黒衣の刺客現る その5

皇紀835年干月4日 拓洋市臨海区華隆街




 その後、拓洋警察局の臨海署に連行された俺は、取り調べ紛いの事情聴取を受けたが、最初のデブ共の襲撃については軍機も絡んで喋るわけにはいかないし、その次の黒円套からの襲撃については俺自身さっぱり理由がわからないので喋りようがなく、結局刑事相手にだんまりを決め込み、身元照会が終わるまで五時間も取調室で粘られた。


 被害者は俺なんだぜ、俺!


 唯一嬉しかったことは、俺の背広一式をチュゥニが届けてくていたこと。砂色の中折れ帽に亜麻布の襯衣シャツ、帽子と同色の綿の背広上下と胴衣チョッキ。桃色の絹の襟飾ネクタイに焦げ茶の皮と布で出来た短靴。ひとつ残らずそろっている。そして、胸元には紙片が一枚。身と見ると『ご無事で何よりでしたお客様、これに懲りずにまた遊びに来てくださいませ』と、印鑑代わりに真っ赤な口付の跡。こっちこそごめんよ怖い目に合わせて。また行くからねぇ。


 気を取り直し辻町自動車を呼んで月桃館まで送らせる。


 玄関前に着くと、嫋やかな人影がそこに立っていた。


 豊かなカラスの濡れ羽色の長い髪は背中の辺りで束ねられ。潤んだ黒い瞳は眠気に抗いまぶしそうに俺を見る。絹のゆったりとした寝巻は、それでも彼女の体の曲線美を隠すことは出来ない。


 この月桃館の女主人マダムジングウ・ユイレン。その人だ。


「オタケベ様、気晴らしもよろしゅうございますが、あまり遅く成られますと、お体に障りますわよ」


 と、形の良い眉を潜ませ心配そうに、いや、ホント、この顔を見ると、今日一日の疲れが癒される。


「すみません、ユイレンさん、ちょっとはめ外しちゃいまして」


 頭かきかき玄関を潜ると、ユイレンさんは俺の後ろについて来て。


「お食事はよろしゅうございますか?料理人は帰りましたが簡単なものでよろしければ私がお作りしますわ」

「お気持ちだけ有難く頂戴します。けど疲れましたので休ませていただきます。お風呂も部屋で済ませます」


 ああ、こんな健気な方に気を遣わせるとは俺も因果だねぇ。

 ユイレンさんは一階に残り、昇降機エレベーターにフラフラむかっていく俺に向かって。


「それでは、ごゆっくりお休みくださいませ、朝食は遅い目にご用意いたします」


 やっとたどり着いた俺の部屋、503号室。懐から鍵を取り出し取っ手に手を掛けようとしたその瞬間。


 木片をまき散らし、扉にあの鍵爪のような刃がいきなり生えた。

 下袴ズボン革帯ベルトに挟んだカールデン式小型拳銃を引き抜く、銃口を突き付けた先には扉を蹴開けたあの黒円套が立っていた。


 クソ!ここまで追って来たか!


 奴は廊下に現れた。左手には一階に下りる階段と昇降機。背後には非常用の扉。

 逃げ場のない昇降機は論外、階段を降りて一階まで行けばユイレンさんを巻き込むかも知れねぇ、それも論外。残るは・・・・・・。


 すで駆け出していた奴目掛けに二発叩き込む。宿泊客の皆様、夜分のご迷惑誠に申し訳ございません!お陰で手ごたえありました!


 一発はどこかに当たったらしくガックリと膝をおって廊下にしゃがみ込む。もう二三発叩き込もうかと思ったがなんと立ち上がってまた走り出してきやがった。


 バケモノか?コイツ?


 扉に体当たりし非常階段の踊り場へ。

 まじめに階段を降りるのはめんどくせぇ、手すりに尻を乗せ一気に滑り降りる。良い子のみんな真似しちゃダメだぞ。それにしてもケツが熱い!


 何とか着地を決めると、なんという幸運!辻待自動車が通りかかったじゃねぇか!35年物のトヨダ工業所の『ハヤテ号』だが文句は言えねぇ

 両手を振り回して止め、扉を強引に開いて後部座席に飛び乗り「新領総軍総司令部へ」

 巻角を生やした運転手は「夜間割増しですぜ」と言うが「構わねぇ早く出せよ!」

 走り出した辻街自動車の後部座席で、ほっと一息。まさか自動車には追い付くめぇ、おまけに手追いだし。

 なんて思ってたら、鈍い衝撃が車を襲い、天井にいきなり見覚えのある刃物が生えた。


 奴が取り付いた!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る