過去からの追撃 その7
皇紀835年干月4日
拓洋市臨海区
虱棲街の不味い空気にいい加減げんなりしたので、海が見える臨海区まで来て潮風を浴びながら晩飯を食う事にした。
拓洋湾に突き出した突堤の先っぽにある食堂レストラン名物はこの辺り特産の岩ガニを唯々塩水で茹でただけの料理。こいつにモバサン族が昔から作り続けて来た魚醬を付けて食うのだが、コイツがめっぽう美味い。
俺の顔ほどあるデカイ岩ガニが3匹、ホーローの洗面器にぶち込まれ木づちと一緒に出される。硬い甲羅を木づちで叩き割り、中から出来たブックリとした身を魚醬を付けて食う。
辛い目の白葡萄酒との相性は抜群だ。魚醬とカニ味噌を混ぜたヤツに身を浸して食うのも美味い。
無心にカニを食った後、くちくなった腹を抱え、食堂の電話を借りて少将と連絡を取った。
「闇の口入屋をしてるコン・ヌーって奴から話を聞きました。依頼主は帝国軍人、九分九厘クズギでしょう。しかし雇われたヤツの方はぼんやりとしか分かりませんでした。2年ほどまえから商売を始めてる新参者らしいです。あと雇い主がそいつを見た途端『『雲霧林の戦鬼』の末裔』とかなんとか言ったらしいとも。俺もこの二つ名は聞き覚えがあるんですが、まぁ、傭兵や殺し屋やそんな物騒な商売を主な現金収入の道にしてる原住民は結構いますからね『砂漠の獅子』とか『草原の餓狼』とか」
電話の向こうでしばらくの沈黙の後。
「たしかに、頭に角を生やした連中には特に多い。私も当たってみよう」
「俺の方も古い知り合いにその辺りに詳しい奴が居ますんで、明日会って話を聞きます」
通話を終わり店を出て、しばらく船着き場をほっつき歩く。
ガス灯に照らされながら磯臭い夜風に吹かれていると、レンガ造りの倉庫の陰から黒い小さな人影が現れた。
頭巾付の黒い円套。手にはあの蛮刀。覆面の上の目はガス灯に照らされ怒りに爛々と輝いている。
俺は背中に吊った20式に手を伸ばしたが、一瞬考え直し、背広の前合わせを開け肩から下げた得物に手をやった。
「仕事熱心なことだねぇ。けどさぁ、お前の雇い主がコン・ヌーに払ったのは3千圓だぜ、お前さん幾らも貰ったのさ?だいぶ抜かれてんじゃねぇか?」
俺の言葉は全く意に介さず、ゆっくりと近づいてくる。
「それとも金なんてどうでも良いのかい?俺に恨みでもあるのか?」
その瞬間だ。奴はものすごい速さで俺に迫って来た。気が付けば俺の懐。
が、簡単にやられる訳には行かねぇ、吊るした得物を引き抜いて、奴を交わしたそのすれ違いざまに横っ面めがけ叩きつける。
帝国の山奥に今でも狩猟を主な暮らしの糧として生きるミンタラ族。その彼らが日々の暮らしに、そして己の命を守る武器として、男子が成人の証に一生に一振り与えられる山刀。言わいる『ミンタラ刀』
神聖な沢から取れる玉鋼を鍛えて作られるそれは、切っ先が鋭くとがった20
その鋭い刃は頭巾をものの見事に切り裂き奴の頭を露にした。
黒いぼさぼさ頭の上には黒く短いカモシカの様な角。翻った黒円套の裾から覗いたのは黒い房を先っぽに生やした長い尾っぽ。
奴は勢いを殺して立ち止まり、また俺と向き合うと先ほどと同じ速さでっ込んできた。
あの蛮刀を左右に翻しつつ、地面を這うように突き進んでくる。俺は動きをしっかり見極め、十分に引き寄せると低く構え目の前に迫ったと同時に身をかわしミンタラ刀を捻りを加えて突き入れる。
やった、狙い通り
そしてあの蛮刀の強烈な一閃、ミンタラ刀で受け流し返す刀で奴の手首を狙う。奴は器用に蛮刀を反して刃を弾きお返しとばかりに俺の首をかき取りにかかる。そうはいくかと今度は奴の肩口に刃を送り込むが、地面に転がられそいつも交わされる。半歩進んで奴を追い、高い位置から左右に刃を送り込み叩きつける。そいつはことごとく蛮刀に弾かれ、反撃に足首狙いの横殴りを喰らう。飛び跳ね避けると、やつはもう5
いやぁ、四十路でこのチャンバラはキツイわ。息は上がるし汗だくだ。ミンタラ刀を構えなおし奴と向き合う。
さすがのバケモノも足に怪我をしてる上にこのやり取りなもんだから、流石に息が上がったのか覆面をかなぐり捨てた。
黒く短いぼさぼさ頭、黒く短い2本の角、大きな猫の様な吊り目には吸い込まれそうな黒い瞳。激しく息をする口に牙みたいな八重歯が一そろい。
裾の短い黒い貫頭衣に同じ色の手甲と脚絆。右太ももには血のにじんだ布を巻きつけている。たぶん俺が拵えた穴がそこには開いているはずだ。
全体的に柔らかい線を持つ体形に少し膨らんだ胸から察するに女、いや背の高さから女の子?
奴は首元に手をやると、そこから首飾りの様なものを引っ張り出し、それを握りしめ額に当て何かつぶやく。そして尾を左右に振りながら俺に突っ込んできた。
その刹那、奴の首元に揺れたそれを見た。
小さな黒い角。
一瞬、俺の意識はあの日の夜。迂恕うどの倉庫街に吹っ飛んで行く。
「あ、
そう言ってその娘は俺の腕の中で息を引き取った。引きちぎられた服、太腿の間や尻からは夥しい血、尾は引き千切られ、右目は潰され、両手の指はどれもまともに骨がつながった物も爪のある物なかった。
そんな有様でもその少女は俺の防暑襦袢の襟を握り、息も絶え絶えに。
「角、を、里に、里の、妹に・・・・・・」
その少女にも、2本の黒い角があり、小さな口元には八重歯が一そろい・・・・・・。
眼前に白い影が突然現れ、俺の意識は拓洋市臨海区に引き戻された。
白い影は奴にぶつかり、鮮やかな火花を散らすと奴を海に向かって吹き飛ばす。
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