黒衣の刺客現る その6

「な、何なんすか!アレ!」


「俺が知るか!兎も角振り落とせ!」


 運転手は把手ハンドルを左右めちゃくちゃに切って蛇行させるが、奴のしぶといのなんの振り落とされやしねぇ。

 天井に目掛けカールゼン式小型拳銃をぶっ放す。運転手が何か喚いてるが知ったこっちゃねぇ。

 それでも奴は落っこちない。しがみつきつつ屋根に何度も何度もあの蛮刀を叩きつける。

 切れ目から奴の目が覗く。あの怒りに燃えた黒曜石の瞳。迷わず弾丸を叩き込むがちゃんとよけやがる。


「旦那!頼むから降りてくだせぇ!」


 運転手の泣き言に。


「てめぇ、俺に死ねってのかよ!」

「あっしだって、この車が無きゃ稼ぎが無くて一家心中でさぁ!」

「軍に新しい車、買ってもらぇ!」


 やっと新領総軍司令部が見えて来た。衛兵が異常に気付き車止めを引きずり出し二列横隊を組んで一斉に15式歩兵銃を構える。


『そこの車!止まれ!止まらんと撃つぞ!』


 拡声器が指揮官の警告をがなり立てる。


「旦那ぁ!止まれって言ってやすよぉ!」

「俺が良いって言うまで止まるんじゃねぇ!」


 衛兵の列がぐんぐん迫る。兵士一人一人の顔が解るくらいの距離まで来た。その時。


「よっし!制動ブレーキ把手ハンドルを右に切れ!」


 運転手は言われるがまま、制動し右に舵を切る。俺は背後から手動制動ハンドブレーキ金挺レバーを引いた。

 土煙を上げハヤテ号はものの見事に屋根を総軍司令部に向けて横転。

 一斉に鳴り響く発砲音。12丁もの半自動歩兵銃から放たれた弾丸は、みるみる内にハヤテ号を穴だらけにしてゆく。

 そいつの陰に隠れ俺は号泣する運転手を引きずって正門前の噴水の陰に逃げ込こんだ。


 奴は?あのバケモンは?首尾よく穴だらけに成ったか?


 残念!奴はなんと車輪の様にくるくると倒立前転しながら街路樹の陰に消えて行った。軽業師かテメェは?おひねり投げてやろうか?


 噴水の根元で腰が抜けてへたり込んでいると、無数の軍靴の音が聞こえてくる。

 気が付けば六振の銃剣と一丁の10式拳銃の銃口が突きつけられていた。

 放心状態の運転手の肩を抱えつつ、俺は中尉の階級章を付けた兄ちゃんに言った。


「トガベ特務機関長に、オタケベ少佐がお目通り願いたいと、そう伝えてくれたまえ」


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