常夏の都へ その3
翌日、15式に乗って部隊本部へ向かう。
途中、雪に阻まれ立往生し、部隊本部に着いたのは真夜中の0100。
期日まであと2日、目的の新領総軍司令部の有る拓洋まで行くには、南方大陸を縦断しなきゃならんのだ。どうするの?
まぁ、ジタバタしてもしょうがないかと、その夜は駐屯地の士官用食堂の長椅子で毛布を引っ被ってふて寝を決め込む。
そして翌朝、周囲の騒がしさに目が覚めて、窓の外を見ると何人もの警備隊の兵士が営庭に立ち茫然と空を見上げている。
何事か?と思い俺も窓から頭を出して空を見上げると、オドロイタ。
雪雲に覆われた空をさらに覆う灰色の巨大な翼。下面に配された2基の20糎連装砲と同数の15糎連装砲、数えるのが面倒に成るほどの25粍二連装機関砲、八基の推進器。鋼鉄の船体を悠々と天空に浮かせる『浮素瓦斯』を充満させた翼には、帝国航空軍の紋章である『雲間に浮かぶ蓮の花』が。
第2航空艦隊所属乙種飛行戦闘艦『天籟』だ。
「オタケベ少佐!迎えだそうだ」
マヌケ面で天を仰ぐ俺の背中に飛んでくる声。第49国境警備隊隊長、ヤガノ大佐が士官食堂の入り口に立っていた。
「あれが、ですか?」
と、天を指さし問う俺に。
「左様、儂ですらここに赴任してきたときは輸送機の貨物室だったのに、流石名門武家のご子息は扱いが一味違うな」
今年55歳を迎える大佐。最後の経歴が僻地の国境警備隊長ともなれば、格別の待遇で新領総軍総司令部に召還される俺に対し、嫌みの一つも出るのは無理からぬことか。
とは言え、俺だって軍服が穴だらけに成るほど勲章をもらったってのに、つい一日前まで極寒の地で毛むくじゃらな現地兵と海獣鍋を囲んでたんですぜ。
軍用行李を引きずりながら営庭に出ると『天籟』はすでに着陸していた。
全幅は敷地ほぼいっぱい、植栽一本建物の瓦一枚傷つけることなく巨体を下す。中々の操艦技術と言わせてもらおうか。
紺碧の制服を身にまとった航空軍士官が俺を出迎え、従えていた同色の作業衣姿の航空兵に俺の行李を持たせて艦内に招かれる。
先ずは艦橋へ案内されて艦長に挨拶。その後士官室に通されここで拓洋に到着するまでおくつろぎください、と来たもんだ。
四方の壁に床に天井は分厚い鉄板だが、カチカチにノリが効いたシーツやら、座り心地の良さげな椅子やら、熊の巣穴みたいな中隊分屯地から見れば、物質文明の最先端だ。
専用の洗面台が有ったので、ここで鬚を剃っておこうと思い立つ。艦が離陸すればカミソリなんて危なくて持てやしないだろう。
ラッパの高らかな音色と共に『天籟』が陸地を離れるころには、なんとか生えに生えた無精ひげを剃り落とすことができた。
鏡に映った顔は、二重瞼の大きな目に、濃い眉毛、太い鼻に篤い唇、しっかり張った顎。人からは『くどい』と言われある人からは『連合の人間か?』と言われる何時もの俺。
しかし、七年間の転戦続きの戦場暮しと、一年間の極寒生活で肌の艶は失せ、よくよく見れば小じわがあちらこちら。
苦労したんだな。俺も。
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