常夏の都へ その2
その途端、鋭い着弾音と共に頭巾の中の中尉の顔が爆裂した。
鮮血が雪原に飛び散り、桃色の脳髄が俺の防寒衣にこびりつく。
北側の雪原から、
防寒衣の頭巾を脱ぐと白い毛でおおわれ犬のように口の周りが突き出した顔が現れた。ついでに言うと防寒衣とその下の軍服をぬいでも全身白い毛に覆われている。
俺たち北方大陸の人間が『多毛人』とか『獣人』と呼ぶこの辺りの原住民だ。
北方人種に『発見』される前は海獣や魚を獲って暮らす狩猟採集民だったが、今では月四圓五十銭ポッチの給料を貰い、帝国陸軍兵士としてこの極寒の地の守りを任されている。
つまり俺が指揮する兵の一人。名前はヅアク階級は先任曹長、この辺りで暮らすティトゥク族の一員。
「すまないねぇ、それにしても光学照準器を使わないであの距離から一発で決めるとは良い腕だ。さすが臨南一の名狙撃手だな」
「いやぁ肝を冷やしたなす。大尉殿が無駄話をして時間稼ぎしておくんなれば、狙いを付ける時間を稼げんかったなす」
と、言いつつ年代物の七十式歩兵銃の銃身(目下の主力小銃、15式歩兵銃や16式騎兵銃は半自動で高性能な結構なシロモノだが、いかんせんこんな平和なイカナにまで回って来ていない)で中尉をつつくと。
「しかし、大尉殿を狙う奴等はしつこいでなすなぁ、これで何人目だったし?」
「四五人ってところじゃねぇか?いい加減諦めて欲しいけど、俺のやったことを考えると、まぁ殺したいほどムカつくわなぁ」
崖の下の少尉と雪原に転がる中尉を残して、ヅアク先任曹長を15式に乗せ分屯所に戻ることにする。
二人の死体は、雪カラスやら極南オオカミ、凍土熊が綺麗に始末してくれるだろう。
分屯地に戻るなり、兵舎から防寒衣も着ずに無線手が飛び出して来た。俺の帰りを待っていたのだろう。
「た、たた大尉殿!こ、これを」
と差し出された紙片一枚。
「司令部より大尉殿への至急の転属命令です『発、新領総軍総司令部、宛、第29軍第49国境警備隊第2中隊オタケベ・ノ・ライドウ大尉、貴官ヲ皇紀835刈月17日付ニテ少佐ニ任ジ、新領総軍特務機関ヘノ転属ヲ命ズ、付イテハ21日0900マデニ総司令部ニ出頭サレタシ、辞令ハ追ッテ交付スル。以上』」
何かの罠か?陰謀か?思い当たる節が山ほどあって、どれか解らねぇが命令に従わなきゃならないのが宮仕えの宿命。
しゃぁ無いか、行くしかあるまい。
ヅアクが俺のことを名残惜し気に(気の毒げか?)に見つめてくる。
「ま、そう言う事だ。短けぇ間だったが世話になった」
「こちらこそ、お世話になりましなす大尉、いえ、少佐殿、今までいろんな指揮官が来ましたんが、アナタだけが唯一、わすらに対し人間らしい扱いをして下さいましたなす。このご恩、生涯忘れんなすよ」
クソ寒くて、退屈で、偶に刺客は来るが、悪くない場所だったな。
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