過去からの追撃 その10
「やはりご存知ですか?」
「この私も、実際に会ったことはありません。しかし、かつてその名で呼ばれ恐れられた種族が居たことは聞いておりますし、調べられる限り調べたことはあります。彼らの名は『ネールワル』中央大山脈北稜に広がる広大な雲霧林で生きる勇猛果敢にして誇り高き戦闘民族です」
この後、ウイレム神父が語った話はこんな中身だ。
東西に長々と広がる南方大陸を一匹の巨大な魚に例えると、ちょうどその背骨にあたる部分に中央大山脈と呼ばれる長大な山岳地帯がある。
その北側は雲や霧で一年中湿気が高く、木が良く育つもんで広大な森林地帯が形成されているが、これが『雲霧林帯』で、そこを住処にしているのが『ネールワル』と言う連中だ。
外見は短い二本の角と長い房尾を持ち、総じて小柄で顔立ちは眉目秀麗。空気の薄い高地の森林で暮らすので俊敏な上に持久力も体力も他の種族や北方人種とは段違い。
一か所に定住せず、古くから男は、時には女も武装し傭兵や用心棒などの仕事を請け負い暮しを立てて来たという。
彼らは自らを、この大陸に高度な文明と叡智をもって君臨した伝説の種族『尖耳人』を守護してきた種族と信じており、ゆえに誇り高く決して他の種族と交わらず、疫病や戦役で徐々に数を減らし、北方種族の侵入でとどめを刺され、今では南方大陸全体で1000人居るか居ないとか。
「200年ほど前に北方大陸からもたらされた肺病の流行が、ネールワルの人々を最終的に追い詰めたのでしょう。今では幻の民族に成りましたが、なぜまたそんなことを?」
と、聞いて来たので色々内輪のややこしい事は大いに端折って昨日までの経緯を説明した。
すると神父は顎髭を扱きながら、ムムと唸り。
「なるほど、それは災難ですな。しかし彼らは言い伝えによると、およそ殺しに関しては手段を択ばない。吹き矢に毒矢、罠に銃器も使うといいます。しかし、貴方を狙っている者は終始蛮刀を使っている。これも言い伝えですが、ネールワルは肉親を殺された場合、その復讐には絶対に一族に伝わる『クッラ』という刀を使わねばならないという掟があるとか、なにか身に覚えは?」
首がちぎれんばかりに横に振るが、ふと思い立って止めた。またあの日の夜の事が頭をよぎる。
「無いなら誤解されたか騙されたか、そのいずれでしょう。誤解なら一日でも早く解かねば、でないと貴方は明日の夜明けを見る事ができなくなるかも」
これで話はだいぶつながった。
少将に見いだされ拓洋にやって来た俺を、よいよ本腰入れて始末しなきゃならないと考えたオムロとクズギ。
腕扱きの殺し屋をコン・ヌーに頼み探させ、やって来たのがネールワルの少女。おまけに俺との因縁も抱えてると来たもんだ。これは良い買い物をしたと奴等はあの子にある事ない事吹き込んで、俺を殺させようとしてる。
ざっとこんなところか?
「有難うございます神父。お礼に私の方からお知らせしたいことが」
立ち上がりながら俺は神父に言う。
「何ですかな?」
「首尾よく俺がご来光を拝むことができれば、おそらく帝国本国の第17軍と新領総軍の第6師団で指揮官の首が据え変わる事に成るでしょう」
「おお、それは良い話ですな。そうなる様に、神に祈りましょう」
と神父は
皇紀835年干月5日
拓洋市御座区新領総軍総司令部特務機関長室
流石にまだ日が高いので火酒ではなく茶がでた。中央大山脈北嶺の茶畑で取れた茶葉を発酵させた『薫茶』。
羊の様な巻角にはちみつ色の髪の毛を持つ少女の様な当番兵が優美な所作で淹れてくれた。・・・・・・もしかして閣下の趣味か?
砂糖も牛乳も入れず一口飲み『こりゃ高級品だな』と頭の中で値踏みする。
「ネールワル族か、やはり南方大陸は広いな。まだまだ我々の知らん種族が居るかもしれん。その嘗ての支配民族『尖耳人』とやらも生き残っていてもおかしくは無いだろう」
そう言って閣下は茶碗を置き。
「さて、これでオムロとクズギが今回の件の黒幕である事の状況証拠は整ったな。とは言え、決め手には欠けるといった所だが、貴様、これからどうする?」
その問いに、租界からここまで来るまでの間の辻待自動車の車中で考えた『結論』閣下に話した。そして。
「と、言う事で閣下、今から小官はオムロに寝返ります。悪しからず」
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