常夏の都へ その5

 二十代、それも女の身ながら少将にまで上り詰めたのは、御皇族をその始祖から支え続けた十二公家が一つ、トガベ家の血筋故の事だけでは無いと色々噂は聞いている。

 とは言え、俺も一応名門武家に産まれた男、おまけに歳も余分に食ってる訳で、舐められて堪るかと「では、お言葉に甘えて」と腰を掛ける。ああ、腹がキツイ。

 少将は自分が掛ける前に書棚から琥珀色の液体の入った瓶と硝子の盃を二つ、盆にも入れず卓に置き、それぞれに中身を注いで。


「茶や珈琲よりも、こっちが良いだろ?」


 と、綺麗な形の唇を悪戯っぽく笑みで歪める。俺も「ま、嫌いな方では無いので」と答え、少将が腰を下ろし盃を掲げ口を付けると俺も一口含んだ。

 神聖王国連合産の麦火酒、それも年代物か?口腔から鼻腔に抜ける泥炭臭と、胃の腑に落ち込む熱気を楽しむ。


「国境警備の任務は、退屈だっただろう」


 そう問う少将、何もかもお見通しのクセにと思いつつ。


「日がな一日毛むくじゃらの部下と一緒に流氷見物氷河散歩。しかし素晴らしい絶景のお陰で退屈はしませんでした。小官に画才があれば帝国芸術院に出品できる絵が何十枚も書けたでしょうな」


 俺の無駄話を鼻で笑い盃を煽るその目は、しかし全く笑っておらず、ひたすら冥い視線で俺を値踏みしている。

 女に嬲られるのが好きな男なら、この時点で昇天しているだろう。

 だが、俺にはそんな高尚な趣味はないので、質問をぶつけてみた。


「で、閣下は小官に何をせよと仰せですか?間諜スパイでありますか?」


 その問いは、背筋が凍るような微笑と共に帰って来た。


「間諜については事足りておるし、そもそも貴様は本来の意味での間諜には向いておらん、自分でも解っておるだろう?ひたすら己を虚しくし、人の間に深く深く潜行するのが間諜の神髄。貴様の様に人として濃い色彩を持つ人間には最も不向きな任務だ。私が貴様に求めるのは、特別挺身隊七年間で身に着けた戦技と原住民についての深い造詣、そして、何者の助けも必要としない活動能力だ」

「ご自分の自由に成る部隊をお造りなりたいんで?」

「それなら此処だけの話もう作った。貴様の古巣やらミンタラ人部隊、原住民の優秀な奴ばかり集めた私の直轄部隊だ。だが彼らは銃器に例えるなら歩兵銃だ。大威力の銃弾を大量に敵に目掛け叩き込む。だが戦いはそれだけで決しない」


 二口目を口に含んで、考えを巡らす。間諜でも無ければ、部隊の指揮を任せたいというのでなければ何だ?

 考えに考えて、俺は最悪の結論をあえて口にした。


「小官を狙撃銃。つまり殺し屋に仕立てようって腹ですか?」

「殺し屋なら臨時雇いでも充分だろ?この世にはピンからキリまで殺しを生業にしている奴等は大勢いる。わざわざ常時抱える意味が無い。私の欲しいのは万能の銃だ。狙撃も出来るし煙幕も張れる、麻酔弾も撃てれば榴弾も照明弾も投射できる。貴様と言う稀有な存在の話を耳にした時、私は貴様の使い道を咄嗟に思いつき、貴様を極寒の地に一年も閉じ込めた軍上層部の無能さにあきれ果てたものだ」 

「そりゃ、過分なご評価、痛み入ります」


 空に近くなった俺の盃に、少将は再び麦火酒を注ぎ込み。


「三大勢力が総力を挙げて戦い、その力を絞り出させた全球大戦が終わった後の世界は、より一層混とんを極めるだろう。あの頃の様に戦えなくなれば、覇権争いの方法はより一層陰湿に成るだろうし、この大陸中に各勢力がばらまいた武器や思想は、我々北方大陸の者に反感を抱く原住民にどういう使われ方をするか火を見るよりも明らかだ。そんな時代に新領において我が帝国の覇権を維持拡大するには、普通の戦い方では追いつくまい。よって貴様の様な融通無碍な戦力が必要と考えた」


 そこまで言うと少将は自分の盃にも麦火酒を並々と注ぎ、それを捧げ持つと。


「オタケベ・ノ・ライドウ少佐、この私が戦おうとしている新しい形の戦争を一緒に戦ってくれたまえ」


 少将の話は五分の四までは理解できた。と、思う。しかし、まだ釈然としないところもあるにはある。

 だが、だ。上官からやれと言われればやるのが軍人の定め。それになんか面白そうだし・・・・・・。

 新しい戦争だと?かなり胡散臭く、危険の影が濃厚な話だが、浪漫って奴を感じる。

 だいたい、あんな雪と氷と岩と毛むくじゃらなネェちゃんしかいない凍土地帯は、一年も居れば飽き飽きする。

 俺は盃を取って少将に倣って捧げ持ち。


「謹んで、拝命いたします」


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