過去からの追撃 その8

「何をボッとしとるか少佐!首と胴体が泣き別れに成る所だったぞ!」


 夜目にも鮮やかな白い軍服が俺に背を向け立っていた。

 トガベ少将、御自らご出陣とは。


 奴は新手の敵の出現に戸惑いも見せず、すぐさま姿勢を戻し蛮刀を振りかぶって少将に突進しようとしたが・・・・・・。


 二三歩駆けて飛び出すも、急に脚をとめ固まったように動かない。


 なんだ?なにが起こった?


「どうした?可愛い角付きのお嬢ちゃん。お姉さんがこわいの?」


 今まで聞いたこと無い様な女らしい口調で殺し屋を挑発すると、やっと思い出したように少将に突っ込んでくる。

 少将は引くことなく軍刀を正眼に構え待ち受ける。

 また火花が散った。我が身に迫った奴の刃を上段からの振り下ろしで地面目掛け叩き落としたのだ。

 それでも奴は蛮刀を手落とすことなく素早く身を引き立て直しまた少将に迫る。

 けたたましい連射音。少将と奴の間に土煙の壁が現れると、今度はが影の様な集団が音もなく左右から駆け寄って来た。


 黒と濃紺のまだら模様のつなぎ服。頭には目出し帽。胸には下士官銃用の弾帯。手には着剣した17式下士官銃サブマシンガン。右左合わせて一個小隊ほどか?


「殺すな!生け捕りにしろ!雇い主を吐かせる」


 命令通りその部隊は奴を取り囲んで銃剣を素早く足元や手元に繰り出し、銃床を顔面や鳩尾に叩き込もうとする。


 しかし奴はそれをすべて交わし、蛮刀を繰り出し人出で出来た垣根を切り崩そうとするが、相手も一歩も引かず囲みは中々破れない。

 海の際ギリギリまで進退窮まったと思った途端、奴は黒青まだらの一人に抱き着き海に飛び込んだ。まだら連中は銃口を一斉に海に向けるが仲間がいるから撃つに撃てない。


 しばらくすると、一緒に落ちたまだらの一人が仰向けに成って浮かんできた。仲間が飛び込んで何とか引きずりあげる。


「気絶しておりましたが命には別状ありません。海水を一切飲んでおりませんでした」


 まだら連中の指揮官か?素早く少将に駆け寄り状況を報告。そのあと苦し気に「標的は取り逃がしました。申し訳ございません」


 腰を深々と折って詫びる彼に、少将は冷ややかに答えた。


「個々の動きは見事な物だが、連携はまだまだ成って無いな。更なる訓練が必要だ」


 これを受けまだらは定規で描いたような敬礼を残し、部下たちに現場の片付けの指示を始めた。

 少将は愛刀の『斬月』を鞘に収めつつ、長い息をついて


「あの娘、恐ろしいほどの手練れだな、この私ですら一太刀も浴びせる事ができなかった。貴様が手玉に取られるのも無理からぬことだ。それにしても、あいつ一瞬固まった。なぜだ?


 俺もミンタラ刀を鞘に突っ込みつつ。


「少将閣下の美貌に見とれたんじゃ無いですか?」

「女に懸想する高尚な趣味を持っている成りには見えなかったな。それに、あの目は・・・・・・まぁそんな事はどうでも良い」


 そこで閣下は言葉を切って、俺の目をあの恐ろしい鳶色の瞳で覗き込み。


「そういえば、お前も動きを停めたな?あの殺し屋に何かあるのか?」


 閣下の問いに答えない必要も無いので。


「ちょっと前に最後を看取ってやった娘の身内じゃないかと思いましてね」

「第一特挺群時代の話か?」

「その通りで」

「恨みを買うような事でもやらかしたのか?」


 しばらく考えたが、思い当たる節が無いし、そもそもあの娘の身内であると言う確証ですらない。しかし、あの角の首飾りは。


 頭の中を整理してから考えるとしよう。とりあえず首は横に振っておいたほうが良いだろうな。


 俺は話題を変えるため、まだら連中の方を見て。


「あいつらが、先だっておっしゃてた直轄部隊って奴で?」

「そうだ、名前は適当に『零大隊』と付けてはいるが、新領総軍の正式な編成表には一切登場しない隠密部隊だ。それにしても、見事に此方の術中に嵌ってくれたな一味は。殺し屋を捕らえられなかったのは残念だが、奴らの尻尾は掴むことができた」


 愉快気に笑う閣下。俺も釣られて頬を歪める。


「電話の盗聴を逆手に取って罠を仕掛けるとは流石特務機関。で、何時から総軍司令部の電話が盗聴されてると気づいたんです?」

「私をバカにしているのか?情報が筒抜けなのは前々から気付いていた。ただどこから洩れているかは解らなかったが、さまか交換台からとはな」

「交換手からですか?」

「そうだ、有尾人の交換手を買収して盗聴させていたのだ。さっき身柄を抑えたとの報告を受けた」

「女の子でしょ?拷問とは可哀想に」

「何を言う。我が帝国は文明国だぞ、女性の尋問官を付け実に紳士的に話を聞いている」


 少将の言葉が本当であることを願いたいね。女を泣かすのは好きじゃない。

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