か?無蓋なので饐えたドブのような臭いが鼻に突く。

 そこを過ぎればまた賑やかな港の風景が続き、次に内陸に進路を取ると、白い外壁が目に痛いほどに輝く商業地に入ってゆく。

 新領から吸い上げられる様々な資源、鉄、銅、軽金属、燃素、浮素、木材、綿花、香料、茶葉、珈琲豆、サトウキビ、穀物、・・・・・・。それらを北に送り届ける商社や買い付け資金を融通する銀行の支店、またそれに群がる様々な企業の支社や支店が、最先端の意匠をもって設計されたビルディングを連ねている。


 さらに南に進むと、まるで城の掘割の様に2本の川に囲まれた区画にたどり着く。

 中央に皇帝陛下が行幸された際に御座所として使う『拓洋離宮』その右手には帝国新領行政機構の最長点である『新領総督府』そして、その正面にそびえるのが、新領総軍140万を統括する『新領総軍総司令部』だ。

 車寄せに停まった18式から飛び降り、防暑帽に防暑略衣姿の衛兵から恭しい敬礼を受けて館内に入る。

 一階の玄関広間は恐ろしく広大で、椀型の天窓には蓮の花を表現した装飾硝子がはめられ、床には様々な色の石材で南方大陸の地図が描かれている。遍く照らす皇帝の威光で大陸全土を照らす、と、言う意図の意匠だとか。


 案内板に従い特務機関を目指す、昇降機に乗り最上階の7階を目指し到着すると最奥の部屋へ進む。

 分厚い扉を押し開けるとそこからまた廊下が続き、左右には『遥宮州部』『乾土州部』『深翠州部』との名板が掲げられた小部屋が並んでいる。

 おそらく、各州に置かれた支部を統括する指揮所があるのだろう。

 廊下の奥には『機関長室』と名付けられた部屋。扉を叩き、中から現れた若い中尉に名を告げると通される。

 ここでまた扉が現れ、中尉が扉の向こうに俺の来訪を告げると、繊細だが良く通る力のある声が答えた「通せ」

 拓洋の街を一望に見下ろすだだっぴろい執務室。ただ調度は恐ろしく簡素で、木製の巨大な机と壁の左には書棚右には精密な南方大陸の地図。あと、応接用の机と椅子が四つばかし。

 部屋の主は、俺を認めるなり机を離れ立ち上がり、ゆっくと歩み出て「堅苦しい挨拶は抜きだ。まぁ、掛けろ」と四つの椅子を形の良い顎をしゃくって示す。

 その姿を見るなり、俺は自分の身の回りの空気が二三十度下がったように感じた。

 水晶細工の様な白銀の短髪は緩やかに波打ち、鳶色の瞳を持つ目は俺を冷ややかに見据える。意匠そのものは陸軍のそれだが、ただ生地は目が覚めるほどの白であつらえた軍服。足元は質のよさげな黒革の長靴。同じく黒革の革帯で引き締められた胴回りは嫋やかに細く、軍服に覆われた胸は豊かに膨らみ、飾緒を跳ね上げている。


 俺の中では、良い女の定義が三つあって、一つは今晩是非とも一つお願いしたいと思う女と、もう一つは床の間に飾るか額縁に入れるかして鑑賞したいと思える女、最後は、係るとロクな目に遭わないと一発でわかる女なのだが、目の前のお方はその極めて三番目の要素が高い二番目の女と言うべきで、おかげで俺は冷房の必要もなく凍えているわけだ。


 このお方が、トガベ・ノ・セツラ少将。新領総軍特務機関機関長。


 俺の新しい上官だ。

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